-While the earth sleeps-


 “塔”の壁に開いた穴から、毒瓦斯のようなものが吹き出ていた――。
 塔の壁のまわりには階段があり、私はそれを上っている。そして、塔の泥壁
を指で押さえて壁の穴をふさぎながら、上へ、上へと登って行く。
 だんだん壁の崩れ方がひどくなっていって、指先で触れた壁がボロリとくず
れてしまった。塔の中は空っぽで、“ギーガーの背骨”みたいな柱が影を落と
している。壁の向こう側に開いた穴から、白い空が垣間見えた。
 塔の頂上へ来ると、そこは楼閣になっていて、床の真ん中の穴から、毒瓦斯
が出ている。そして、男が二人立っていた。――誰だろう。
「この世界はもういらないんだ」
 と言って、男の一人は笑う。
「俺とお前で無くしてしまおう、な、フレデリック。」

 †

「うーん、うーん……」
「おい、どうした、ウサギ」
 ソルの声で、目が覚めた。ベッドの上だった。
 気がつくと、ソルが自分の顔を眺め込んでいた。
「ずいぶんうなされてたぞ」
「――フレデリック――」
 ぼやけた目をしたうさぎにそう言われて、ソルはぎょっとした。
 ――なんでこいつがそんな名前を知ってるんだ。
 うさぎは夜が苦手なので、夜中にたたき起こしてもなかなか目が覚めない。
赤い目をきょろきょろさせながら、やっとソルが隣で寝ているのに気がつくと、
嬉しさのあまり泣き出してしまった。
「ソルぅ。こわかったよー」
「どーしたんだ、いったい」
「悪い人がこの世界を壊そうとしてる夢を見たんだ」
 ……で、フレデリック、か。そりゃ、夢じゃないんじゃないか。とソルは思
ったものの、黙っていた。
「そんなんで泣くな。お前、聖騎士団団長のかたわれだろうが」
「――カイは――」
 すっかり目が覚めてしまったうさぎは、自分のかたわれのことを思い出して
窓の外の遠いところを眺めました。
「ほんとうは、怖がりでした。ギアを殺すのが怖くてしかたないくらい」
「――そうか。でも、あいつは人前じゃ泣かなかったし、頑張ってたぞ」
「団長になっちゃったから。負けるわけにはいかなかったから。――でも、こ
っそりと泣いてたんです」
「そういうことは、人に言うもんじゃないぜ、坊や。自分の弱点は、隠せ」
「――うん」
 それから、うさぎさんはまた眠ってしまいました。

  †

 次の日、うさぎさんは上機嫌でした。うさぎさんの機嫌のいい日は朝食のメ
ニューが良くなるのでソルはいやでも気がつかされます。
「――やけにご機嫌だな。どうしたんだ?」
「じつは、あの夢の続きを見たんです」
「ほう。どーなったんだ?」
「私の必殺技で悪者を二人ともやっつけて、それで塔の楼閣の屋根の上に行っ
たんです。そしたらお祝いの風船がたくさん飛んでいって、――えーっと、ニ
ンジンの形をした風船だったんですっ!」
 にこにこと、うさぎさんは笑っていました。
「それから――風船がどんどん空に高く昇っていって――なんと! 太陽の光
の作用で、白い雲に風船の形が投射されて、お空にこーんなにおおきなニンジ
ンがっ!」
 と、言ってうさぎが両手をばーんと広げました。
「ほぉ〜。……アホだろ、お前?」
「――そういうこと言うと、デザートも作ろうと思っていたんですけど、でき
てもソルにはあげませんよ」
「――どうせにんじんのおやつなんだろー」
「いいえ。悪者退治記念に大きな苺のケーキにしようと思ってたんですけどね
ぇ」
「おいおい、夢の中で悪者退治したからってそんなに嬉しいか?」
「えぇ。なんだかソルと勝負して勝ったような気分でしたよ」
 ソルは飲みかけていた(朝から)ビールを思わず吹きこぼしそうになりまし
た。
  なんやかんやいって結局苺のケーキも完成し、その後うさぎさんがケーキの
台にされたとかされなかったとかいうのは、また別のお話――。