第四章


「確かにね……」

 ソルはアレフの前に立ち、小さく呟いた。背後でアレフが力を溜めているのがわかる。

 ささやかな風の流れ。あとは放出するだけ。

(だけど、まだ早い)

 まだ相手のペースに乗ってしまっている。これでは力押ししたところで、勝機は何もない。

「確かにあなたは憎しみだけで動いているようだ。ご立派ですよ。同族まで踏みにじって復讐しようとするんですから」

「何を言っても無駄ですよ。あの日、心に誓いましたから」

 彼はソルの言葉など聞いてもいないかのように、顔に笑みを浮かべたままソル達の方へと歩み寄る。少しずつ、力をその手に集めて。

「ええ、無駄なようですね。……自身がハーフエルフだということさえ忘れているのだから」

 その言葉に宿る意味を悟り、アレフはソルを見上げた。

 ハーフエルフ。それは、つまり。

「あなたにも人間の血が流れているというのに」

「……言うなっ!!」

 彼は左手に収束された力をソルに向かって放つ。が、その力はソルに届くよりも先に、一瞬吹き荒れた風により消された。

「俺の存在、忘れないでよね」

 アレフは得意げにぽつりと呟く。読めている攻撃など、痛手にはならないのだ。

「あなたは僕の素性を知っていた。ということは、それなりに王族のこともご存知なのでしょう。ならば、これは知っていますか」

 ソルは意識を集中させる。

 ……使わない、と決めていた。初めて知ったその日から。

『昼と夜があるように、人を救う力があればまた滅ぼす力もある』

 幼き日の、父の声。これは歴代の王にのみ伝わるものなのだと。

『正しいもののみが力ではない。誤ったものもまた、力なのだ』

 ただ、それを知らなければ、自分が誤ったことさえわからずにいるから。

 代々伝わってきた、幾つかの力。幾年もの時を越えて、止めることが出来るようにと。

『知らない、では済まされない時もあるのだよ』

 知った夜は眠れなかった。ただ哀しくて。そんな術しか用いることができなかった人もいるのだ、ということが。

(だけど今は、守るためなら)

 大切なものが、あるから。

「正直に言って、どうなるかは僕にもわからない。伝えられてきただけで、もう幾年も使われなかった力だからね」

 もし失敗したら……その時に、アレフの力を借りればいい。そう、少なくとも、試すだけの価値はあるだろう。もし、言い伝えが真実ならば。

「あなたには感謝するよ。僕の素性を言い当てられなければ、一生忘れていたかもしれない」

「……聞いたことがあるぞ。歴代のハーフエルフの王にのみ伝えられてきた力。決して使ってはいけない、と諭されているはずだ」

「そうだね。父も言っていたよ。……人の生死は操るべきものではない、と」

 ソルの言葉に秘められた、ある種剣呑な響きに、アレフは耳を疑った。

「アレフ、もしも駄目だったら、そのときは力を貸すよ。アレフの思うとおりにやればいい。だけど、その前に僕にも試したいことがあるんだ」

「……ソル?」

「フィーユさんのためなら、出来ると思うよ」

 優しい口調とは裏腹に、強い意志を持った声。アレフは戸惑いながらも、頷いた。

「お喋りの時間は終わりだ、と言ったね。……終わらせてもらうよ。永遠に眠るといい。あなたの忌み嫌う人間の中で!」

 急速に、ソルの手の中に光が溢れた。白銀の、光。まるで、全てが消えたあの日を彷彿とさせるような。

「貴様……まさか本当に禁呪を使う気かっ!?」

「そのまさかだ!!」

 アレフとレイネ、そしてセレネは、生涯で二度目の、世界が銀の光に包まれる瞬間を見た。

 

……光坂、第二十回……

 


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