第三章


「……ぬかったわ……」

「はは……ははは……」

 すっかり夜もふけたころ、城の前まで来たレイネとアレフは、そんな言葉を呟いた。

 目の前には、空家とは思われないほど荒れた気配の微塵もない、立派な城門がそびえる。その高さは、2階建ての家と同じくらいか、それよりも高いかといったところである。

「これじゃあ、あたしが入れないじゃないの」

レイネが呆然としたまま呟く。

「そおだね……」

 アレフ一人なら、なんとか入れるのだ。風の精霊の力を借りて。しかし……レイネも、となると話は別である。もっとも、アレフが入り込むときにも、これだけの高さがある以上、見つからないとは思えない。

「しょうがないわね」

 レイネが溜め息とともに、そう呟く。なにか考えがあるらしい。

「とりあえず、ちょっとだけここから離れましょう。作戦を練らなきゃ、入り込めないでしょう?」

「そうだね」

 レイネがどういった作戦を練るつもりでいるのか、アレフは多少不安に思ったが、今はそれに従うことにした。

 暗雲が立ち込める。重く暗い雲に遮られて、星明かりはおろか、月の光さえも地上には届かない。崖下の海から吹き上げてくる風が、あたりの木々を揺らす。ざわざわと悲しそうに響く葉ずれの隙間に、ふくろうの鳴き声が木霊する。草木も眠る、とは言うものの、実際は不気味なほどにうるさくて静かである。

 そして、さらに音がひとつ増える。幼い泣き声がふたつ。よたよたと目的もなさそうに歩き回り、かなり疲れている様子である。

 不意に、視界が開けた。目の前には、空家とも噂されている古城が現れる。二人はなに話してから、また泣きながら歩き出した……その城へ向かって。

 城門まであと数メートルといったところで、一人がなにかにつまずき、転ぶ。泣き声がますます大きくなり、森中に響いた。

「誰だ、おまえたち!」

 ぎぎ……と音を立てて城門の隣の勝手口が開き、男が現れる。

「道に、迷っちゃって……」

 少女が泣きながら答える。その手は、しっかりと転んだ少年の服の裾をにぎったまま、離さないでいた。

「お父さん、僕たちおいて行っちゃったんだ……もう、僕たち要らないんだあ」

 少年はそう言うと、ますます声を大きくして泣き出す。男は困った風にその二人を見つめた。

「お願いします。明日には出て行くから、今日だけここに泊めてください。明日には、ちゃんと出て行くから……」

 少女は泣きながらも、気丈にそう頼み込む。男は更に困ったような顔をして、しばし考え込んだ。

「あ……やっぱりいいです。ごめんなさい。そうですよね、困りますよね。いいです……ごめんなさい」

 少女はそう言ってぺこりと頭をさげると、まだ座込んでいる少年に向かって、ほら立って行くよ、と告げた。

「足痛いもん、やだあ……」

 少年は泣きじゃくりながら、そう抗議する。

「じゃあ、あたしが背負ってあげるから。ね?」

 少女の申し出に、少年は一瞬考え込んでから、頷いた。そして背中を見せた少女の肩につかまろうとした、そのとき。

「うひゃあっ?」

 後ろからひょい、と持ち上げられ、少年は思わず声をあげる。そのときにはすでに男に抱えられていた。

「仕方ないから、今晩だけだぞ。内緒だからな」

「ほんと!? ほんとにいいの、おっちゃん!?」

 男の腕に抱えられたまま、少年が訊く。

「……おっちゃんじゃなくて、お兄さんなんだが、これでも……。ま、まあ明日早くにばれないうちに出て行ってもらえれば、それでいいさ」

 男はそう言うと、あいている片方の手で、少女の手を握った。そしてそのまま城の中へと歩き出す。

「ありがとう、おっちゃん!」

 少年が凄く嬉しそうな顔をして、礼を言う。

「……いやだから、おっちゃんじゃなくお兄さん……」

 男の呟きは、空しくも風にちぎれていった。

 男の自室らしきところに連れてこられ、ここで大人しくしてるんだぞ、という言葉に愛想よく返事をして、男がまた見張りの仕事に戻るため部屋を出た、その約3分後、である。

「なああああああんで俺があんなにガキなんだ!?」

「あら、ぴったりだったじゃないの。上手な演技って思ってたけど、もしかして地かしら?」

「んなわけないだろ!? いったい俺を何歳だと思ってるんだっ」

 ……勿論この会話は、極最小レベルの音量で交わされている。

「うるさいわねえ、こんなことしてる暇があるの? 時間は限られているのよ?」

「ううううううううう……っ」

 少年――言わずと知れた、アレフである――は何も言い返せなくなり、ただ唸り声をあげる。

 確かに、時間は限られている。ここに二人を連れて来た男が、あと4時間弱で見張りの仕事を終え、部屋に戻ってくるのだ。勿論そのあたりのことは、すでに本人から聞いている。彼はあくまで最後までおっちゃんではなくお兄さんという言い方にこだわってはいたが、そんなことはアレフとレイネにはなんの関係もないことだ。そもそも口には出さないが、充分おっちゃんだろ、というのが、二人の共通の見解である。

「ああもう、だから! そんなことよりソルだよ、ソル!」

「だから、さっきから言ってるじゃないの」

「はいはいはいはい!!」

 アレフはなかばやけになって返事をする。

「とにかく、急ごう。ソルは、絶対ここにいるから」

 

 

……光坂、第十四回……

 


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