第二章


 それからどれだけの時間がたっただろうか。食事にはまったく手をつけずに、ただ窓の外をぼんやりと見ていたソルがドアの方を向いたとき、ちょうどそのドアがノックされた。

「はい」

 ソルは予期していたことなので、ただ平然と返事をする。ガチャ、と鍵を開ける音がし、続いてドアが開いた。

 現れたのは、ソルに交渉を持ち込んだハンターである。

「食事はお気に召さなかったかな。特別にハーフエルフ用に作ったのだが……」

 彼は不敵な笑みを浮かべて言う。確かに料理の中にはハーフエルフの村でよく出ていたものが含まれていた。それは懐かしさを誘うものではあったが……。

「それとも、毒の心配でもしているのかな。それなら無用なんだけれどね。君にはこれから存分に働いてもらわなければならないからね」

 つまりは家に帰すつもりはないということか。ソルは内心舌打ちする。

 わかりきっていたことではあるが、しかし実際に言われるとなんとも言えない気持ちになってしまうのだ。

「……働かない、と言ったら?」

 ソルは試しに挑発してみる。冷酷な笑みを浮かべて。

 ――所詮、嘘をつくのには慣れた身なのだ。

「そのときは君の可愛い弟君が困るだけさ」

 彼もまた、冷酷な笑みを浮かべて言い放つ。ソルは彼を睨みつけようとして、しかしすぐにやめた。

(アレフに手出しはさせない)

 もしも手出しさせたとしたら、ここに来た意味がなくなってしまう。それでは、本当に『裏切り』になってしまうのだ。

「まあ、こちらとしても手荒なことはしたくないのでね。とりあえず料理を食べていただけると嬉しいのだが……」

 彼はそう言い残して、部屋を出ていく。

 入って来たときと同じように、今度は鍵をかける音がし、続いて廊下を歩いていく足音。

「ぬけぬけと好き勝手いいやがって……」

 ソルはボソリと悪態つく。それは、アレフやフィーユは絶対に知らない、ソルのもう一つの顔だった。

「充分に手荒なことをしてると思うんだけどね……」

 ハンターとはそれに気づかないほど頭の悪い連中なのか、それとも人間以外にはなにをしてもいいと思っているのか。

 どちらにしても、許し難い連中であることは確実である。

 ソルはしぶしぶと、目の前にある懐かしい料理に手をのばした。

 これからなにをするかは、既に決まっていることだった。

「ひっさしぶりの森は気持ちいいなーっと」

 アレフは恐らく誰も通ってはいないだろう森の中を、ただひたすら歩いていく。普通人間には邪魔としかならない下草や木の枝などは、エルフの血も持っているアレフにはなんの問題もなかった。元来エルフとは森の中に住まう一族なので、その血を受け継いでいるアレフには、森の中など街道を歩くのに等しいほど歩きやすい場所である。

「村の中にずっと籠もりっきりだったもんなあ……」

 アレフはわざと明るい口調で言う。

 村を出て以来……否、ソルがいなくなってからずっと、アレフは人知れず涙を流していたものだが、いつまでも泣いているわけにはいかないのだ。

「絶対、俺がソルを助けるんだから」

 心の中で何度も呟いた言葉を、アレフは口に出して言う。

 独り言が多いというのは、それだけ淋しいからだということに、アレフはまだ気づいてはいない。気づいたとしても、きっと認めないだろう。

「ソルはどこにいるのかなあ…… 」

 どこに行けば逢えるのか。

 アレフは漠然とそんなことを考えながら、それでも足を進めていく。歩くのをやめないのは、立ち止まるとそこから先へ進めなくなりそうだからだ。

 だから、ただ自分の思うがままの方向へ足を進める。あのとき……ソルが自分を拾ってくれたときの、あの状況が『運命』と言えるべきものなら、今回だってきっと逢えるだろう。

「絶対、だよ」

 アレフは自分の考えていたことを、確信に変えるためにそう呟く。

「きっとじゃなくて、絶対」

 もしかすると、それさえもが歩き続けるために必要なことだったのかもしれない。

 

 

……光坂、第六回……

 


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