第一章
| 「痛ってーなあっ! 離せよっ! 離せったら離せっ!!」 村の隅にある空き地で、アレフは声を限りに喚いていた。しかし相手は聞こえているのかいないのか、アレフの方を見ようともしない。 「離せよっ! 俺たちが何したってんだよっ!!」 「危険分子は早めに摘み取っておくべきだ」 そのとき、一人の男がそう言う。大きくも小さくもない声。それでも、アレフを黙らせるには充分だった。 「……人間のほうがよっぽどやっかいだろ。種族の問題だけなら、人間のほうがずっと……っ」 やや暫くしてから、アレフが言う。先ほどの男が、冷たい視線をアレフに投げた。 「世界を滅びに導いたのは、おまえらハーフエルフだろう」 「俺がやったわけじゃない!」 アレフは吐き出すように叫ぶ。不覚にも涙が出そうになり、しかしそれを必死の思いでこらえた。 「可能性を秘めている。それだけで充分だ」 男はそう言うと、再びアレフを無視した。 彼らが……否、彼が待っているのはアレフの保護者でもある、ソルである。 (来るなよ……) 絶対にソルは来るとわかっていながら、それでもアレフは祈る。 (来るなよ、ソル……!) しかしその祈りは、すぐに裏切られるものとなった。 「アレフ!」 それは、何よりも大切な声。 ソルは息を切らせて空き地へ入って来る。 (なんで来るんだよ、馬鹿……!!) アレフは思わず舌打ちする。しかし、それでも内心ほっとしたのは事実だった。 やっぱり来てくれた、とアレフは微かに思う。あの日腕を差し伸べてくれたソルと、何ら変わりはなくて。 「待っていましたよ、ソルさん」 男がにこやかに言う。もっともそれは悪意の込められた笑みだったが。 「アレフを返してもらいたい」 ソルは短く用件を伝える。勿論それですぐに返してもらえるとは思ってもいないが。 「取引をしませんか」 男はあくまでも笑みを崩さずに言いながら、ソルに歩み寄る。ソルは思わず身を固くした。 「取引?」 ソルの短い問いに、しかし男は答えず、ソルのすぐ隣に並ぶ。そうして、ソルにだけ聞こえるように、小さな声で告げた。 「君に我々の仲間になってもらいたい。もしイエスと答えてくれるなら、君の大切なアレフ君を今日だけ見逃してやろう。悪い取引ではあるまい?」 「……僕にハンターの仲間になれ、と……?」 つまりは『同じ種族』としてハーフエルフを探し、油断させたところでハンターが捕まえるということか……。『裏切り者』になれと、そういうことか。 ソルは男の考えを悟る。本来ならば考えるまでもなく否やを唱えるのだが、いかんせん今回はアレフの身柄がかかっていた。 アレフを楯にとられては、否やと言えるはずがなかった。 「……本当にアレフには手を出さないでいるんだろうな?」 それは問いでも確認でもなかった。相手がそんなに甘いとは思わない。だが、それでもソルは聞かねばならなかった。 「約束しよう。取引成立、と思っていいんだね?」 ソルはいやいやながらも首を縦に振る。 たとえ『裏切り者』の烙印を押されたとしても、アレフだけは守らなければならないのだから。 「アレフを放してやってくれ……」 ソルは押し殺した声で言う。男は満足そうに頷くと、アレフを捕まえていた男共に目線で合図を送る。アレフはすぐに自由になったが、怪訝そうに自分を捕まえていた男共を見るだけで、すぐに逃げようとはしなかった。 「アレフ、帰りなさい」 ソルは感情のない声で、アレフにそう告げる。アレフはそのときになって漸く気がついた……ソルが自分に背を向けていたことに。 「ソル……?」 アレフが不審気に声をかけるが、それでもソルはアレフを見ようとはしなかった。 「帰りなさい、アレフ」 ソルがもう一度言う。それをきっかけのようにして、ハンター達が移動をはじめた。ソルは彼らの後について行く。 ソルが、ついて行く。 「ちょっと待てよ……何だよそれ……!」 アレフが放心したかのように呟く。それでもソルは振り向かない。 振り向いては、くれない。 「ちょっと待てよっ! ソルっ! ソルっ!!」 アレフが何度もソルの名を呼ぶ。しかしいくらアレフが呼んでも、立ち止まることはおろか、ソルは振り向くこともしなかった。 「何だよそれ……何でだよ」 アレフの小さな呟きは、もうどこにも届くことはなかった。
……光坂、第四回……
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