(この記事は温かいリクエストによる再投稿です(^o^))
どもどもEarthと申します!
ちょっとFF7のエンディングについて思ったことがありましたので、興味のある
方はどうぞお読みください! 思いっきり長文ですので、何人の方が読んでくださ
るかわかりませんが「読み物」だと思って楽しんでいただけると幸せです。
私はFF7のエンディングをこのように解釈したので、エアリスの生死のことなど、
すべてをスッキリと理解することができました。また、ここに書く内容は、私の独
断と偏見によるものであることを始めにお伝えします。
それでは、『エンディングに関する大胆な解釈』スタート!!!
一応、ネタバレ防止改行をしておきます……
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F
7
の
製
作
者
の
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ッ
セ
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ジ
を
考
え
て
解
釈
し
て
み
ま
し
た
FF7のエンディングに関してはいろいろな考え方があると思うんですが、私なり
の解釈としては次のようになります。
『ホーリーの効力によって、すべての人間は消滅した』
正確には「消滅した」わけではなく。「ライフストリームの一部として星を育て、
見守るようになった」ということですね。
しかし、体を持った生命体としては消え去ったと思います。
ラストで、主人公のクラウドが「約束の地」を見つけた時、一瞬紛れもなくエア
リスのものであろう手が差し伸べられますよね? あれは約束の地、つまりライ
フストリームの中にいるエアリスからの誘いの手だったと考えるんです。
そして「会いに行こう」とは、みんなで、全人類でライフストリームになろう!
という意味だと思います。そうすることでみんなで星を救おうと……
この解釈には「今までのエンディングと違うものになった」というスクウェアの
スタッフの言葉がヒントでした。今までの多くの物語は「人間が生き残ること。
人間社会に平和が訪れること」それがハッピーエンドとされてきました。
でも、FF7は違います。人間ではなく「星」が救われることが、物語のハッピ
ーエンドになっているんです。宣伝コピーも「人間社会が危機」ではなく「星が
危ない」でした。これは正しい考えだと思います。
ジェノバもセフィロスも、星に住む普通の人々も、能力の差はあれみな「人間」
です。だとしたら、「人間が救われること」と「星が救われること」は両立でき
ない問題になってきます。
人間がそれまでにしてきた星に対する数々の悪事を考えれば、決して人間が生き
続けることは、星にとってありがたいことではありませんし、むしろ人間が存在
しつづける限り、星はいつも危機に瀕してしまうといった方がいいくらいです。
ゆえにホーリーが、ブーゲンハーゲンが言っていた通りの効力「星にとって良い
ものが残り、悪いものは消滅する」を実行して、人間は悪いものと判断されて消
滅したと思います。
エアリスの祈りは、それまでに人間がしてきた星に対する悪事への償いであった
と考えます。そんな情けは必要ないと考えるセフィロスの邪魔にも最後まで耐え
て……その献身的な想いが星に通じ、人間は星を育てるライフストリームとなっ
て生き続けることを許されたのだと。
500年後のシーンに人間の影はまったくありません。
レッド13は動物です。そこに広がるのは人間のいない、植物と動物の楽園でし
た。とても平和そうに、緑に包まれたミッドガルの上を優雅に飛ぶ鳥たち……星
の真の平和に人間は必要なかったんです。
人間が文明を保ちながら500年後も生き続けていたとしたら、あのような緑あ
ふれる星には絶対になっていないはずです。
最後の最後に画面が暗転してから聞こえてくる人間たちの笑い声。あれは実際に
人間が笑ったのではなく、ライフストリームとなった人間たちの喜びの声だった
と解釈できます。画面を黒く消してから流れてくる演出がそれを物語っています。
人間のいない星には、二度と危機が訪れることはないでしょう……
「人間さえいなくなれば、星には永遠の約束された平和が訪れる」
これがFF7のスタッフがメッセージとして語りたかった一番大きなアンチテー
ゼではなかったかと私は思います。
ただこれは決して「救われないエンディング」ではなく、強いメッセージを持っ
た、未来のある終わり方だと思うのです。
現実社会でも人間の数々のエゴイズムによって、環境汚染、自然破壊など、地球
は蝕まれています。メテオが降ってくることはありませんが星に大きなダメージ
を与えていることは同様です。
このまま人間が利己主義を、「人間が良ければそれでいい」という考えを貫いて
いけば、きっとそう遠くない時代に地球の危機がやってくるでしょう。
しかし、『人間がいなくなること=地球を救うことになってはあまりにも寂しく、
悲観的ではないか? 人間と地球が共存できるような、そういう未来にしていこ
うよ! それにはひとりひとりの意識改革が必要……クラウドがそうしたように』
というのがFF7が強烈に語るメッセージだったと私は解釈します。
ディスク1ラストのエアリスの微笑みは、「星に許してもらえた、星を癒す存在
ライフストリームになることができた喜び」からくるものであったと思います。
「クラウド、私の想いが星に通じたよ。先にあっちで待ってるね」というように
解釈しました。エアリスの体が泉に沈んでいくところなど、まさに「ライフスト
リーム化」を表現してますよね。それは「死」ではなく、新しい存在への「転生」
だったんです。そこではとりざたされているような「生死の判断」は無意味です。
この瞬間をブーゲンハーゲンのところで詳しく説明してましたよね。
しかしそれは人間のいない未来への始まりです。
でも「現実にはこうなっては絶対にいけないんだ」というメッセージがそこに秘
められていました。
多くのFF7プレイヤーたちがエアリスの復活を望むことの裏には、それを狙っ
たスクウェアのメッセージがあると思うんです。
「人間がこのまま変わらなければ、エアリスの最後のような結果になってしまう。
それじゃだめなんだ」というメッセージが……
エンディングに「登場人物のその後の描写がまったくない」といって苦情を述べ
る人がいますが、私はそれは間違いだと思います。
それは手抜きではなく、描写することができなかったからです。
全人類がライフストリーム化してしまったのですから。
なにげなく見過ごしてしまいがちですが、エンディングで、メテオに対抗するホ
ーリーのもとに、星全体からライフストリームが集結していくシーンがあります
よね。あれは全人類のライフストリーム化を描写しているものだと思います。
星上のすべての人間があの中に溶け込んでいったのだと。
クラウドたちも例外ではありません。
そして、植物と動物による楽園が訪れたと……
以上、私の『エンディングに関する大胆な解釈』でした。
私はスクウェアスタッフのメッセージを汲み取って、『人間がいる未来をみんな
でつくっていこう!』と考えるようになりました。
難しく考えるのではなく、ほんのちょっとした心構えの変革ですけれど(^o^)
最後までお読みくださり、本当に本当にありがとうございました。
私の意見に対する、ご感想・ご反論などドンドン受け付けますので、どうぞよろ
しくお願いいたします。
それではまたどこかでお会いいたしましょう!
Earthがお届けしました。