聖戦

 ギアと人類が争う聖戦も、佳境に入っていた。
 聖騎士団は「ジャスティス」を追いつめ、あと一歩で次元牢に封印することができる……。そんな、戦況だった。戦況を大きく変えたのは、クリフ・アンダーソンがスカウトしてきた、ソル・バッドガイという男だった。
 聖騎士団団長であるカイ・キスクと同じく神器の数少ない使い手であるソルは、封炎剣の力を極限まで解放することのできる、凶暴と言っても過言がないほどの力を持っていた。
 ……これで最後だ。
 カイは、本当にそう思った。
 今、目の前にはジャスティスのみが佇んでいる。次元牢の準備もできていた。機会を見ていつでもジャスティスを封印するようにと、判断は後方に任せてある。ただ、そのためにはジャスティスを倒すことは無理としても、少なくとも弱らせておく必要があった。
 今、そばにいるのはソル・バッドガイだけだ。他の人間は倒され、まだ息のあった者は後方に下がらせてある。
 ……そろそろ、危ねえな。
 ソルは、そう思っていた。
 カイは気がついていないのか、それとも無理をしているのか……。兎に角、彼はもう立っているのもやっと、という所まで傷ついていた。足下に血だまりができている。カイらしいといえばカイらしいが、こうなってくると怪我人は足手まといでもある。
 ソルは、ジャスティスの動きを冷静に読んでいた。……次に来るのは、インペリアルレイ。攻撃範囲が広くて怪我人は避けることのできない技だ。 
 クリフは俺をカイの護衛につけたんじゃなかったのか。……ソルは一瞬、契約条件を思い出す。カイが生きて帰るのと帰らないのでは、出来高払いの報酬に差がついてしまうのだ。
 ……考えている閑は無かった。
 ソルはカイを庇ってインペリアルレイをまともに喰らってしまう。今まで額を隠していたヘアバンドが衝撃で吹っ飛んだ。カイは光線の中でかすかにソルの痣を認める。ジャスティスと同じ痣だった。
 ……嘘だ
 信じられない、というように目を大きく見開くカイ。だが、ソルに地面に突き飛ばされ、もともと失血がひどかったせいもあって、カイはそのまま意識を失ってしまった。

 ソルは更に困難な立場に追いやられた。
 カイのど阿呆が次元牢の攻撃範囲の中で倒れたまま気を失っている。助けないといけないだろうか? あの坊やにたいして恩があるわけでもないのに。
 だが、どうも急を要する場合、俺という男は尋常の行動に出てしまうらしい。
 結局、助けに行ってしまった。
 そして、次元牢は発動した……。

 数日後。

 カイは、病院のベッドで目を覚まし、ジャスティスは次元牢に封印され、聖戦は終わった、という部下の報告を受けた。安堵に胸を撫で下ろすと同時にカイはあたりを見回す。カイは失血がひどくなってきたあたりからの記憶を失っていた。だが、ソルにずいぶん助けられたのは、微かに思えている。
「ソルは……?」
「ソル・バッドガイのことですか?」
 聖騎士団の男はクリフのメモを見た。カイ・キスクには、ソル・バッドガイの行方をけっして喋らないようにと書いてある。そして、その続きを読んだ。
「あの男は、封炎剣を持って聖騎士団を逃走しました」
「え……?」
「彼の報酬よりも、封炎剣の方が遙かに価値が高いですからね。戦争が終結する直前に、姿を消しましたよ」
「そんなバカな……」
「とにかく、団長は、今は自分の体のことだけを考えていてください。それでは、失礼します」
 カイの部屋を辞して去り、ソルも哀れな男だったな、と男は思う。
 ソルが次元牢にジャスティスと一緒に封印されたのは、ほぼ間違いない……というのが、クリフの見解だった。でも、そんなことをカイに教えたりしたら、カイは今すぐ次元牢の封印を解くようにと言いかねないだろう。それはしかし、許されないことなのだ。

 どうしてもそのことが信じられなかったカイは、ソルがいなくなった理由を必死で考えた。クリフでさえも、ソルは逃げたと言い張っている。
 結局、あの男のことを私は好きだったのだろう。
 カイは、そう思った。
 実力も、統率力も自分より上ではないかと思えるぐらいの才能を持っているし、新人の教育も上手かった。尊敬というよりは、憧れに近い存在だった。ソルのまねをするうちに自然と太刀筋も似て来たし、ソルに教わった事はずいぶん多い。
 ……私のことが、気に入らなかったのだろうか。
 挨拶くらいして出ていってもいいのではないだろうか、とカイは思う。
 ……いつかは、また会える事もあるのだろうか。
 まだまだ、ソルには聞きたい事があった。
 それに、ソルに練習試合で勝ったためしがない。これでは、あいつの勝ち逃げになってしまう。

 そして、カイはソルを探し始めた。

 END