ばにばに小説Vol.1

カイ=キスク……。
ヤツが14の時から、あいつの事は見知っている。
小枝みたいにガリガリなわりには戦闘能力はたいしたもんで、負けん気が強く、妥協が嫌いでガリ勉な、いわゆるオレの尤も苦手とするタイプのガキンチョだ。正義ヅラを振りかざしてはギアは大嫌いだと始終言い放ち、――ギアは、べつになりたくてギアになったわけじゃない――なんてことは、考えた試しも無いあたりも腹がたつ。
何故か、会う度にケンカしかけてくるしな……。
それでも、ヤツの真面目さ……戦闘におけるカンの良さ……は、ギアを見れば逃げ出してしまう聖騎士団の臆病者どもに比べれば、そうとうエライもんだと思っていた。それは、オレがアイツを男だと認めていた唯一の理由、でさえあった。
それなのに。
最近、アイツはどうかしてるんじゃないだろうか?
服の色は真っ黒だし、目の色も赤に変えてるし、一番わけがわからねぇのは耳だ。
「本気で戦ってくれ、ソルっ!!」
「ざけんな、バカ。そんなフザケた格好してるヤツと戦えるか!」
「私の何処がふざけてるっていうんだ……!?」
長いウサギの耳を揺らしながらケンカをしかけてくるから、ついウサギ汁にでもしてやろーかと思ってしまう。俺はそいつの耳をがっしりと掴んだ。
「……痛いっ」
自分の急所なのに、ロクに防御してない所もちょっとアホだ、このウサギ。
「この二年の間に、いったい何が起きたんだ、え? お前、いつからウサギになった?」
掴んだままの耳にそう話しかけると、どうもそこは敏感らしくぴくぴくと震えた。ウサギは、苦しげにしながらも、ボツボツと説明をはじめた。
「……ジャスティスを倒したあと、私はジャスティスが言い残した言葉の解明を求めて、ギアを創り出した男を捜していました」
「ほう。……それで、あの男には会ったのか?」
「会いましたよ。……あの男は、崩壊した日本の瓦礫の中に研究所を作っていました」
「日本に戻っていたのか……」
「戻っていた……? 貴方は、あの男の事を何か知っているんですか?」
「いや、そういうわけじゃないが」
ウサギに痛い所をつつかれて、オレは慌てて話しを逸らした。
「あの男と会って、それでどうしたんだ。戦ったのか……? ま、お前の実力じゃとうてい勝てないだろうけどな」
「よく知っていますね。その通り、私は負けました。……でもやっぱり、貴方はあの男と知り合いなんじゃ……」
「知らない……とはいわねぇ。ギアを狩ってりゃ、いつかは耳にする名だからな。……で、あの男に負けて……それで……もしかして、お前、ギアにされたんじゃねぇのか……?」
「……くっ」
言いたくないようだが、このウサギ、自分の立場が解っていないようだ。耳を掴んだままぎゅぅ〜っと引っ張ってやると、めちゃくちゃ痛がった。
「痛いっ! 止めてくれ!」
「で、お前はギアになったんだな?」
「……そ……その通りです。……聖騎士団の団長に、一番いいプレゼントをあげよう……と、あの男は笑っていました」
本当に悔しそうに、ウサギは泣き始めた。昔から知っているが、よく泣く男だ。
「ふうん……。それで、警察は辞めたのか?」
「あたりまえでしょう! こんな恥ずかしい格好にされて、元の生活に戻れるわけないじゃないですか!」
「……ギア細胞を植え付けられた人間は、だんだん人間の体型を保っていられなくなって最後にはより動物に近い姿になっちまうんだ。このままほうっておくと、お前マジでウサギになっちまうぞ」
「そ……それはイヤです!」
このウサギは、どうもまだ人間に戻る事を諦めてはいないようだった。この世界にはそういうギアは山ほどいるが、彼らが救われた例は一例もない。オレはため息をついた。
「……にしても、草食動物とかけあわされたのはお前が始めてなんじゃないのか。……あの男、よりによってなんでウサギなんかとお前をかけあわせたんだ?」
ウサギも、ため息をついた。
「あの男は、『バニーガールって知ってるか? お前をバニーガールにしてあげよう』……って言ってました」
俺は顎が外れそうになるくらい驚いた。
「はぁ……?」
そりゃ、カイに対するイヤガラセにはもってこいかもしれないが……あの男は、こんなウサギを傍にはべらしておいていったいどうしようというんだろう。
「……それだけはご免だったので、テスタメントみたいに洗脳される前に日本を逃げ出したんです」
「あの男が……お前を……バニーガールに……?」
趣味の悪い冗談だ。ヤツもそう思っているらしい。
急に、きッと人を睨んだかと思うと、
「……もはや、私がすべきことはお前を倒すことのみ! お前を殺して私も死にますっ!」
声を荒げて挑戦をしかけてきた。
いくらオレとの勝負に負け続けているからとはいえ、ウサギは14の時からそんな事ばっかり考えてきたのだろうか。
「ほぉ〜。ギアになったからって、オレに勝てるとでも思ってんのか?」
「ええ、戦闘能力はかなり上がってますよ!」
にやりと笑うと、ウサギは足でオレの脇腹を蹴り上げて、ぴょ〜んと跳ねあがった。なかなかの跳躍力だ。地面に降り立ち、
「いきます!」
といって、剣を構える。その時、彼方で聞きなれた声がした。
「こらぁ――ッ!」
白い服を着た、マトモな方のカイ=キスクが、路地の向こうから駆けつけてきた。
「ん……。カイ……?」
「ウサギさん! ダメじゃないですか、勝手に行方不明になったりしてはっ! 探しましたよ!」
「あ……ご主人様」
カイの顔を見たウサギから、一変に殺気が消えた。
オレは、わけがわからなくなった。
「オイ。……どういうことだ、コラ? ナゼお前が二人いる?」
二人、というよりは白いのが一人と、黒いウサギが一匹だ。
「ウサギさんから、多少は聞いたでしょうが、彼は私が日本で捕虜になった時にあの男が私から創り出したギアです」
カイが、ウサギの腫れた耳を気遣いながらそう答えた。
「……お前から作ったギアだと?」
「私のクローンを作り、そのクローンにギア細胞を植え付けたんです。……普通、クローン体には記憶や感情までは複製されないと聞いていましたが、あの男の技術は凄いですね。……何から何まで私そっくりのクローンになってしまって……。ギアが憎い所も、貴方と真剣勝負して勝ちたいと思っていた所も、イヤになるくらい似てますよ」
「ご主人様は、私の事がイヤなんですか?」
「えっ……? いや、その……」
カイは言葉に詰まった。ウサギはもう泣きはじめている。情緒不安定なヤツだ。
「あーあ、泣かしちまった」
カイへのあてつけよろしく、ウサギの耳をよしよし、と優しく撫でてやる。……と、急にウサギはぼうっとなってこっちをうっとりと眺めはじめた。気持ちいいのかな、と思ってもうすこしそのまま耳をかまってやった。よく見ると、本物のカイよりも素直で可愛らしい瞳をしている。愛玩動物の血が混ざっているんだから当然かもしれない。
「……私はこれからソルといっしょに暮らしますっ!」
「何っ!?」
今日は驚きっぱなしで疲れた。あとでカイから聞いたが、ウサギは耳を撫でられるのがものすごく好きで、前にも一度耳を撫でてもらった人間についていって行方不明になった事があるらしい。
「ご主人様……今まで、いろいろとご迷惑をおかけしました」
ぺこり、と長い耳をたれてウサギはお辞儀をした。
「あ……ああ……、ソルと、幸せにな」
カイは案の定、厄介払いができたというような顔をしている。
「ちょ、ちょっと待て! 勝手に決めるな、こら、ご主人様はお前だろうが!」
「……ギアには基本的に誰かに従属するという命令が植えつけられているんです。ウサギさんは洗脳される前に脱出したので特定のご主人はありませんが、一度自分がご主人様と決めた人には徹底的に従属するみたいですねぇ」
そんな事は最初から知っている、と言いかけて慌ててオレは口を閉ざす。
「さあ、いきましょう。ご主人様」
と、ウサギはソルの腕に自分の腕をからめた。
「達者で暮らせよ〜」
言い残して、カイは逃げ去った。
このあと、うさぎさんはソルをご主人様として慕い、ソルから耳を撫でてもらえるだけで喜んでご主人様の炊事洗濯その他の世話までやきまくり、二人は末永く幸せに暮らしたということです。
めでたしめでたし?
ていうかそのうさぎくれ(笑