H E A V E N 4
聖戦の最中のことだった。
聖騎士団の、カイが率いていた部隊の午前の戦闘は終了し、休憩に入っていた。
――なんで、いくら訓練しても、あの男のように力がつかないのだろう。
今日も結局ソルに助けられてしまったカイ=キスクは、
ぼんやりと、聖騎士団で一番逞しい(ようにカイには思われた)ソルの姿を追っていた。
ソルは他の騎士と全く同じ配給食を食べている。
特別に高カロリー食品を得ているわけではない。
それなのに、いつも一番やっかいなギアを倒すほど、強い力を持っているソルを、カイは羨んでいた。
――いいなあ……。
眺めていると、配給食を食べ終わったソルはふらりと立ちあがり、こそこそと姿を消した。
――あれ?
カイは、消えたソルの行方を捜す。
「だんちょー、ソルなら森の方ですよ」
いつも察しの良い黒衣の青年が、キャンプの外れを指差した。
「連れ戻してきます。すぐに戻るから!」
そう言い残して、カイはソルの後を追った。
ソルは法力を使うので、すこしなら、離れていても、同じく法力を使うカイになら、
だいたい何処にいるのか、判別がついた。
森の中の獣道を通り、川の流れる方へ出る。
「ソル!」
――多分、こっちの方だと思うんだけど。
と、川の近くをウロついていたら……ざばっと川の中から何か出てきた。
「うわぁ!」
慌てて封雷剣を構えるが、川から出てきたのはソルだった。
「……」
「……」
ふたりの目が合って、ふたりとも無言になった。
よく見るとソルはイトウみたいな巨大な魚を手にしていた。
「……食いたいのか?」
用心しながら、そうソルが訊いた。
「あの、ていうかそれはいったい……?」
「メシ。あれだけで足りるわけねぇだろうが」
「それはそうかもしれませんが、他の団員たちだって……!」
言葉がうまく出ない。
ソルみたいに自力で捕獲できる人なら兎も角、多くの団員にはそんな力もないこと、
それからたまに食料が不足しがちなこと、
なんかを言おうと思ったのだけれど……。
「でもこの川の魚、放射線レベル高いから誰も食べたがらないんだけど」
「それなら、ソル、貴方だって食べない方がいいのでは」
「オレはいいんだよ」
ソルは川から出ると魚をこともあろうか封炎剣につきさして焼き始めた。
「でもやっぱりやめないとガンになっちゃいますよ!」
「大丈夫。抗生物質、ちゃんと持ってきてるから」
……何を言っても、ムダだった。
カイはひざを抱えて座り込み、ソルが魚を焼くのを眺めた。
このひと、やっぱり人よりたくさん食べてたんだなあ、と思いながら。
適当に焼けたところで、ソルは、カイにも魚の塊を放ってよこした。
「ほれ。腹、減ってるんだろ?」
続けて抗生物質のビンもカイに投げてよこす。
「それ、大人は三錠だけどおまえは二錠にしとけ。副作用、強いから」
なんとなく、優しい。
「それじゃ、いただきます」
川の水で薬を飲んで、有り難く魚も頂いて――ソルも、物凄い勢いで魚を完食した。
「さて、と。メシも終わったし、あとはアレだな」
「アレって?」
「女でもいりゃぁいいんだが」
「女なんて軍にいるわけない……って、あれ?」
「問題無い。その為にお前がいるんだろ」
ソルが、こっちに来た。
「ちょっ……まだ明るいし、それに野外ですよ!?」
カイが、抗議の意味をもって、封雷剣を、ソルに向かって両手で構えた。
構えたのはいいのだけれど、剣の切っ先が細かく震えている。
カイの手に、ソルが軽く触れた。
カイは、大きくびくついて、剣がするりと指の間を抜け、カランと音を立てて地面に落ちた。
「ソル……。あのー、さっきの薬……」
「抗生物質だなんてオレは言ってないぜ? 抗生物質はこっち。さっきのはお前さん用の媚薬だ」
ソルは、さっきとは別のタブレットを口に含むと、無理やりカイに唇を押し付けた。
「ん……」
ソルとの間には、そういう契約もあるから仕方ないけど。
でも明るい所は。
いやなような、仕方ないような。
――カイの思考は、だんだん、途切れ途切れになっていった。
――その頃、キャンプでは……。
「団長っ!? 団長はどこへっ!?」
部下達が、カイが消えた事に気付いて騒ぎ始めている。
「はいはい、静かにしずかに。団長はあと二時間、戻りませんよー!」
察しの良い黒衣の騎士が、そう断言した。
「それまで戦闘はお休みです」
―糸冬―
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