墓のかわりの剣が立ち並ぶ戦争の跡地に、警官の制服を着た青年が立っていた。
死者に捧げるつもりなのか、可憐な花束を両手いっぱいに抱えている。
かつてこの荒涼とした土地で、ジャスティスとの死闘が繰り広げられ、次元牢の封印が発動したことを知る者は、少ない。
「団長――」
遠くから声がした。
聞き覚えのある、若い聖騎士団の団員の声だった。
振り向くと、顔見知りの青年がこっちに駆けて来る所だった。もう、聖騎士団の制服は着ていなかった。そのかわり、趣味なのか仕事着なのか、黒服で全身を固めている。
「団長は、もう止めてください」
カイは、今までも何度か繰り返してきた台詞を、恥ずかしそうにまた繰り返した。
「そう言われても、俺にとっては『団長が過去に団長であったこと』は事実ですし、『これからも過去は変わらない』んだから、やっぱり団長って呼ばせてください」
確か、ヨウという名前だったはずの彼は、頑迷にそんなことを言い張った。
「でも、聖騎士団はもうないんですよ」
「団長が牧師に戻ったら神父様って呼んでも良いですけど“おまわりさん”だけは団長には断じて似合いません!」
「はあ、そうですか……」
カイにとって団長という呼称は恥かしいので止めてもらいたいのだけれど、ヨウの中では、カイはそういうこと――カイが、団長以外の何者でもないこと
(何故か神父なら良いらしい)
――に、なってしまっているらしい。
呼称の問題は諦めて、カイは話題を変えた。
「ところで、何か私に用ですか?」
「そうそう。本題に入りましょう。――噂ですが、某所にまだ活動しているギアがいるそうです。先日、そのギアのクビに、賞金がかけられました。……御存知でしたか?」
「――いや、今はじめて聞きました」
「詳細は不明です。それがギアかどうかもまだ、確実には確認がとれていません」
ヨウは、ギアが関係する事だから、カイに第一報をはやく知らせたくて、ゆっくり前後確認をとるのさえ厭わしかったようだ。
ざざざざ、と風の音がした。
墓地を吹きぬける乾いた風は、砂を含んでいて肌に当たると少し痛い。
――これは死者の声なのだろうか、とカイは少し思う。
ここにはギアに殺された人間がたくさんいるのだから、ギアと聞いてざわめくのも無理はなかろう。
「――興味深い話ですね、それは」
カイは、もう既にその件に関わる気になっていた。
「多分、ソルの旦那も今頃は現地に向かっているでしょうね」
「ソルか……。あの男には、最近ぜんぜん会ってない。どうしてるのかな」
「それは意外でした」
「なんでです?」
「団長とソルの旦那は、仲が良いとばかり思ってましたから」
「そんなわけないでしょう! 貴方は一体、どこを見てそんなことを言うんですか?」
かなり真剣に反論するカイを、ヨウはしらけたような目で見詰めた。
「団長の常日頃の言動を見れば、いやでも解りますよ」
「もう。私はソルが嫌いできらいで仕方ないのに」
気のせいか、カイの口調はソルの事となると微妙に幼くなる。
「“嫌い嫌いは好きのうち”っていうじゃないですか」
……ヨウがソルの話を持ち出したのは、カイをからかうためでしかなかった。団長だから尊敬してはいるが、カイのクールなポーカーフェイスを崩すのを、ヨウは(なぜか)趣味の一つとしている。
「誰がそんな世迷言を……」
顔を真っ赤にしながら、カイはヨウに可憐な花束を手渡した。
「――お花、みんなにあげておいてください」
「もう、行かれるんですか」
「ええ。もうちょっとゆっくりお墓参りをしていきたかったのですが、ギアが出たとなるとそうもいきませんから」
「――それじゃ、団長は、ここの人たちのことは忘れて、昔のことは何も気にしないで行ってきてください」
「え……?」
「団長は、ここのことを夢に見るたびに、死んだ人たちの命を救う事が出来なかった事を詫びに来ているみたいなので――」
しかも、いつも一人で。
……団長はここに来る時はいつもうすらぼんやりしていて無防備だから、一瞬、体をとってやろうかと思った、と生前親友だった亡霊が、ヨウに囁いた。
「――何故それを……?」
「ここの人が、そう言っています」
風に耳を傾けながら、黒衣の青年はそう言った。
「そういえば、ヨウさんはネクロマンサーでしたっけ」
彼は、黒魔道士の家系の人間なので、ある時クリフが面白がって連れてきた――という昔の話を、カイは今更のように思い出した。
「……いいえ、俺はまだ、見習いにすぎないんです」
「あれ、まだ昇級していないんですか」
「どうも、俺は魔道には向いていないみたいで……」
ヨウは、そんなことを言いながらも、自分の相変わらず見習いのままという境遇については、たいして気にしていないようだった。
「でも、ここには俺の仲間が眠っているから……生前仲が良かったヤツの声ぐらいなら、すこし聞こえます。――さっき、団長が墓に来てるって教えてくれたのも亡霊でした」
「きっと、私は、さぞ恨まれているんでしょうね」
カイは、ごめんなさい、と小さく呟いたようだった。
「そんなことは……」
ない、と言いたかったが、嘘の下手なヨウはカイからそっぽを向いてから、
「絶対に、ありません。」
と言った。
「だから、心置きなく行ってきてください。あとは、俺がかわりに供養しときますから」
「――ありがとう」
まだ何かがふっきれないけれど、カイは笑った。
――風は、まだ騒いでいた。
END
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