-従軍神父様。-
荒野で、子供が古参兵士の屍を前にして祈りを捧げていた。 古参兵士は、聖騎士団の中ではクリフに継ぐ実力の持ち主だった。彼が愛用していた神剣を使うことができる者は聖騎士団にはもう誰もいない。部隊の他の者も全て死に絶え、わずかに子供が一人生き残っただけだった。 (……お前も、主を失ったのか) 子供は神剣を見つめながら、この貴重な剣を聖騎士団の本部まで持ち帰ることができるかどうか考えていた。 戦場で出た死者の魂を祈祷で清めることが子供の任務だったから、彼はまるで戦闘訓練を受けた事がない。……そんな人間がたった一人で、いったいどうしたらギアが徘徊するこの土地から生きて帰る事ができるのだろう。考えれば考えるほど生還は不可能のように思えてくる。激しい戦闘のショックで思考は殆ど真っ白になったままだったので、祈る声も、どこか録音されたテープの音声のように単調になっていた。 「お前は、そうやって死ぬまで祈ってるつもりなのか?」 背後から見知らぬ者にそう声をかけられ、振り向くと、大男が血で染められた剣を背負って立っていた。男は今敵を斬ってきたばかりで新鮮な血液を浴びていた。男の向こうにはギアが倒れている。古参兵士を殺し、部隊を壊滅させた上級のギアだった。 子供は呆然とした表情で、倒せるはず無いと思っていたギアの呆気ない最後を見た。 「なんでお前みたいな白いのが戦場にいるんだ?」 白いの、という言葉は彼が尤も嫌う嫌味だった。読書が趣味だったから、浅黒く日焼けしたほかの兵士やこの男と比べると、見かけからしてどうしようもないくらいひ弱なのは自覚している。内心むっとしながら子供は不埒な男の質問に答えた。 「私はこう見えてもカトリックの大学を卒業した神父です!」 年齢に相応しくない大人びた口調。神父として戦闘に参列するようになってからは、話し方が余計、ひどく堅苦しくなった。 「……ふうん、飛び級をしたのか。……まあ、どうでもいいこった。坊やは家で寝てろ」 「まだ帰るわけにはいきません。祈祷がありますから」 子供はむっとしながら男からそっぽをむいたが、本当は、祈りが終わった後にどうするかなんてナニも考えていなかった。 「いいか、お前の命を救ったのは神じゃない。このオレだ」 男は祈祷を再開したがっている子供の顔を無理やり自分に向けさせる。 「……それは、わかっているつもりです」 今倒されたばかりのギアがまた目に入る。それに、男が手にしている、さっき斬ってきたばかりの剣を見比べればいやでもそうだとわかった。 「神はお前を救わなかった。部隊を救わなかった。違うか?」 「それは……」 返す言葉に詰まる子供に、男は更に残酷な台詞を投げかけた。 「さっさと戦場の外に届かない祈りなんか止めて、ここから出て行け」 「……ほうっておいてください」 わからずやの子供の対応でイライラしていた男は、神器の存在に気付いて、古参兵士の屍の前に置かれていたそれを拾い上げた。 「お。なかなか、いいもん使ってるじゃねーか」 「……返してください!」 子供は必死になって男から剣を取り返そうとした。 こんな気に食わない子供はさっさと片付けてしまえばいい、と一瞬思ったものの、人間を斬ることを男は極度に嫌っていた。 「それは、とても大切な品物なんです!」 一蹴りで死んでしまいそうな小さい子供が、必死に食って掛かってくるのをいつまでも相手にするのも嫌気がさしたので、男は剣を子供に返すことにした。 「宝の持ち腐れだな……」 子供は涙目になりながら剣を受け取る。 「この剣は、誰にも渡しません!」 力でも正当性(実際カイの仲間を救いたいという祈りは誰も叶えてはくれなかった)でも、相手に完全に負けている状態なのに、剣を取り返そうとする時の威勢だけはよかったが、それは、この嫌味な男に対する反抗心が生んだカラ元気のようなものだった。 「……じゃあ、ギアにも渡すなよ」 と言い残し、男は子供の前から姿を消した。 剣を抱えて歩きながら、子供は(そういえばあの男に命を救ってもらった礼をいわなかったな)と思った。でもすぐに、あの男の冷たく無神経な言葉に(そんな必要はない)と思いなおす。 でも……。 (さっさと戦場の外に届かない祈りなんか止めて、ここから出て行け) 男の酷い台詞が心に突き刺さっている。が、その言葉がない限りはロクな考えも浮かばぬうちに自分はどこかのギアの餌食になって死んでいただろう。 (いいか、今お前の命を救ったのは神じゃない。このオレだ) 剣を携えた男の言葉を思い出して行くうちに、子供は自分の信じていたものを疑い始めた。 彼は振りかえってギアが支配する土地をまた眺める。 ここから出ていくことなど、不可能なように思えた。出ていったとしても、いつかまた舞い戻ってくるような気がした。自分が人間である以上、ギアは倒さなければいけない敵なのだ。祈りで何かが助けられるわけではないと、子供は、抱えた神剣を強く握り締めた。 男が子供を守っているのを知ってか知らずか、ギアはもう出てこなかった。 子供は無事に後ろの部隊に拾われた。 その頃には自分は剣士になるのだと、彼はもう心に決めていた。 -END- 題は遠藤周作の似たよーな題の小説から引用させていただきました。 遠藤周作の小説に登場する僧侶は、兵隊に「神は殺人を許さないのに何で戦場では人を殺していいんだ?」などとイロイロ問い詰められて困っていましたが、カイなら、自分も戦い出しそうだったので同じシチュエーションでやってみました。 ハッハッハ(笑いながら逃げる) last update:99/11/17 |