第1章 追想 ・・・・・・レイ・・・。ス・・・レイ・・・・・・。 うるさい、俺を呼ぶな・・・。 ・・・早く・・・大きくなって・・・・・・そして・・・。 黙れ、俺に将来なんか・・・ないんだ・・・。 「スレイっ」 2回・・・3回目だろうな。 3回目に俺はやっと目を覚ました。 寒い朝はただでさえ起きるのが苦痛だ。 その上、タルい『朝のお祈り』なんかがあったら誰だって嫌だろう?  俺は昔からこの『お祈り』だけは好きになれない。 祈るだけで救われるならこの世に不幸な奴は一人もいない。 そうじゃないか? それとも不幸の数だけ祈りがあるのか・・・? 「今朝はお祈りがあるから・・・」 「わーってるよ!後から行くから先行っててくれ」 「先週、そう言って来なかったよ?」 「いいだろ、別に。『ラプラス』には関係ない」 「・・・そんな言い方」 「他に言い方があるか?」  ふふんとひねくれた笑い方をすると、そいつは口をつぐむ。 こいつ、悪い奴じゃないのに、俺に気を遣い過ぎるんだよ。 「ま、顔だけは出すよ。ほんと、先行けって」 「・・・・・・じゃあ、そうするよ・・・。また後で・・・」 「おう」  半ば強制的にそいつを部屋から追い出し、俺は再びベッドの中。 『ラプラス』・・・代役とかそういう意味だと聞いた。 影武者みたいなものだと思ってくれたら8割方は正解だろう。 残り2割は何かって? まあそう急くなよ。 俺と・・・そう、さっき俺を起こしに来たあいつ。 俺達は二人で一つの役目をこなす。 エスパーの『かしら』を張るのが、その役目だ。 でも、今はまだ不完全。 二人でやっと一人前なんだからな。 この先・・・いつになるかはわからねぇが、俺達のうち、どちらか優れている方が、その役目を一手に引き継いで、残った一人が『ラプラス』なんて呼ばれる。 名前の通り、頭の代役だ。 ボスに万が一の事態が発生した場合にその代役を務める。 けれど両者に与えられる力・・・魔力も権力もひっくるめて・・・それは同等だ。 同じ一つの魂を共有しているから。 お互い協力しつつ、また微妙に牽制し合いながら、一人の人物を演ずる。  ばかばかしい。 俺の一生、他人の猿真似で終わりだってんだぜ? 冗談じゃねぇ。 その魂を受け継いで、記憶も、能力も、そっくりそのまま引き継いだ。 真面目で律儀なあいつは、恩返しのつもりか、やる気を見せているが、俺は願い下げだ。  確かに、ここで食わせてもらっていることに対しては感謝している。 元々俺は名前も持たないスラムの浮浪児。 道ばたで売っていた自作の魔導器を認められて、この子は才能があるってここに引き取ってもらえたんだ。 修行は決して楽じゃなかったが、どんどん魔導が上達する手応えがあったから、必死に続けた。 そして、あいつを除いて俺の相手がいなくなった頃、あいつと俺はひとつの使命を言い渡された。  しかし生き方まで強制されるのは絶対に嫌だ。 という訳で、俺は今朝もお祈りをさぼる。 お祈りしてる暇があるなら、スペルの一つも覚えやがれってんだ。 俺は一人で、吹雪くフィールドへ飛び出す。  小さな僕は、何故かその子が売っている水晶玉に惹きつけられた。 スラムの道ばたで無造作に品物を並べて、その子は地べたに座ってぼんやりと人の流れを眺めている。  僕は何気なさを装ってその子に近づいて、並んだ品物のうち、特に丁寧に作り込まれたそれを指す。 水晶玉そのものはきっとどこかで拾うかくすねるかしたのだろうが、その内に込められた魔力は本物だ。 「これ、君が作ったの?」 「ああ。買うかい?」  その子が水晶玉を手に取り、すっと目の前に差し出す。 「・・・お金、ないから」 「そう」  また品物を元の位置に戻して、その子は再び人の流れに目を向ける。 こんなことを言うと子供っぽいと笑われるだろうけど、どうしても僕はそれが欲しくてしょうがなかった。 「明日、持ってくるから」 「だめ」 「約束するよ。明日もここにいるんでしょう?」 「口約束だけじゃだめだ、この水晶、俺も気に入ってるんだから・・・でも、そうだな・・・何か担保によこせよ。そしたらやるよ」  ビジネスに関しては非常にシビアな子だった。 確かに、品物を売ってお金をもらう以上プロには違いない。 子供といえど、プロのプライドというものもあるだろう。 「担保・・・」 「それ、いいじゃん。それくれよ」  その子は僕が持っている杖に目をつけた。 でも、これは大切なものだから・・・。 でも、この水晶玉も欲しいし・・・。 しばらく葛藤してから、僕は決めた。 「いいよ。じゃあ、これ、持っていて」  とても大切なその杖を、僕はいとも簡単に渡した。 引き替えに、赤い綺麗な水晶玉を手にして。 「おまえ、名前は?」  少し唐突に名を聞かれて、僕は少し戸惑った。 それから、ゆっくりと答えた。 「普通の名前はないんだ」  本当のことだ。 名前をつけてもらう前に、僕は捨てられたから。 僕を最初に見つけたのがスカイティアーラだったから、その始祖の名『レティーア』なんて呼ばれてたけど。 「なんだ。俺と一緒か」 「そうだね」 「じゃあ・・・そうだ、その水晶玉、銘をつけたんだ。その銘で呼ぶよ」 「銘?」  随分、本格的なことをしてるんだな。 「それには大地の力が込められてる。大地の力が届く限り、おまえをきっと守ってくれるよ、ジオ」 「・・・ありがとう」  何だかこそばゆいな。 名前で呼ばれるのって。 「じゃあ君の名前も教えて?」 「スレイだ。スレイ=ウォルシュ。酒場の女将さんがつけてくれた。死んじまった子供の名前だってさ」 「そう・・・ありがとうスレイ。また明日ね・・・」 それきりその子はそこに現れることはなかった。 きっと会うこともないと思っていた君がまさかここに来るなんてね。 僕は驚いたけど、君は僕を覚えてないみたいだった。 10年近く間が空いたんだから当然かも知れないけど。 あの時渡した杖はまだ、持っていてくれている? 「サイコウォンド」って銘がついてて、結構、僕らの間では重要なものなんだけれど、もしかして誰かに渡したりしたのかな? 僕はまだ持ってるよ。 机の引き出しの一番奥の箱の中に隠してるんだ。 あの日君がくれた、僕の名前と一緒に、誰にも知られない所で、表に出してもらえる時を待ってる。 君が全部、思い出してくれる時を。 第2章 表と裏  かんかんに怒っている長老の顔を見て、僕は思考を現在に引き戻す。 後から行くと言っていながら、結局スレイは今日もさぼった。 不敬罪で永久追放処分を喰らっても文句は言えないだろう。 そして僕は今日も頭を下げる役。 別にそのことは不満ではないけど、スレイのそういう素行の悪さが、彼への評価を不当に落としてしまっていることが残念なんだ。  目下最大の懸案事項として、僕とスレイのどちらが『五代目』を襲名するのかという問題があるけれど、大人達は僕に内定してるって言う。 僕が正式に『五代目』を襲名すれば、スレイはもう用無しだなんて言うひどい人もいる。 スレイだって、充分、資格はあるのに。 「レティーア?」 「あ・・・はい、すみません、長様」  ぼーっと考えていて、僕は長様の言葉を聞き流していた。 もしかして怒りに油を注いだかと僕は冷や冷やしたけど、それはなかった。 「僕がちゃんとスレイに言います。だからあまり彼に辛く当たらないで下さい。彼には彼なりの考えがあるんです。ただ怠けてるだけじゃありません」 「何故そこまで彼に肩入れするのかな?」  長様がふと怪訝な顔をして尋ねてくる。 僕は、もう何度も聞かされた言葉をそらんじて見せた。 「当然でしょう?僕たちは一つの魂を共有する二つの表現体。長様の口癖じゃないですか」 「建て前であって、本音は『五代目』の地位を奪い合うライバルだろう?」 「僕たち、別に奪い合ってません」  そうだよ。 周囲の大人がそう決めつけるから。 だからスレイが息苦しくなってるのに。  結構、憮然とした顔で言ってたのかも知れない。 長様が一瞬、眉根を寄せる。 何か言われる前に退散するのが良さそうだな・・・。 「僕、スレイ探して来ます」  僕はできるだけ明るい声でそう言うと、回れ右をして部屋を出た。 たぶん、スレイはまたあそこにいるんだろう。 一人になりたくなったら、彼がいつも行く場所。 そして、僕は館の裏口から外へ出た。  俺は暗いクレバスの底から遥か頭上の曇天を見上げる。 ここは大地の中心に近い場所。 こうして座ってると、・・・大地の力っていうのかな・・・それが強く伝わってきて気持ちがいい。 もっと深く潜ることもできるが、いくら俺でも命は惜しい。 穴蔵で迷子になって飢え死になんてのだけは避けたい。 「『ラプラス』・・・か・・・」  まあ、俺には相応しいかもな。 ずっと暗がりを選んで生きてきたんだ。 今もこうして、人の群を避けて一人で穴蔵に閉じこもって。 『影』は俺がなったらいい。 あいつにそんなのは相応しくない。 真面目で、優しくて、前向きで。 いい子過ぎて泣けてくるぐらい。  そういえば、もう一人、そういう奴を俺は知ってる。 知ってるって表現は正しくないか。 見たことがあるっていう程度。 ずっと昔、俺はそいつから値打ち物の杖を体よくまきあげた。 同じようなことは何度もやったはずなのに、何故か、そいつにだけは申し訳なく思った記憶がある。 後からやっぱり返そうと思って、出会った場所に何度か足を運んだが、そいつは二度と現れなかった。 ・・・代わりにやった赤い水晶玉を、あいつはまだ持ってるんだろうか・・・? 「スレイ!」  唐突に名を呼ばれて、俺は少しぎくりとしながら後ろを振り返る。 レティーアが、コートに積もった雪を払いながら立っている。 レティーア・・・そういえば変わった名前だな。 そんな名前のバイオモンスターが昔いたような、いなかったような・・・。 「ずっとここにいたんだね?」 「ああ・・・悪かったな」  多分、こいつは今日も俺の代わりに頭を下げて回ったのだろう。 ほんと、いい子過ぎるよ、おまえって。 「僕のことはいいんだよ。ただ・・・」 「俺のこともいいんだよ」  そいつの口振りを真似て、俺はそっぽを向く。 おまえに八つ当たりしてもしょうがないんだけどな。 一瞬の沈黙の後、努めて明るい声でレティーアが言う。 「帰ろう、スレイ。吹雪も収まってきたみたいだし」 「・・・ああ」  いつまでもここにこうしていても凍死だ。 あそこに帰るのは気が進まないが、死んじまったら元も子もない。 重い足取りで、俺達は館へと戻る。 ・・・スレイ・・・。 ああ、まただ。 またあの、遠くからの呼び声が聞こえる。 すごく・・・懐かしい・・・。  館に戻った俺を待っていたのは激しい糾弾の声だった。 継承の式が近いから、みんなピリピリしてる。 ・・・ってのは、レティーアの言いぐさ。 正式に『五代目』が誕生したら、俺なんか用済み。 『影』なんか必要ない、またスラムに捨ててやるって意識がみえみえ。 笑っちゃうね。 人を犬猫みたいに拾ってきて、言うことを聞かないからって放り出す。 ふん・・・俺がここにいるのはおまえらの為じゃない。 レティーアが、何か、こう、危なっかしくて・・・。 真面目でしっかりしてて、っていうのが他の奴等の彼への評価だけど、俺は少し違う。 具体的にどこが、とは言えねぇが・・・何となく、危うい感じがする。 確かに強いし、俺よりしっかりしてるが、どことなく虚ろで儚げな・・・そんな印象を俺は受ける。 「スレイ・・・気にしないで」  部屋に戻るなり、レティーアが、すまなそうな顔をして俺を見てくる。 「いつものことだ、いいんだよ、おまえが五代目を襲名すればそれでみんな丸く収まる」 「スレイは・・・」 「ラプラス・・・影だろ?いいじゃねぇか?相応しいと思うぜ?」  俺は気を使わせないように、明るく笑ってレティーアの肩を叩いたが、沈鬱な表情は晴れない。 しばらく黙りこくっていたが、唐突なことを言ってくる。 「僕たちって、何なんだろうね・・」 「??何・・・って」  聞かれていることがイマイチよくわからない。 俺の返答は特に期待していなかったのか、そいつは構わず続けた。 「元々は全然別のところにいたのに、今は同じ魂を共有していて・・・けれど大人になったら表と裏に別れてしまう。君をたたき台にして、僕だけが・・・敬われて、君はずっと影のまま・・・寂しいよね・・・」  スンスンと鼻を鳴らしている。 泣いてんのか・・・おまえ・・・? 「だから、俺のことはいいって言ってるだろう?」 「けど・・・!」 「ばーか、泣くなよ」  側に置いてあったティッシュの箱を掴んで、レティーアに投げてよこす。 「俺もおまえに期待してるんだからな!」  何だかこっちがいづらくなるじゃねーか。 俺なんかに気ぃ遣うなって。 おまえ、ボスだろ?もっと堂々としてればいいんだよ。 「俺、ちょっと運動してくるぜ。おまえは休んでな」  今はそっとしといてやった方がいいかな。 俺はそう思って、部屋を出、修行場の方へと足を向けた。 (僕たちって、何なんだろうね・・・)  あいつの言葉が、何故か耳について離れない。 本当に・・・考えたこともなかったけど・・・。 何なんだろうな・・・俺達って。 どうして、二人も、必要なんだ・・・? 一人では足りない何かが、あるのか・・・? 今、得体の知れない不安があった。 継承の儀式を目前に控えて。 第3章 Mother  今日はめでたく継承の儀式。 主役のレティーアは、今頃、その準備に慌てていることだろう。 俺に出番はない。 出席する資格もない。 ルツの裏の顔となるべき俺が、そんな目立つ場所にいられる訳ない。 できれば、俺もあいつを、祝福してやりたかったけど・・。 長様やロイヤルガード達が、儀式の準備に忙しくしている中、俺だけぼけーっとしてるのも気が引けて、かといって手伝わせてもらえる訳もなし・・・。 お祝いムードの奥の院に俺の居場所はなく、結局、俺はまた闇の中。 ・・・こんなもんなのかな、生きるってことは。 ぼんやりとそんなことを考えながら、俺はクレーターの底から曇天を滑空するアウルデゾリアを眺めていた。 その時だ。 ゆったりと規則的に円を描いていたアウルデゾリアが、突然軌道を変え、俺の視界から逃げるように飛び去る。 直後、雲が渦を巻いた。 その回転はじわじわと速くなっている。 竜巻・・? そんな馬鹿な。この季節に。 唖然とする俺の目の前で、ついに回転する雲の中心に目ができた。 途端、強烈な閃光が目を焼く。 「わっ!?」 あまりの輝度に、俺はまぶたをきつくつむり、同時にただ事ではない異変に対し、反射的に近くの岩場の影に転がりこんだ。 つむったまぶたも透かす強烈な輝き。 それが収まるのを待ち、俺はゆっくりと目を開けた。  何なんだよ、一体・・・? しかし、俺が状況を把握するよりも早く、事態はさらにややこしいことになっているらしい。 『それ』が、目の前にいたんだから。 「!?」  開いた口がふさがらないってのはこういうことを言うんだろうな。 我ながら、間抜けな顔をしてたんじゃないか? でも驚いたのはこの後だ。 『それ』が俺に話しかけてきたんだから。 「おまえが、『ラプラス』で、間違いありませんね・・・?」 「そ・・・そうだけど・・・何なんだよ・・・」  俺は少しだけ落ちつきを取り戻しつつ、改めて『それ』を見た。 ゆらめく黄金の髪。 どこか焦点の定まらない、緑色の目が印象的だった。 人のようにも見えるけど、人じゃない。 背中からは、翼のようにも見えるけど、大きな爪のようにも見える硬質の物体が生えている。 全身に炎のようにも見えるけど、何かのオーラのようにも見えるこれまた黄金色のもやもやを纏って。 色々観察してみたが、結局何が何だか俺にはさっぱりだった。 「おまえ、・・・何なんだ」 『それ』は、空中に腕と足を組んだ姿勢で座っていて、こちらを婉然と見おろしている。 「おまえ達が『光』と呼ぶ存在・・とだけ、言っておきますわ」  ますます訳わかんねー・・・。 おまけに・・何か、ヤバそーな雰囲気。 ここはやっぱり、三十八計逃ぐるに如かずってやつか・・? 「恐れることはありませんよ・・おまえに、おまえ本来の任務をこなしてもらおうと思っているだけ・・・」 ・・・ふん、やるじゃねぇか、心ん中もお見通しってわけか。 俺はイヤミったらしく舌打ちをして、『それ』を見据えた。 『それ』が最後に言った言葉が気に入らなかったから。 そんなくどくど言われなくたって、こっちにはそういう生き方しか残されちゃいないってのに。 少なくともこんな怪物に、どうこう言われる筋合いは全くない。 「ちっ、どいつもこいつも任務任務って。言われなくたってなぁ・・!」  俺はまだまだ言い足りないところだったが、『それ』が口を挟んで俺の抗議を中断した。 「おまえ、わたくしの為に働いてくれますね?」 「は・・・働く・・・?」  俺はオウム返しに問い返すだけ。 『それ』は満足気に笑みを浮かべて、ゆっくりと頷く。 もったいぶった口振り。 計算し尽くされ、演出が効きすぎたしゃべり方は、俺が苛立つ程だった。 「わたくしに刃向かう愚かな存在があります・・・おまえたちが『闇』と呼ぶ存在ですよ・・・」 「『ダークファルス』かい?」  これぐらいなら俺だってわかるぜ? 性懲りもなく破壊の限りを尽くしては倒される。 行動原理は不明なまんまだが、ま、あんまりありがたい存在じゃあない。 「まぁ・・当たらずといえど遠からず・・という所でしょうか」 「もったいぶりやがって。ははん、読めてきたぜ。『闇』と戦争しようってんで、その人員確保って訳だろう。生憎さま、頼む相手を間違えてるぜ!」  その戦争は俺の関わるべき事じゃない。 正式に『五代様』が動くべき事だ。 「まずは『表』にナシつけて来な。俺の行動が決まるのは、それからだ」 「必要ありません・・・知らないのですか?貴方達二人の使命は本来全く別物であったことを・・・」 「何・・?」  俺と、あいつの任務が全く別・・・? いや、そんな話は聞いていない。 「そうですか・・・それも忘れてしまったのですね・・・。まあいいでしょう。では改めて伝えます。おまえは闇へ降りなさい・・・そして真に強き者を、おまえ自身が選び出してやるのです」 「・・・言ってることが・・・よく、わからねぇ・・・」  嘘。 本当はわかってる。 闇へ降りた俺が悪事をはたらけば、いずれ真に強い者が俺を倒しに来る。 見事成功した奴が・・・合格ってわけだ。 その合格者を導くのが『表』。 試験官が『裏』。 そうか・・・二人いるのはこれが理由だ・・・。 『裏』は早期に倒れる運命にあるからだ。 いきなりダークファルス相手では荷が重すぎる。 だから最初は・・・人間が相手。 人間をモルモットに・・・人間を、試す・・・。 人間をザルに・・・人間を、ふるいにかける・・・。 命を犠牲に・・・命を・・・救う・・・。 救う・・・?? 「・・っざけんな、てめぇ!!!」  頭にきた。 本気で頭にきた。 「痛ぇ目見ねぇと、わかんねぇらしいな!俺達の痛みが、苦しみが!!」  後から冷静になって考えれば、かなり無謀だったと思う。 相手の正体すら知らずに飛びかかっていったって勝てっこない。 おまけに今、相棒はいない。 俺達は戦闘における役割がくっきりと別れていた。 こればっかりは向き不向きがあるから仕方がない。 つまり、あいつが防御で、俺が攻撃。 二人揃えば完璧に近い戦いを展開できる。 あいつが鉄壁の防衛陣で敵の攻撃を防ぎ、そして俺の広域破壊魔導で一気に片を付ける。 けれど、今、俺を守ってくれる者はいない。 いいように痛めつけられつつも、俺が必死の思いで繰り出した攻撃すら、『それ』にとっては毛ほどの苦痛も伴わぬ貧相な攻撃なのだ。  しかし戦いは長引いた。 遊ばれている・・・! 腑が煮えくり返る思いで、『それ』を見上げる。 イヤミの一つも言ってやろうと思ったが、喉の奥からは血の泡を吐くばかりで言葉は出なかった。 「・・・遊んでいた訳ではないのです」  『それ』は相変わらず婉然と微笑んでこちらを見ている。 「あなたの能力を試させてもらったのですよ。薄皮一枚とはいえ、わたくしに傷をつけるとは立派です。人間相手ならば跡形も残さず消し飛ばしていたことでしょう・・・ごめんなさいね、酷く傷つけてしまって。けれど理解して下さい・・・これも、わたくしの愛しい子供達のため・・・」  優しい目だった。 言っている言葉も・・・嘘じゃない。 ・・・わかんねぇよ・・。 愛しいものを守るって・・他に・・・他に、方法があるだろう・・・? こんな方法しかないのかよ・・・。 『悲しいけれど、仕方ないのです・・・。大きな戦争は犠牲者を増やすばかり』  薄れていく意識の中、『それ』の声が遠い所から聞こえる。 ああ、この声だ・・・いつも俺を呼んでいた、懐かしい声・・・。 早く大きくおなり・・・って、いつもそう言っていた・・・。 なあ、笑わないで聞いてくれるかい? 俺、昔、その声聞こえるたびに思ってた。 ・・・お母さん・・・、て。 第4章 二者択一  なぜその時、それを持ち出そうとしたのかはわからない。 けれども、僕はどうしてもそれを持って儀式に臨みたかった。 ずっと昔、スレイに貰った綺麗な水晶玉。 凍えるような冷たい泉の水で、僕は身体を清め、洗い立ての白い法衣を纏い、隠し持って来たその水晶玉を、右袖の袂にしまった。  今日はいよいよ継承の儀式。 とはいえ、特別なことはもうない。 能力と記憶は既に継承済。 いわば、一人前になったということを、皆の前で発表する日だ。 このときから、僕には新たな使命・・エスパー達を良い方向へ導き、守護するという責務が課せられる。 そして、もう一つ。 僕が一人前になったから、相棒はいらない。 スレイは今日、この日を以て五代目を継承する資格を失い、代わりに五代目の影として、裏の顔としての使命を背負うことになる。 ・・・違うよね、スレイ。 表も裏も、光も影も関係ない・・僕たちはずっと友達だよね?  扉をノックする音が聞こえた。 ああ、そろそろ時間だ。 長様が呼びに来たんだろう。 「準備は、できましたか?」 「はい、長様」 「結構。では、参りましょう」 「・・・はい」  スレイはどこにいるんだろう? そういえば、今日は朝から姿を見ない・・・。 いづらくなって、またあそこに行ってるのかな。 後で迎えに行ってあげないと。 だって、僕が迎えに行かないと、君は絶対戻ってこないから。  そして、儀式は密やかに始まった。 ここに立ち会えるのはごく限られた人間だけ。 長様が一本の杖を、僕に向かって差し出す。 サイコウォンド。 歴代ルツの右手には常にこの杖があったという。 でも、今ここにあるのはレプリカ。 本物は、僕が昔、スレイにあげちゃった。 そんなレプリカを作る程のものじゃないと僕は思うけど、これが形式になっているからと、長様がわざわざ用意した。 どうしてなのかな、エスパー、特に古い世代は形式にこだわるんだよね。  そして、僕がそのレプリカを手にした時。 本当に唐突だった。 『それ』は現れたんだ。 強烈な光芒を伴って。 「わっ!?」  あんまりにまぶしくて、目が痛いほど。 それが収まってから、そっと瞼を開けると、見たこともない不思議な生き物・・・ううん、生き物と形容できるものなのかどうかもわからない。 けど、僕には『それ』の異様な容姿よりも何よりも目を引くものがあった。 スレイだ。 『それ』はスレイを連れていた。 連れてるっていうより、捕まえてるっていう雰囲気だった。 一種の結界・・・みたいな中に、スレイはいた。 膝を抱えて座り込んで、焦点の定まらない視線が宙を泳いでいる・・・。 こいつはスレイに何か悪さをしたんだ。 直感で僕はそう決めた。 自慢じゃないけど、僕の直感は、外れたことがないんだから。 「スレイを返せ!!」  僕は、僕の直感に従って、『それ』に喰ってかかった。 『それ』は憎らしくも、余裕気に笑みを浮かべて答える。 「返せですって?ふふっ、元々貴方のものでもないでしょうに、おかしなことを言うものですね。この子はわたくしのもの。わたくしが、貴方達から返してもらうのです・・・」 「よくもいけしゃあしゃあと・・・!」 「本当のことです・・・。代を経るにつれ不抜けてゆく『護り人』たち・・・人が背負いし最も大きな罪、『忘却』によって・・・。やむなくわたくしは、その第一世代と同じ能力を有するものを新たにふたつ、創りました・・・ひとつはこの子をデゾリスに。もうひとつは・・・まだ小さな存在ですが、その子はモタビアに。ふたつのうち、優れている片方を、選び出してもらおうと思うのです・・・」 「優れた・・・一方??そんなの、どうやって決め」  言いかけて僕は息を飲んだ。 そんな・・・まさか。 「単純かつ明瞭な方法です。戦ってもらいます。そう・・・その子は今『ルディ』という名を与えられ、一人でもたくましく生きています。ふふ、少しわたくしに似せて創ったんですよ。そしておまえはモタビアにいるその子を導き、デゾリスのこの子と勝負させてみて下さい」 「スレイは優しいから・・・僕がいたら絶対に全力出せないよ・・・」 「この子は一旦闇へ降ります。貴方のことも忘れる。人間の情も忘れる。『忘却』だけは意識しても防ぐことができませんから・・・」 「闇へ降ったスレイが、その『ルディ』を倒したらどうする気?」 「その時はわたくしの制作段階でのミスですね。作り直しましょう」 「戦争に間に合わなかったら?」 「その時は、わたくし自身が赴くまで・・・。けれどそれでは戦争を余計に大規模なものにしてしまう・・・多くの命が失われてしまう・・・。愚かな『護り人』たち、けれども、だからこそわたくしは彼らが愛しいのです。愛しいわたくしの子供達が多く失われるのはいやなのです・・・」 「スレイが死ぬのはどうでも良くて、大勢が死ぬのは嫌だと?」 「数百万の破滅よりも、ひとつの悲劇で済むのなら、致し方ないでしょう」  『それ』の言うことはもっともだ。 言っていることも決して間違ってない。 本当に人間を愛しているからこそ、最低限の犠牲で戦争が終わるように願う気持ちも本物だ。 僕もそうなったらいいと思う。 けれど、ただひとつ、許せなかった。 スレイが、その『ルディ』とかいうもう一人の子の、たたき台にされるのが。 「賢しい口をたたくなっ!!」  右手に握った役にも立たないレプリカのサイコウォンド。 その尖った先端を地面にガツンと突き立ててそれを捨て置く。 多分、勝てない。 僕は防衛陣を敷くのは得意だけど、破壊力の方はスレイに頼ってた。 しかし今、スレイは戦えない。 持久戦に持ち込んでも、どう見たって僕の方が息切れを起こすに決まってる。 でも勝敗なんて関係ない。 このまま大人しく言いなりになるくらいなら殺される方がましだ。 そう・・・スレイを殺す手伝いをするぐらいなら、彼を助ける真似事をして殺される方がずっと。  相手が何物かも関係なかった、僕にとっては。 でも、僕以外のみんなには、それがとても重要なことだったんだ。 防衛陣を敷き、臨戦体制に入ろうとした僕を、長様が止めた。 長様だけじゃない。 ロイヤルガード達もみんな。 僕以外のみんなが、僕を止めた。 「おやめなさい!『光』に刃向かうことがどれほど罪深いことか、おわかりでしょう!」  言われなくてもわかってるよ・・・。 『光』の力を信奉するエスパーとしては今の僕の行為は許しがたいだろう。 僕だって信じてるよ。 その力が圧倒的だってことを信じてるから、戦うんじゃないか。 闇へ降った者が、『光』に勝てることはないんだ。 今、ここで何とかしないと、スレイはこのまま・・・。 絶対許さない。 一人だって戦うよ、僕は。 誰も手伝ってはくれない。 誰もが僕を阻もうとする。 周囲のロイヤルガード達と、目の前の『光』。 その二者を同時に相手にするのは、辛かった。 ロイヤルガードの隙間を縫うようにして、やっとの思いで繰り出した攻撃も、『光』には効いていないみたい。 強いよ・・・やっぱり・・・! どうしてこんな奴が・・・!  あれ? そうだ、どうしてこんな奴が?? 今まで約2000年間、何度か大きな戦争があったのに。 どうして今になって? どうして今だけ? どうして今だけ『光』が直にコンタクトを取ってくるんだ・・・? 『導』は別に僕でなくてもできることのに・・? スレイが近くにいるから?? ううん、だったらなおさら僕じゃまずいよ。 近くにいるからこそ逆らうんだから。 僕でなければならない理由・・・他の人にない、僕だけの・・・。 つまり、『五代目』だから?? でも初代から四代目まで、こんなことは一度もなかったのに。 どうして僕だけ・・?  もしかして・・・何かが原因で、『光』は、先代までコンタクトを取れなかったとは、考えられない? 原因・・・つまり、先代までにあったけど、僕らにはないものだ。 先代まで存在していたけれど、僕らが初めて失った・・・代々受け継がれてきたもの・・・。 ・・・そうか、あれだ! 『サイコウォンド』だ。 てっきりタダの飾りものとばかり思っていたけど、違うんだ。 きっと二度も戦争に巻き込まれた初代が、魔導という特殊な力を持つ僕たちを、『光』の過干渉から避けるために、後々に遺したもの・・・。 それを失って、『光』に深く立ち入られることになった・・・。 つまり、それさえ取り戻せば・・・何とかなる!? でもあれは・・・。 「スレイっ!!」  あらん限りの肉声を張り上げて、僕はスレイを呼ぶ。 あの杖の行方を思い出してもらわなきゃ。 「スレイ!!教えて、あの杖をどこへやったの!?」  必死に呼ぶけど、スレイは答えてくれない。 聴覚がダメなら・・・! 僕たちエスパーのお家芸、テレパスで、直にスレイの感覚神経に干渉を試みるけど、それすら何かに遮断されている。 そんなばかな。 テレパスが通じないなんて、神経網の異常以外に考えられない・・・。 「そうです。この子の神経を一時的に麻痺させています」  逆に僕の思考回路は敵に筒抜けなのか、『光』がいかにも自慢げに答えてくれる。 「簡単に言ってくれるよね!」 「そう、サイコウォンド・・・あれは、あらゆる人外の存在を払う物。人外の存在を呼び込む『エルシディオン』といわば対をなしてあなた方に受け継がれていますね。けれどサイコウォンドはここにはなく、他方『エルシディオン』はここにあります・・・」  ああそうだ。 人外の存在である『光』にとって、この状況はあまりにも美味しい。 だから、現れたんだ。 つまり・・・。 サイコウォンドを取り戻すか・・・エルシディオンを破壊するか・・・二つに一つ!!  それ以外に、勝利への可能性はない。 数瞬の躊躇ののち、僕は、決断した。 「僕は・・・」 第五章 異端  エルシディオンの破壊。  サイコウォンドの探索。  僕は必死に心を落ち着かせながら、二つの選択肢を検証する。 前者、エルシディオンの破壊は下手をすれば自分で自分の首を絞めることになるかもしれない。 未だ姿を見せない『闇』を討つのに必要なものだから。 しかし、後者、サイコウォンドの行方は不確実だ。 唯一の手がかりを握るスレイは今あらゆる感覚を失っている。 万が一、彼の回復に成功したとしても、僕のことを憶えていないスレイ。 僕が渡したサイコウォンドだって忘れてしまっているだろうな・・・。 だったら僕は確実性に賭けよう。 取るべき行動は決まった。 「僕は・・・『エルシディオン』を、破壊する!」  歴史に『もしも』は通用しないけれど・・・。 このとき、もしも僕が逆の選択をしていたら、歴史は大きく変わっていたことだろう。 エルシディオンはここよりさらに奥。 丁度、目の前の『光』、そしてロイヤルガード達の、その真後ろの位置にあった。 僕にとっては、完全に行く手を塞がれた格好だ。 「な・・・何ですと!?」  僕のやろうとしていることを知って、長様が顔色を変える。 当然だろうな。 僕たちにとって、それはまさしく伝家の宝刀。 それを壊そうって言うんだから、猛反対を受ける。 でも僕は聞かなかった。 これだけは絶対に譲れない。 行く手を塞がれたなら、それを破るまで。 「みんな引いて!!いくら僕の破壊力が弱いからって、みんなを怪我させるぐらいはできるよ!」  前へ突き出した掌底に、威嚇の意味を込めて、数発のフレエリを生み出す。 でも、僕に譲れないものがあるように、みんなにも譲れないものはある。 それが僕はスレイの生命であって、みんなにはエルシディオンの生命だっただけだ。 だから、誰かがこう言って僕を罵ったことを、恨むつもりはないよ。 「異端だ!!」  異端。 『光』を信奉するエスパー達にとっての、異端とはつまり、『闇』を信奉すること。 最も忌まれる存在にして、この世に存在することすら許されない。 誤解しないでね。 僕は決して『闇』を信じたんじゃない。 僕は『光』のやろうとしていることに賛同しなかっただけ。 「ちがうよ!僕はスレイを助けたいだけ。みんなは構わないの!?スレイが死んでしまっても、『闇』へ降って二度と戻って来れなくなっても!?」  僕は必死に訴えるけど、もうみんなにはそんなことはどうでもいいみたい。 僕が異端者なのかどうかで頭の中はいっぱいだ。 一人の叫びは小さな細波のように、ざわざわと周囲に広がってゆく。 ついさっきまで頭を垂れていたロイヤルガードが、今は僕を猜疑心に満ちた目で見つめている。 「裁判が必要ですな」  異端かそうでないのかを見極める裁判を開く必要があると、長様がその場をとりまとめるかのように言う。 「ええ、構いません。でも今だけは邪魔しないで!」  ほんの威嚇のつもりだった。 右の掌底に生み出したフレエリの数発を、威嚇の意味で打ち込んだだけだった。 しかし、その瞬間、確かに、第三者の魔力が割って入った。 「!?」  まずい・・・! 解っていたけど、もう遅かった。 僕の、あまり強くないはずのフレエリは、その時、赤黒く輝く光の刃となって前方の空間を地面から天井へと一閃した。  凄惨なまでの破壊力。 その光の刃が寸断した軌跡の上に存在した全て・・いや、唯一、『光』だけはその強力無比な防衛陣で一撃を弾いたけれど、それ以外は人だろうと物だろうとお構いなしに切り裂いた。 「何・・・??何が起きたの・・・?」  僕には何が起きたのか見当がつかなかった。 唯一、僕以外の何かが、こんな無茶をしたことだけは理解できた。 「みんな・・・」  今の一撃でロイヤルガードは半数に減った。 当然のことだけど、みんなの、僕を見る目が、更に厳しくなった。 ちがうよ・・。 こんな・・・こんなつもりじゃ・・・。  そう思って、思ったことを口に出そうとしているけど、歯がかち合うだけで言葉にならない。 異端。 『闇』の力。 敵。  僕にはさっぱりわからない言葉を、みんなは口々に僕へとぶつける。 僕は・・・スレイに死んでほしくなくて・・助けたくて・・・。 ただそれだけ・・・。 誰かを傷つけたいんじゃないのに・・・。 「この子を助けたいのではなくて?」  『光』が余裕気にはなしかけてくる。 さっきから一度も、『光』は攻撃して来ない。 ただその場の成りゆきを見つめているだけだった。 「今の攻撃はかなりのものでしたね。わたくしも一瞬判断が遅れれば今どうなっていたでしょう・・」 「・・・僕がやったんじゃない」 「ふふ、おかしなことを言いますね。確かに貴方の攻撃なのに?」 「きっかけは僕だ。でも・・・あんな、つもりじゃなかっ」  それ以上言葉が続かなかった。 動転していた僕の隙をつくかのように、ロイヤルガードが一斉に攻撃してくる。 強烈なGがかかり、僕は膝をついた。 「くっ!」  体中の骨格が軋む。 内臓が縮められて、強烈な嘔吐感が襲う。 ごく基本的なテクニック・グラブトも、こうも厳しいと冗談じゃなく圧殺されかねない。 「やめて!!」  反射的にテクニックを弾くバリアを張る。 再びだった。 また、第三者の魔力が割ってはいる。 さっきのと同じ、力。  まただ・・・。 僕じゃない、目に見えない何かが・・・。 何・・・? 一体何なんだ・・・? 落ち着け、焦るな・・・。 そうだ、この感じは・・・追けられてる!?  背後に何かの存在を僕は直感で感じとる。 けれど現実はそれどころじゃない惨事に襲われていた。 僕の張ったバリアが膨れ上がり、近くにいた者から順番に弾き飛ばした。 弾くなんて生温いものじゃなかった。 激しい衝撃に肉体は千々に砕かれ、見る影もない。 「!!」 こんな・・・。 こんなことって・・!  もうみんなを止めるだけの説得力を、僕は微塵も持っていなかった。 みんなはますます怒って、僕を殺そうとする。 僕は耐えるだけ。 また何か僕が魔導を使えば、同じことが起こらないとも限らない。 「僕じゃない・・!何かが・・追けてきてるんだよ・・・すぐそこに!」  必死にそんな内容をみんなに話すけど、聞いてはくれない。 更に激しい攻撃が襲いかかってくる。 あらゆるテクニック・マジックを僕は一身に受けるしかなかった。 魔導を使わない魔導士なんて、でくの坊に等しい。 訓練用の的よろしく、僕は焼かれ、切り裂かれ、砕かれた。  とどめとばかりに、フレエリの雨が降ってくる。 僕には、腕を交差させて頭部を庇うしかできなかった。 降り注ぐ炎の雨は、容赦なく僕の右腕を焼き、着弾の衝撃で僕の身体は大きく左へと傾ぐ。  既に朦朧とする意識の中、反射的に反対側の足を踏み出して、転倒する寸前で踏ん張った。 けれど、ただ倒れなかっただけ。 焼けただれて脆くなった右腕が、自重に耐えきれず、肘からちぎれて床に落ちた。 一緒に、袂の中にしまっていた、あの綺麗な赤い水晶玉も床に落ちて転がった。  いやだ・・。 何を失っても・・・あれだけは・・・。 命よりも大切な・・・僕の、宝物・・・。 落としてしまった水晶玉を拾いたくて、一歩踏み出す。  けど、2歩目が続かない。 立ってバランスを保つこともできずに、ぐらりと身体が傾いだのがわかった。 もう踏ん張る力も出ない。 ああ、スレイ、ごめんね・・。 僕のやったことは間違ってたのかな・・・僕は誰一人救えなくて、たくさんの人を傷つけただけだったよ・・・。 教えてよ、スレイ・・・。 僕は、間違っていたの・・・?  ずっと遠くで、願った人の声が聞こえた気がした。 レティーア・・・と。 悲鳴に近い声が・・・。  悪い夢だと思いたかった。 あいつが今まさに殺されようとしていた。 助けてやろうとしたんだ。 でも『光』はやめておけと言う。 友達は裏切るものなのだと。 『光』にも生まれた頃には、たくさんの友がいた。 皆とても仲良く幸せだった。 しかし一つ、また一つと争い、裏切り、そして消えていった。 今ではあんなにいた友も、『闇』ひとつだけ。 『光』が俺に言い残した言葉が、俺の心には、壮絶なまでの孤独を伴って伝わった。 こんな悲しい思いをするくらいなら、初めから一人でいたかったと。 友達なんていらなかったと。 ・・・泣くなよ・・・。 おまえのこと、憎めなくなるじゃねえか・・・。 「どうしても、お友達の所へ行きたいのですか?『裏』はおまえしかできないことですが、『表』は別にあの子でなくてもできることなのです、少し人より強い魔力さえあれば・・・」 「ちがう、そんなことじゃない、友達が死にそうなのに黙ってられるか?今のままじゃあいつ死んじまう・・・俺もあんたに随分やられたからどれほどの力も残ってねぇけど・・・今行かねぇと絶対後悔する。あんたの言うこと聞くよ、俺は闇へ降ってあいつが俺を殺しに来るのを待つ。だから行かせてくれよ!」 「きっと、辛い思いをしますよ」 「構わねぇよ」 「そうですか・・・ならば止めはしません。お行きなさい。そして、大切な友達を救ってあげなさい・・・」  そして、俺を残して『光』は去った。 去り際の寂しげな声は、俺の耳にいつまでも残り、なかなか忘れることができなかったけれども・・・。 おまえ、ほんとは・・・『闇』とは戦いたくないんじゃないか・・? だって、最後に残った、ただ一人きりの友達なんだろう・・・? なあ・・・戦わずにすむ方法って、どこかにねぇのかな・・・。 第6章 エンカウンター  待っていたのは凄惨な現実だった。 何かしらの魔導が暴発したんじゃねぇかな? 決して意図的なものじゃない。 ・・・だからって、単に事故で片づけて良いかどうかはわからねぇがな。 血飛沫に染められた室内。 散らばる死体。 育ちが育ちだ、こういう修羅場には慣れているはずの俺でさえ、直視するのが辛い惨状だった。 そんな惨状の中に、レティーアはいた。 その場に相応しい深手を負って。 全身に負った切り傷、火傷。 何よりも焼けただれて肘で千切れた右腕が痛ましかった。 「レティーア!」  グラリと傾ぐその身体。 慌てて走り寄り、抱き支えた。 ぐったりとして力無く、一瞬俺は最悪の予感に捕らわれたが、さすがに魔導士、ちょっとやそっとの魔導による傷では死なない。 つったって、ほっとくとヤバい。 とりあえず生命維持のためのリバーサーだけはかけた。 けど、実際の治療の方は、俺はさっぱりだ。 『傷なんか死ななきゃそれでいいんだよ、そんなもんに時間割く間に俺は攻撃魔導を憶えるぜ』と、エスパーならば身につけていて当然の治癒の力を、リバーサーを除いて俺は捨てた。 ・・・こんなことになるんなら、ちょっとでも勉強しときゃよかったな。 思いきり嫌みったらしく溜息をついて、レティーアを抱え上げる。 「病院行ってくるぜ」  長やロイヤルガードの生き残りに、憤りを込め一瞥をくれてやる。 しかし、奴等は俺の胸中を知ってか知らずか、更に俺の神経を逆撫でるようなことを言いやがる。 「待ちなさい。『異端』はしかるべき手段を以て、処分せねばなりません」 「何・・・?」  聞いたことがある・・。 『異端』と判断された者は処刑され、そして二度と蘇ることのないよう、その死骸に特殊な措置を施すと・・・。 確かにそれが名目ではあったが、実際の所は立派な見せしめだ。 「ふん・・・んな真似しやがったら手前ぇら全員、ぶっ殺す」 「問題発言ですな。『異端』に肩入れすると?」 「たりめぇだろ、友達だからな」 「貴方の使命は『表』に万一の事態が発生した場合の、その代役。万一の事態というのは、こういう場合も含むのです」 「へぇ、部下によってたかってボコボコにされて死にそうになった時かい?」 「『闇』に寝返った時です」 「るせぇ、四の五のぬかしやがって。それ以上減らず口たたいてみな、あの世を見ることになるぜ」 「・・・なるほど、馬脚を表したようですな」  長の敵意に満ちたその言葉を受け、ロイヤルガードが周囲を取り囲む。 良い度胸だ、機嫌が悪い俺を相手にしようってのか? ふふん、命知らずってのはホント、てめぇらの為にある言葉だな・・。 「俺とこいつを一緒にすんなよ・・・俺はこいつと違って、あんたたちを導くとか救うとかいう気は全然ねぇんだぜ」  だって俺にはおまえらが救いようのないバカに見えるからな。 痛ぇ目見ないとわかんねぇだろう。 軽くタンドレあたりでヒネってやるか・・。  そう思って、左手を差し伸ばし、まさに雷撃を加えてやろうとしたその時だ。 右腕に抱えたレティーアが、小さく言った。 「ダ・・・メ」 「・・・?」  ダメって・・・? ほんの一瞬、俺は躊躇した。 「!!」  いる!! 何かが・・・すぐ近くに・・・! 「やばい!」  その、『何か』の魔力がその場に介在していた。 膨れ上がる雷球。 もしや、これか!? この惨状を生み出した、魔導の暴発の原因・・! 「く・・、なめるなぁっ!!」  レティーアの制止が効いてくれた。 一瞬、俺のタンドレの発動が遅れていた。 微妙なタイミングのズレ。 その刹那、俺は強制的に解除を試みた。 でも、やっぱ少し遅すぎた。 こんな段階でキャンセルをかけてうまくいく訳がない。 膨れ上がった雷球は、小さくはなったが、完全には消滅しなかった。 しかし皮肉なことに、標的だけは解除されてしまったらしく、すぐ目の前に着弾した雷球は、いきなりその場で強烈な電場を展開した。 まずい、レティーアも巻き添えを喰らう・・・。 こいつの今の状態で、さらに電撃を受けたら・・・。 くっそぅ、仕方ねぇ!  レティーアを庇うべく、俺は自らその電場へ飛び込む。 格好の良導体である人体を選んで、電子の束がどっと流れた。 ビシッと鞭打たれたような衝撃が走って、一瞬体中の力が抜けた。 ショックで心臓がキュッと縮こまった感覚がしたが、幸いそのまま止まっちまうことはなかった。 ・・・ざまぁねぇな、自分の術で自分がやられて。 「悪ぃ、失敗した・・・大丈夫か?」  立とうとしたが、情けないことに足腰が言うことを聞かない。 中腰になってもそれ以上力がこもらず、無様に床に転倒する。 そして、さながらそれを見越したかのように、長やロイヤルガードが俺とレティーアの周囲を取り囲む。 「・・・力に溺れる者は、力の前に屈するのです・・・」 「うるせぇ、まだ・・・」  まだ魔力は尽きちゃいないと言いかけ、俺は息を飲む。 ここで魔導を使うとどうなる? また、あの目に見えない何かが、こんな無茶をしたらどうなる・・・? そうか・・・レティーアがこんな奴等に負けたのはそれが理由か・・・。 今もきっと成りゆきを見ているであろう、その目に見えない何かは、再び俺が魔導を放つ時を、虎視眈々と狙っているはず・・・。 俺達の魔導を使って何をする気だ・・・。 さっきからやたらめったら破壊して・・・破壊?? ここにある何かを壊したがっている・・・ここにあるもののうちの、どれか??  改めて俺は室内を見回そうとして、けれど途中でそれをやめた。 ロイヤルガードの数名が、レティーアを抱え上げて、連れていこうとしている。 「やめろ・・そいつに触るな!!」  奪い返そうと立ち上がったが、相変わらず力が入らない。 がくりと膝をつくしか、俺にはできなかった。 「そいつをどうする気だ!!」 「処刑するのです、掟に従い」 「そんなの俺が許さねぇ!!」 「許す許さないの問題ではないのです。そもそもこの世に存在すること自体誤りなのです」 「・・・なんて・・こと・・・言いやがる、てめぇ!!」 「貴方も裁判が必要です。来なさい」  肩をぶしつけに捕まれる。 そうかい、そんなに死にたいか。 俺はレティーアほど優しかねぇぜ・・・。 魔導が暴発しようが、目に見えない背後の存在が何を企もうが、もうどうだっていい。 ・・・てめぇら、全員・・・ 「殺す・・!」  上方にさしのべた左手の掌底に、強烈な輝きが生まれる。 この世のあらゆる事共を、すべてつなげてひとつの力へ・・・。 その力に、俺は『連帯』という意味を持つ、こんな名前をつけた。 「来い!!レジェオン!!」  生まれる力。 自分で言うのも何だが、破壊力に関しちゃ、他のあらゆる魔導を超越してると自負していた。 再び、介在する何物かの力。 今度は驚かない。 キャンセルもかけない。 一旦はひとつに収束した超高密度のエネルギーの束がピッと空を裂き、一瞬のタイムラグの後、すさまじい輝度を放ちながら一本の光の矢は天を裂き、地を割った。 その矢に狙われた者は、何一つ残さずに消し飛ぶ・・・はずだった。 あまりの輝きに一面真っ白に覆われた視界が徐々に収まっていった時、俺は予想できなかった結果に直面する。  一人の子供。 見た感じ・・・まだ5、6歳にしか見えない・・・。 信じがたいが・・・そのたかだか一人のガキが、俺の渾身の『レジェオン』を、その両手の間に、そっくりそのまま受け取っている。 決してその力を弱められてはいない。 本当に、そのまんま、受け取めているのだ。 「なっ・・・」  憎たらしくも、そのガキは、いとも容易く『レジェオン』を握りつぶす。 見事な艶を持つ黄金色の髪、パッチリとしていて、しかし焦点の定まらぬ虚ろな緑色の瞳・・・。 瞳と言っても、本当にこの目を使って視覚的にものを見ているのかは、はなはだ疑わしかった。 飾り物のビーダマみたいに、俺には見える。 しかし、こいつ・・・どこかで見たことが・・・? そうだ、さっきの『光』に・・・似ている・・・! 「俺は、モタビアに降りた『光』・・・デゾリスに降りたという、俺の片割れとは、おまえのことか?」  表情と同じく、その口調も、背筋が寒くなる程抑揚がない。 人間・・というより、腹話術の人形に見えた。 コイツ・・・普通じゃねぇ・・・。  悔しいが、俺は完全にそのガキに圧倒されていた。 虚勢を張って罵声を浴びせるが、それも無視されるだけだ。 「邪魔するな、くそガキ!!」 「・・・・・・。」  可愛いガキだぜ、全く・・・! 腑の煮えくり返っている俺をよそに、その子供はポツンと呟く。 「これを、壊されては困る・・・」  す、と差し出した掌。 その掌の上の中空が裂け、その中から一振りの剣が現れ、吸い込まれるようにそのガキの掌の上へと落ちた。 「!?」  テレキネシスか・・・やるな・・・。 苦々しい思いでその光景を眺めていたが、何を考えたのか、ガキはその剣をいきなり俺に向かって放った。  慌ててそれを受けとめる。 何のつもりだと言おうとしたが、相手が口を開く方が早かった。 「預けておく」 「はぁ??」 「いずれ返してもらいに来ることになろう。それまでおまえが持っておけ。俺には『ルディ』という名がある。それを頼りにモタビアを探せばいい。それから、そこの魔導士」  『ルディ』と名乗ったそのくそガキは、ゆっくりと頭を巡らせ、レティーアの方を向いた。 「早めに始末しておけ。危険だ」 「・・んだと、黙って聞いてりゃこのガキ!!」  俺にはてめぇの方がよっぽど危険に見えるぜ・・・! 反射的に、手の中にあった剣を抜き放とうとしたが。 ・・・抜けない!? セイフティロックの外し忘れとか、そんな間抜けなことじゃない。 寧ろ、そんなロックが全くついていない、非常に原始的な剣だったのに。 「預けると言った。使えとは言っていない」 「やかましい!そんなに大事なものなら自分で持っときゃいいだろう!」 「今はまだ肉体が完成していない。その剣の恩恵を受けられる程に成長するには少し時間がかかる。その間は先に生まれたおまえが持っていろ。時が来れば返してもらいに来る。ただし二度とそれを壊すような真似はするな。再びの警告はないものと思え」 「図に乗るなぁっ!!」  さっきはうまくいかなかったが、今度こそは決める。 そうさ、今度は最初っからおまえだけを標的にレジェオンを叩き込んでくれる・・・! 防げるものなら防いでみろ!! 2発目・・・さすがに連発はきついが・・・ここは踏ん張るしかねぇ。 今ここで、この『ルディ』さえ始末できれば、全ては問題ないんだからな・・・! ・・・一撃で決めてやる! 第7章 砦  再び生まれる『連帯』の力。 不思議に青みを帯びる光の矢が俺の掌にある。 周囲にいた長やロイヤルガードが何か俺に叫んだが、そんなのは右から左だ。 このくそガキ・・・おまえさえいなきゃ・・・! 残された全ての力を注ぎ込んだ一撃をお見舞いしてやろうとしたその時だった。  背後で異変があった。 今まで感じたこともないような・・・全く異質の力。 「!?」  ぎくりとして背後を振り返る。 あの無感動・無表情な『ルディ』ですら、わずかに眉ねを寄せて、ゆっくりと頭を起こした。 「『ルディ』・・・殺す!!」  レティーアが立っている。 立っているっていうか・・・他の力に立たされている・・・って感じだ。 見えない紐で操られるマリオネットの姿を、俺は連想した。 右腕を失ったマリオネットは、左腕をすっと前方へ差し伸ばし、その指先で中空を撫ぜるような仕種をする。 そのうちに、左手の中に赤黒い輝きを見せる光の球が見えるようになってくる。 大きさはそれほどのものではないが、そのエネルギー密度は尋常じゃない。 今にも臨界点を越えてその場で爆発を起こしそうな程・・・。 ・・・一体・・・何が・・・? 俺にはもう何が何だかわからなくなってきていたが、ただ一つ理解できることがあった。 それをレティーアに向けて怒鳴った。 「やめろ!!今のおまえの状態じゃ戦闘なんて無理だ!!」  俺の言ってることは間違ってないと思うぜ。 立ち上がっただけで、あちこちの傷から血を吹き出しているんだ。 骨格もやられてる・・・いびつに曲がった足元。 傷つきぐらつく身体を、骨折した足で辛うじて支えて。  もう、よせって・・・バカ・・・! 見てる方が辛くて・・・泣けてくるじゃねぇか・・・。 「今戦わずに・・・何のための力か、命か・・・!」  でもあいつは聞かなかった。 口で言っても聞かないなら・・・しょうがない、俺がキャンセルを・・・って。 おい・・・解除が効かねぇ!? くそっ・・・俺には制御不可能な魔導ってことかよ! 「ばか!!やめとけ、冗談じゃなく死ぬぞ!!」 「・・・どうせ死ぬ・・・だったら・・・一矢なりとも・・・!」 「えぇい、このバカ!仕方ねぇ、一発で決めるから耐えろよレティーア!」  止めてもどうせ聞かないんだ。 だったら二人がかりで、この『ルディ』を手早く片付けるしか・・・。 「・・・いいだろう。まとめてかかってくるがいい」 俺とレティーアの中央に完全に挟まれた状態で、しかも俺もレティーアも魔導の発動準備は万全整っているのに、余裕を見せびらかしつつ立っている。 「なめやがって・・・その鼻っ柱、へし折ってくれる!!」  俺のレジェオン。 レティーアの、原理不明の魔導。 『ルディ』を標的に、同時に発動した。  朦朧とする意識の向こう側で、二つの魔力が激突するのを感じた。 うん・・・片方はスレイだ・・・間違いない。 でももう片方は誰・・・? その力の規模は圧倒的で、威圧的ですらあるけど、決して激することなく静かにその場に淀んでる・・・スレイのと正反対。  似てる・・・何かに・・・どこかで・・・? そうだ・・・さっきまでいた、『光』のそれに、少し似てる・・・。 ということは・・・『光』が言っていた、モタビアにいる『ルディ』っていう子が、ここに・・・?  ああ、ダメ、身体が動かない・・・。 僕も戦わなきゃいけないのに・・・。 だって、『光』が言ってた。 モタビアにいる『ルディ』って子が、スレイを倒すはずだって。 僕には『ルディ』の味方をしろって『光』は言ってたけど・・・。 ちがうよ・・・僕はずっとスレイの味方なんだから・・・。 今・・・今、スレイと二人で戦うことができれば・・・『ルディ』を殺しさえできれば・・・!  立ち上がろうとするけど、もうどこにもそんな力は残ってなかった。 ただ左手の爪が、力無く床を掻くだけ。 空しい焦燥が心を占めた時だった。 誰かが僕を抱き上げた。 誰かっていう言い方は正しくないかも。 人なのかどうかはとても疑わしかったから。 だって、それは『光』に良く似ていて・・・髪の色と瞳の色が逆転しただけに見える。 黄金色の瞳と、緑色の髪。 僕には、声も聞き分けがつかなかった。 「・・・『ルディ』は『光』の心が築き上げた堅牢な砦・・・。崩すことは難しい・・・それでも立ち向かう意志を、おまえは持っている?」 ・・・貴方は・・・?? 「わたくしの名前は・・・そうですね、おまえ達には『闇』と呼ばれています。でもいつからわたくしが『闇』で、あの子が『光』と呼ばれるようになったのか・・・。ずっと昔は・・・光も闇も、表も裏も関係ない・・・ただ仲の良い友達だと少なくとも私はそう信じていました・・・」 ・・・似てるね・・・僕とスレイに。 ・・・寂しいよね、そういうのって。 僕は友達でいたかったのに・・・スレイも、友達だって言ってくれたのに。 僕はスレイと一緒にいたかっただけなんだ・・・失いたくなかった・・・。 「あの子は変わってしまいました・・・長く深い孤独は、信じる心を失わせるに充分でした・・・。わたくしと離ればなれになって、ずっとひとりぼっちでわたくしを待ってくれていました・・・でも私は行けなかった。『光』がアルゴルを護るように、私にも護るべき星はありました」 ・・・護るべき、星・・・? 「青く美しい星です・・・アルゴルに勝るとも劣らぬ良い星だと思います・・・。多くの命に満たされ、活気溢れる星でした。けれど、私の判断ミスで、失ってしまいました・・・そこに住まう命を愛するが故に、少し自由にさせ過ぎてしまったのが原因でしょう。わたくしも、『光』のように、もっと彼らをきちんと管理していれば・・・きっと今も・・・」 ・・・でも、『光』の所へ戻れるからそれは良いことなんじゃないの・・・? 「・・・変わってしまったのです、あの子は・・・。友達なんていらないと、それだけを私に言いました」  哀しい目をしてる。 『光』も、こんな目をしてた。 どうして・・・この世には哀しいことばかり起きるんだろうな・・・。 「友なんて裏切るだけ、一人でいれば裏切られはしない、悲しい思いをすることもないからと・・・そんな強い意識の現れが、今そこにいる『ルディ』なのです・・・『光』に近づこうとする者は、全て彼が倒すでしょう・・・。ねえ、聞いて下さい。『光』があんなに他者を拒絶するようになったのはわたくしの責任。わたくしがあの子をあまりにも長く孤独の中に閉じこめてしまったから・・・。だから、私がその傷ついた心を助けてあげなければならないんです。そのためには・・・」 ・・・『ルディ』が邪魔なんだよね・・・? 「そう・・・『ルディ』さえ・・・そして、その力を強大たるものにしている由縁、『エルシディオン』さえ破壊できれば・・・『光』に近づくこともできる」  そうだったんだ。 『闇』が『光』に度々挑むのはそんな理由があったから・・・。 そして、決して勝てないのも。 『闇』は本気で『光』を倒そうとはしないけど、『光』は本気だから。 「お願いです、私を手伝って下さい・・・あの子は私を、現世に単独で存在することすら不可能にしています。現世で自由に動けるのは、唯一あの子が作り出したおまえ達人間だけ・・・。あの子の心を、私は救いたい・・・いいえ、救うとまでいかなくとも、その閉ざした心に少しでも風穴を開けてあげれば、あの子は本来の温和な心を取り戻してくれるはず・・・」  そうだね・・・こんなことは、『光』にとっても『闇』にとっても悲しいこと・・・。 わかった。 手伝うよ・・・こんな不毛な戦いは・・・終わらせなくちゃ。 「口で言うのは簡単でも、辛い戦いです。人は私を必要以上に恐れます」  うん・・・知ってるよ・・・。 けど、いいんだ。 どうしても一人憎まれ役が欲しいなら、僕がなる。 そして『ルディ』を倒すよ・・・。 それがどうしても必要なら。 『ルディ』がいつかスレイを殺そうとするなら。 僕は容赦しない。 殺すよ・・・。 「ありがとう・・・」  『ルディ』を倒すんだ・・・! それさえ倒せば・・・何もかもがうまくいくんだ! 絶対に、殺す・・・! 『闇』の持つ力が僕の内を満たしていくのがわかる。 大丈夫、立てる! 僕はまだ、死んでない! 必死に立った。 血は止まらないし、骨もボロボロだ。 けれど目標は目の前にたった一つ。 「『ルディ』・・・殺す!!」  スレイが僕に気付いて、制止しようとしてる。 でも僕は聞かなかった。 今だけは退けない。 さすがにみんな恐れるだけあって、『闇』の力は不必要に強かった。 普通の生き物相手なら、確かにこの力は大きすぎて、危険なものだ。 けれど、今僕たちの目標『ルディ』に対しては、決して大きすぎると言い切れるものではないと思う。 証拠に、『ルディ』は、僕とスレイの中央に挟まれた位置に立っていて、今にも二人分の魔導を喰らおうという状態にあるのに、余裕を崩してはいない。 ・・・いつまでもその余裕が保つとは思うな・・・! スレイのレジェオンが『ルディ』を貫くべく、遥か天の高みから降ってくる。 それに合わせて、僕の掌にあった、赤黒い炎が一気に吹き上がった。 美しくも激しい青い閃光が、大音響と共に大地に突き刺さり、直後、僕の・・・というより、『闇』の放った炎が、さながら生き物のように、『ルディ』の居た周囲を取り囲み、触れるもの全てを焼き尽くしながら、大地から天へと昇る。 天から落ちた光の矢。 地から昇った炎の柱。  その対照的な二つの攻撃の直中にあっても、恐らく、『ルディ』は平気だ。 僕にはわかる。 他者を拒絶せんとする強い意識生命体は、今も・・・。 やっぱり。 一通りの破壊の嵐が過ぎ去った後、精根尽き果てたという雰囲気で、スレイが膝を折って地面に伏すのに対し、『ルディ』はその場から微動だにしていない。 一歩たりとも、動かすことが出来ない・・・! 強い・・・強すぎるよ・・・! ・・・どうして、こんな子が・・・今この時代にいるんだ・・・!! この子さえ・・・生まれてこなければ・・・!  僕も・・・もう、立ってられない・・・でも、よく保った方かな・・・。 足に力が入らなくなって、そのまま床へ転倒しそうになるけど、完全に転倒するより前に、誰かの腕が僕の二の腕を掴んだ。 自分のすぐ頭上で、長様やロイヤルガードの話し声が聞こえてくるから、彼らのうちの誰かが、僕を捕まえてるんだろうな・・・。 あぁ、もう、そんなに強く捕まえなくても・・・僕にもう戦う力はないんだ。 スレイと言い合いしてる・・・処刑とか裁判とかって・・・。 いいんだよ、スレイ・・・気にしないで。 僕は君のこと忘れないから・・・。 そうすれば、きっとまた会える。 たとえ死に別れたとしても・・・きっと、また、笑顔で・・・。 幼いあの日、スラムで出会った、あの時みたいに・・・。  レティーアも救えず、ガキも倒せず。 ・・・情けねぇ。 何のための力だ。 完膚無き敗北を思い知り、生まれて始めて流した涙。 悔しかった。 悲しかった。 そして虚しかった。 「『エルシディオン』、確かに預けたぞ。次に会うまでに少しは腕を上げておけ。おまえはもっと強くなる素質がある」 「・・・慰めの・・・つもりかよ・・・」  肩で息をする俺を宛然と見おろす視線。 『光』にそっくりだった。 「あいつの始末はおまえの仲間がつけてくれよう。俺がわざわざとどめを差さねばならぬ程のものでもなかろう」 「・・・おまえな!!・・・何か恨みでもあんのかよ!!」  人を人とも思わぬ尊大な物言いに、俺はかなり苛立った。 人の死は、この生き物の前に、何ら意味を成さないらしい。 「おまえに友など必要あるまい。精神的に自立するいい機会と思え」 「るせぇ、おまえみたいな冷血動物に言われたかねぇ!!」 「・・・『感情』は命取りになる。冷静さを失った戦士に明日はない。覚えておくがいい」  言いたい放題に言って、『ルディ』は唐突に去った。 「待てこの・・・!!」  テレジャンプで追いかけてやろうとしたが、誰かに腕を掴まれた。 ロイヤルガードだ。 「貴方には裁判が必要です」 「・・・さい・・・ばん・・・?」 俺のみならず、既に死に瀕しているレティーアすら、情け容赦なく引っ立てようとしている。 やめさせたかったが、もうそんな力さえ残っていなかった。 やめろ・・・やめろよ・・・。 なんでそいつを殺すんだ・・・。 頼むよ・・・俺を・・・代わりに・・・。 第8章 3つの生命  次に気が付いた時には、あいつはもういなかった。 俺の預かり知らぬ所で、『処刑』は済まされ、『裁判』は終わっていた。 『ルディ』と名乗ったあのガキの行動が、エルシディオンを俺に預けると明言したその行動が、皮肉にも俺を『シロ』とみなす決定的要因になった。  エスパーの館、その最奥部の地下。 常に0度前後の定温に保たれる地下洞窟の中に、その骸は打ち捨てられていた。 目隠しをされた状態で、その心臓には封印のルーンが刻まれた銀の矢がこれみよがしに突き刺さっている。 こびりついた血が、純銀の上に所々黒い錆びを作っていた。 ・・・こんな・・・。 「・・・ひでぇよ・・・」 震えの止まらない手を差し伸べる。 痛々しくて、可哀想で仕方なくて、矢を抜いてやろうとした。 しかし、その瞬間、頬に強烈な衝撃を受ける。 身体が一瞬宙を浮いて、直後、床にイヤという程たたきつけられる。 ロイヤルガードに殴られたのだということを理解するまでに少し時間がかかった。 「触れるな!!」  威圧的な声で怒鳴られた。 いつもの俺だったら、殴られたら黙っちゃいないが、この時ばかりは何もやり返そうという気にはならなかった。 ヒリヒリと熱を発する頬を押さえ、床に倒されうずくまったまま、俺にはその死を悼むしかできなかった。 「・・・レティーア・・・」 ・・・ごめん、ごめんな・・・。 俺が・・・俺がもっと強かったら・・・。 こんな・・・ことには・・・。 うずくまって泣く俺の目の前の床に、一本の杖の先端がコツンと小さく音を立てながら視界に入ってくる。 美しい装飾が施された、金と銀の螺旋・・・。 たぐりよせるように頭を上に向けると、そこには俺の宝物があった。 いや・・・ちょっとちがう・・・か? なんとなく、だけど。 でも、俺が持ってるのと、見た目では区別できないほど、良く似ている。 ずっと小さい頃、あの子からまきあげた、あの杖にそっくりで・・・。 「これ・・・!」 「『サイコウォンド』という銘で呼ばれます・・・ただしそれはレプリカ」  れ・・・レプリカ?? 「じゃ、本物は・・・??」 「失ったのです。彼が」  そう言って長が鮮烈な輝きを放つ純銀の矢に目を落とす。 それって・・・それってつまり・・・。 レティーアが・・・あの時の、あの子・・・? 俺が勝手に『ジオ』って名前をつけた、あの子・・・? 俺が、忘れてしまっていた・・・思い出せなかったってことなのか・・・? 「ちがう、・・・俺、本物、持ってる・・・。昔もらった・・・」  長は少し意外そうな顔をしたが、すぐにいつもの冷静さを取り戻した。 「では、それはこちらで預かっておきます。どこに置いたのですか?」 「教えてやらなきゃいけない義理はないね」 「義理ではなく、当然のことでしょう。『表』に万一の事態が発生した時の代役が『裏』たる者の使命ですが、それはあくまで代役。真に我らの未来を委ねるに足る人物であるかどうかは未だ決められません」 「・・・冗談キツいぜ。・・・てめぇらが殺したくせに」 「殺したのではなく、歴史から抹消したのです。全ての人の歴史から、彼は抹消されなければなりません。彼は最初からこの世にいなかったのです」  長がそう言って、小さな青白い炎を、レティーア・・・ジオの、その骸に投げかけた。 「!」  小さかった炎は瞬く間に勢いを増し、ジオの骸を飲み込む。 何もかもを消してしまうつもりだ。 ジオというひとつの命が存在していた確かな過去を、消してしまおうと・・・。 「・・・悲しい過去は忘れなさい。幸せな未来だけを、夢見ていれば良いのです・・・」  長が俺に手を伸ばす。 ダメだ、記憶をいじられる!? 「触るなっ!!」  伸ばされた手をはねのける。 「イヤだ、俺は忘れない!忘れたくない!!いくら辛くて悲しい過去でも、ウソに飾られた幸せな未来よりはずっと綺麗だ!」 「普通の人はそれでよくても、貴方はそれでは困るのです、五代様」 「ちがう!!五代目はこいつだ、俺じゃない!!」 「彼はいなかったのです・・・」 「いるよ!!いるじゃねぇか、ここに!!」 「それはただの死骸・・・」  途端、猛烈な眠気に襲われた。 いやだ・・・また忘れるなんて。 忘れたくない、思い出だけはなくしたくない・・・。 辛くて悲しいばかりの思い出でも、それが真実なんだから。 何か・・・何か、絶対に消えないもの・・・。 あいつのこと思い出せる、絶対に消えないものを・・・。 その時、俺の視界に一瞬飛び込んだ光。 激しさを増す炎の中に、ギラリと輝いた銀の矢。 無我夢中で手を伸ばした。 炎にあぶられかなり温度が上がっていた銀の矢を俺は素手で握ったわけだから、かなり酷い火傷を掌に負うことになったが、それでも俺はその矢を手放さない。 掌を焼かれる苦痛にも構わず、強引に矢を抜いた。 「・・・おまえらにはわからないんだ・・・!一つの魂を共有する片割れが失われる痛みを、生きながら半身をもがれた俺の苦しみを!」  今にも燃え落ちようとしているジオの死骸を、必死に俺は抱きかかえた。 熱い・・・痛ぇよ・・・。 でも忘れたくないから・・・。 ・・・おまえのこと・・・忘れたくないんだ・・・。  誰かが俺の手から燃え落ちてゆくジオの骸を剥ぎ取る。 遠のく意識の向こう側で、医者がどうのこうのって言ってる声が聞こえてくる。 ・・・いやだ・・・。 俺の、大事な思い出なんだ・・・。 失くしたくない・・・の・・・に・・・。 「お兄ちゃん、どうしたの・・・?」  幼い子供の声が、俺を現実に引き戻す。 短い夏が終わろうとしている時期だった。 「・・・??」 声のした方を見やる。 10歳にも満たないであろう少女が、紫色の花の束を抱えて、こっちをじっと見上げている。 「一人ぼっちで、傷だらけで」  俺の右の手に大仰に巻かれた包帯をじっと見ながら少女は言う。 俺の右手にあるなかなか治らない火傷。 ちょっと前までは、胸も腕も火傷がひどくて、起きられなかったぐらいだ。  一番重傷だった右手を除いて治ったのはいいが・・・。 俺はいつ、どこで、どうして、こんな傷を負ったのか覚えていない。 新しい傷なのに、覚えてないなんてことが、あるんだろうか? 訓練時の事故だとみんなは言うが、俺は・・・どうしてもそうは思えない。  何かが欠けてる。 何かが足りない。 それも、とても大切なものを、どこかに忘れてきたような・・・。 「ああ、・・・探してるんだ」 「探してるの?何か失くしたの?」 「・・・とても大切なものさ・・・」  その子は、困ったような顔をしてこっちをじっと見ている。 まあな・・・我ながらおかしなこと言ってると思う。 「シェス!!」  少し遠間から声が聞こえてきた。 咎めるような口調が滲んでいる。 俺も、その少女も、その声の主に目をやった。 「パパー」  パパ・・・? そっか、この子の父親か・・・。 黒塗りのリムを備えた大きめの弓を手にしている。 狩りの帰りなのだろう、大きなアウルデゾリアの胸には急所を狙いすまして打ち込まれたであろう、これまた黒塗りの矢が突き刺さっている。 弓・・・矢・・・。 不意に右手が痛んだ。 「離れなさい、シェス!!」 「??」  父親は強引に娘を引っ張っていく。 まるで俺から逃げるように。 シェスと呼ばれた女の子の方は、まだ俺が気になるらしく、遠ざかりながらもちらちらとこちらを振り返っている。  彼は『異端』の片割れ。  いつ『闇』に寝返ってもおかしくないのだから。 まぁ、こんな俺だが、一応はエスパーのはしくれ。 特殊能力なんかもちょっとは備わっている。 他人が何を考えてるのか、とかな。 あんまり気分の良いモンじゃねぇから、極力聞かないようにはしてる。 してるが、相手が強く思えばいやでも聞こえる。 そんな時いつも聞こえてくる言葉、『異端』。 『異端』の片割れだと。 ・・・謂れのない罪。 ・・・忘れてしまった罪。  何が足りない・・・! 俺は何を失ったんだ・・・!! 唇を噛んで視線を落とす。 足下に1本、あの子が落としていった花が落ちていた。 拾い上げると芳香が鼻をくすぐる。  一生懸命探せば、きっと見つかるよ。 去り際、あの子が俺に残した言葉。 そうだな・・・きっといつか見つける。 例えそれが、過酷な現実だったとしても・・・。  辛かったでしょう。  苦しかったでしょう。  ・・・ごめんなさいね、でもこれだけは忘れないで。  『ルディ』を殺しさえできれば、それで構いませんから・・・。 『闇』の中、生まれる力。 なぜだか思い出せないが、私が大切にしていたという赤い水晶球。 それを依として復元された命。 ただ『ルディ』を殺すためだけに。 その障害となるものは全て取り除かれた状態で。  記憶があやふやな部分も多いでしょう・・・。  でも、それも、貴方のためを思ってのこと。  ・・・くれぐれも、過去を探そうとはしないで下さい。  とても辛い思いをすることになるでしょうから・・・。 脅しとも取れる言葉を言い残して『闇』は去った。 『ジオ』という銘の水晶球は、どこでどうやって手に入れたのか。 右腕は、いつ、どうして、失われてしまったのか。 とても大切なことを、どこかに置き忘れて来てしまったような気もする。 いや、元来、人たるもの全ては、そうして『忘却』という名の大罪を背負って生きてゆくものなのであろう。 ・・・どうせ忘れてしまうものなら、はなから必要ない。 『ルディ』を殺す・・・。 私の成すべきことはそれだけ・・・。  そう・・・『スレイ』は死ななかったのですね。  代わりに、あの、スレイのお友達が死んだのですか。  まあいいでしょう。  『闇』を殺しさえできれば、それで構いませんから・・・。 俺が事のなりゆきを説明すると『光』はそう言って笑った。 『闇』を殺しさえできれば・・・。 そのために今、俺はいる。 じっと身を潜めて、時が来るのを待っている。 『闇』を完全に現世に引きずり出せる時まで。 「・・・そろそろ・・・行くか・・・」  再び己の力を、意識を押し殺し、俺は人に混じって生きる。 何の力も持たぬ子供になって、モタビアのスラムへ戻る。 俺とは別個に、『ルディ』としての自我を持ちはじめているようだが、それも、まあいいだろう。 邪魔なら消してやればいいだけのこと・・・。 『ルディ』としての自我なんて・・・ただの暇潰しの副産物に過ぎない。 俺は、俺の使命を果たすために生きる。 それ以外の生き方を、俺は認めない。 絶対に・・・認めない・・・。  そして、これら3者が一同に会するのは、かなり時間が経った後のことになる。 第9章 失った多くのもの 『このくそガキ・・・おまえさえいなきゃ・・・!』 『どうして、こんな子が・・・今この時代にいるんだ・・・!!』 『この子さえ・・・生まれてこなければ・・・!』  俺の記憶の片隅に昔から残るのは呪詛の声。 深い怨念と絶望に満ちていた。 そんなの消してしまいたかった。 けど、それが、そもそもの間違いの始まりだった。 そのころ俺はまだ子供で、そんなことを知る由もなく、がむしゃらに・・・それこそなりふり構わず、戦っていたんだ・・・。 今になってそれが間違っていたと気付いても、既にもう遅過ぎて、取り返しがつかない。 全ては失われてしまった後だったんだ・・・。 俺のために失われた全ての存在・・・みんな、ごめんね・・・。 みんなが死ななきゃならない理由なんてなかった。 死ななきゃならなかったのは、たったひとつ、俺だけ。 ・・・俺さえ消えてしまえば、みんなは死なずに済んだのに・・・。 ごめん・・・コロして・・・ごめんね・・・。  正に振り下ろされんとする剣の切っ先を、俺は必死に翻した。  ビウと音を立てて、剣が空を切り裂く。 標的のわずかに左をかすめて、すぐ背後の・・・核融合炉の壁面を剣先が引っかいた。 すぐに戻しを当ててやろうとしたが、運悪く、レーザーの電源が切れた。 ブンと小さく音を立てて、擬似的な刀身が四散する。 ちっ・・・ツイてないな・・・。 一旦後方へ下がりつつ、八つ当たり気味に腰に差した鞘へと柄を突っ込んだ。 この状態のまま、1分程は我慢しなきゃならない。 「バカが!!残量に気ぃ付けろってあれほど言ったろうが!!」  途端に罵声が飛んできた。 スレイだ。 「るせぇな、これだけ働けばエネルギーも切れる!!」 「ふん、ならこれぐらいは、やって見せろよなっ!!」  ギラリと魔性の光がスレイの瞳に宿る。 普通のテクニックユーザとは明らかに一線を画するその破壊力。 明らかに攻撃力のみに特化された魔導。 そのぶん、攻められると脆さを露呈することになる、その能力。 ・・・何か理由があるんだろうか?? ・・・防衛力を微塵も持ち合わせていないことの理由が。 炎。水。風。雷。光。闇。 ほとんどこの世界に存在するもの全てを自分の力に変え、時には命の生と死すらもその掌で手繰る。 唯一欠けているもの・・・大地の力に裏打ちされる『防衛』の力・・・。 そして今、大地という名の敵。 ・・・偶然なんだろうか・・・? 「来い!!『レジェオン』!」  スレイの掌から激しい光が放たれる。 『連帯』ていう意味を持つ一地方の古語らしいが、詳しくは知らない。 とにかく、全てひっくるめて破壊の力にしてしまえっていう、まぁ、ヤツらしいと言えばらしい、強引な術だ。 青白い輝きは、天から降ることもあれば、地を這うこともあり、その軌道は勝手気ままだが、最終的には必ず標的を貫く。 そして今回もそうだ。 一寸たりとも反れることなく、標的の中央に輝く赤い水晶を狙って光の矢は空を切り裂いた。 決まりだと思ったが、不可解なことが起きた。 百発百中の光の矢は標的の直前で、突然軌道を変えたんだ。 「!?」  俺もスレイも同時に目を見張った。 本当なら今頃標的を粉砕するはずの『レジェオン』は、わずかに標的の頭上をかすめ、背後の隔壁に大音響を伴って突き刺さった。 頑丈無比なその壁すら、一撃で3枚を撃ち抜き、4枚目を半分削り取った。 隔壁が破壊されたことに反応して、アラートが鳴り響き、照明がレッドランプに変わる。 システムがたどたどしい発音で、くどい程に炉周辺のブロックの閉鎖を通告し、同時に作業員の退去を命ずるが、ここにいる誰一人として、今退ける状況ではなかった。 どうせ後でフレナが強制割り込みをかけると言っていたから、大した問題じゃない。 ・・・後があればの話だけど。 「スレイ!」  ここの管理者フレナが非難めいた声をあげる。 無理もないな・・・この炉が吹っ飛ぶようなことになったら、この星に風穴が開くことになるだろうし。 「人のこと言えねーなぁ、ちゃんと狙えよー」  軽く茶化してやる。 いつもならムキになって言い返してくるのが普通だが、俺の想像は外れた。 呆然と自分の右の掌を見ている。 「どうしたんだ??」  気になったから俺もその掌を覗き込んだ。 黒いレザーの手袋にジットリと滲んで広がっていくシミ。 ・・・血だ。 「・・・痛ぇ・・・」 「当たり前だろ。ファル、ちょっと診てやってよ!」  人間を圧倒する脚力と反射神経でもって、降り注ぐ魔導の雨アラレの隙間を縫って果敢に走り込んでは、あらん限りの連撃を叩き込もうとしているが、鋭い攻撃と鉄壁の防衛の前に攻めあぐねているといった状況だ。 「わかったわ!こっちお願い!!」 「了解!!」  チャージの完了を知らせるビープ音が戦意を奮い立たせる。 柄を抜き、電源を入れると、青いレーザーの輝きが再び力強さを増した。  ジオの胸元に輝く赤い水晶。 スレイが言うには、あれが依なんじゃないかってことだ。 ヨリって言って、魔導士も一流になると自分の魔導の力の一部を他の何かに託すことができるらしい。 物体や時には人間すらも依に成り得るらしいが、要は、依を持つ魔導士はそれを失うと力を失うってこと。 スレイはそれを嫌って依を持たないらしいが、ジオは持っている・・・スレイの見立てでは、それがあの赤い水晶球。 あれさえ破壊できれば勝負は決する。 逆に言えば、あれを破壊しない限り、俺達に勝利はない。  この鞘の方に連結されているバッテリー。 これまで切れたら、どうしようもなくなる・・・。 ・・・グズグズしてられない。 さっさと決めてやる・・・!!  俺の右手の古い火傷。 何故今頃、それも唐突に、再び傷口を開けたのか・・・。 傷を診てくれたファルも不可解な顔をしている。 「10年以上も前の傷がまた開くなんて・・・それも自然に・・・」 「ああ・・・」  不可解なことが多すぎる。 百発百中を誇っていた俺の魔導が、初めて敵を捕らえ損ねた。 いや、寧ろ、敵として認識してくれなかったという方が近い。 ・・・敵じゃないってことか・・・?? そんなまさか。 現にこうして戦闘状態にあるのに。 しかし、さっきから何かを訴えかけるかのように、俺の脳裏を色々な情報の断片がよぎっていくんだ。 炎の中あぶられる銀の矢。 虚無的な緑色の瞳。 小汚いスラムの裏路地、俺は昔、そこで何かを・・・? さまよった雪原、俺は誰かに拾われた・・・? 『たとえ死に別れたとしても・・・きっと、また、笑顔で・・・』 懐かしい声に悲しい響きを乗せて、俺の耳の奥を打つ。 今左手にあるサイコウォンド・・・初めて手にしたはずなのに、再びこの手に取り戻したっていう感覚がするのは何故だろう。 ・・・どこかで俺の記憶と先代までの記憶が混同しちまってるんだろう。 ダメだな、こんなことじゃあ。  今俺のなすべきことは戦うことだ。 目の前に立ちふさがる敵を倒すことなんだ。 それ以外のことなんて、後から考えればいいんだ。  そして、俺の頭の中のモヤモヤを吹っ切るように、向こうの方からルディの絶叫が届いた。 左腕の肩口をプロテクターもろともに貫かれている。 かろうじて心臓の串刺しだけは免れてはいるが、それでも傷は心臓に近く、出血がひどい。 ・・・バカが、勝負を焦ったな・・・。 こっちの敗色濃厚・・・か。 誰もの胸に嫌な予感がよぎった時、ルディが唐突に言った。 ルディの口から発せられたというだけで、本当にルディが自らの意志で口にしたのかは甚だ疑問だったが、とにかく言った。  たった一言。 「・・・不甲斐ない」と。 第10章 生きる意味と死ぬ答え  どこか懐かしい気がした。 私と全く同じ種類の力を宿していた。 その手にある金と銀の螺旋も、持ち主も。 そして何よりも、厳しく現実を見据えるまなざしが。 依が不意に輝きを増した。 おまえは・・・誰だ・・・??  目標はただひとつ『ルディ』だけ。 実際戦ってみたが、確かに優秀だろう。 速い。 力もある。 攻撃の組立も上手い。  しかし優秀ではあるが、ずば抜けたものはない。 何故にそこまで固執するのかは理解できないが、とにかくそれを殺すのが至上命令だ。 『ルディ』さえ殺せればそれで構わないと。  心臓を一撃で貫いてやろうと思ったが、天性の防御の勘なのか、かろうじて心臓だけは避けていた。 しかし交わしきってはいない。 左の肩口が血を吹いた。 ・・・これで左腕は使い物になるまい。 利き腕を使えない剣士など恐るるに足らず。 勝敗は決したかに見えた。 傷を押さえ苦痛に呻いていた『ルディ』が、ふっと顔をあげた。 虚ろな緑色の視線がそこにはあった。 ・・・こんな・・・まなざしに・・・。 どこかで・・・・?? 「・・・不甲斐ない」  威圧的ですらあるその存在。 うっとうしげに左腕を濡らす血を振り払った。 「・・・役に立たぬ依・・・」  依・・・そうか、成る程・・・。 『光』の一部を成す依ということか・・・。 『闇』がダークファルスを持つのと同じように、『光』も持つのだ。 両者に共通して存在する、他者を排除せんとする強い意識。 しかし・・・その根底に流れるものが違うように思える。 ダークファルスは怒りと憎しみと悲しみ。 『光』に裏切られた『闇』のそれが、分離して生まれた・・・。 他方、今目の前にいるルディ・・・。 何も感じとれない。 感情というものがまるで感じられないのだ。 たったひとつ、他者を排除するというそのことだけ。 その他には何一つ残っていない・・・。  これが・・・『光』の依?? 「・・・俺を殺すのではないのか?」  訥々とルディが言葉を発する。 ・・・不気味なほど抑揚がなかった。 虚。 そんな言葉が似つかわしかった。 「そうだ・・・虚無は何よりも忌むべき状態」 「『闇』の好きそうな言葉だな・・・。初めから何も持たずにいれば何も失わずに済むものを・・・」 「失い傷つくことを恐れ、目を閉じ耳を塞ぐか、『光』よ・・・」 「誰も何も持たなければいい。人は一人でも生きてゆける。親も兄弟も友も恋人も何も必要ない・・・一人で心穏やかに生き、そして静かに一人、死んでゆく。本来、人はそうして生きるべき存在だ」 「確かに他者との絆が人にネガティブな感情をもたらした。しかし、それとて生物が生きている証。怒りも悲しみも憎しみも知らぬ生物など、最早生物と呼べるものではない」 「よけいな感情は捨て去るべきだ。それが世界の本来あるべき姿」 「ちがう。感情あってこそ生きている意味もある」 「成る程、そこまで感情を崇拝するならば、その力以て、俺を阻むがいい。我が司る孤独から生まれる平静の持つ力を凌駕したならば、その時はおまえの言うことも認めよう」 「・・・面白い」  『光』はいずれ、全ての人からあらゆる感情を奪うつもりだ。 誰とも関わらず、全て己の力だけで生きること。 それが世界のあるべき姿?? ・・・認められない。 消し去ってくれよう、跡形も残さずに。 一人で生きてきたおまえ、死んでも悲しむ人はいないのだろう。 誰にも構われず、誰にも相手にされず、そんな貴様に・・・。 「貴様ごときに・・・生きる意味などない・・・!!」 「そんなものは必要ない。必要なのは死ぬ答えだけ。今のおまえに見えてはいまいな、死ぬ答えは・・・」 「ほざくな!!」  渾身の一撃をルディめがけて放った。 今まで巧みに交わし避けていたルディだが、今度は真正面からそれを受けた。 強力無比な防衛陣を敷いて。 突き破ることは適わず、こちらの攻撃は四散した。 ・・・・強い。 「多少はやるな。だがこの程度では俺は死なない」 「まだだ!」  負けるものか・・・!! 絶対に殺す・・・こいつさえ殺せば全ては問題ないのだからな!! 降り注ぐ炎の雨。 ルディがその間隙を縫って走りこんでくる。 さっきまでとは見違えるスピード。 そして力。 豪速で降り抜かれるレーザーソード。 咄嗟の判断でヒューンを浴びせる。 風圧に圧されて若干振り抜きが遅くなった隙に、防衛陣を張る。 直後結界に接触したレーザーの刀身が、魔導の干渉を受けて途中で曲がった。 ルディが一旦剣を引き、後退する。 すかさず追撃。 赤黒い光の筋が幾本もルディを追走するが、ルディは走り、跳躍し、回転し、宙を舞って交わしてゆく。 魔導の特徴として、高い追尾性が挙げられるが、ルディの運動性能はそれを上回っていた。 追撃のつもりで放った矢は、全く関係のない床やら壁やら柱やら天井やらに激突して四散していく。 最後の一発を空中で半身を反らせて交わし、外れた攻撃が天井を撃ち抜いたと同時に、ルディもリズミカルなバク転で勢いを殺してから着地した。 「間の抜けたことをほざくのはおまえだ」  威嚇するように、血まみれの左手に握ったレーザーソードを振った。 未だ止まらない血が、肩口から散った。 それを横目に眺めながら、ルディは続ける。 ・・・こいつには、痛覚すらもないらしいな・・・。 「虚無を嫌いながら、おまえも感情を失った者。かつておまえが持っていた、深い悲しみはどこへ置いてきた?」  どこかしら、咎めるような口調が滲んでいた。 しかし、悲しむ・・・私が・・・?? 「一体何を・・・悲しむ必要がある・・・」 「・・・だからおまえは俺に勝てない。『闇』の者でありながら、『闇』の力の源たる感情を忘れてきてしまったから」 「は!ならば答えろ、私はそれをいつ忘れた!?」 「10年前」 「どこで!」 「デゾリス」 「なぜ!」 「忘却のため」 「誰のために!」 「我が片割れのため」  言うと同時に、すっとルディが指を指す。 その指先は意外な方向を向いていた。 銀の髪と瞳を持った、恐らくは同じく魔導の才を有する者。 こちらをじっと見据える厳しく真っ直ぐなまなざし。 ・・・なぜか懐かしかった。 ・・・名すら知らぬ敵だというのに。 「おまえたちが互いを知らぬことこそが何よりの証拠。所詮、その時如何に強く願おうとも、時の流れの前に全ては消えるということ。そして、そんな儚いものを拠り所とする『闇』は決して勝てぬ。あまりにもおろかで哀れだ・・・俺はおまえにチャンスをやろう。おまえが失った深い悲しみを、取り戻すチャンスをな。それに成功すれば、『光』に勝利することも可能になるだろう」  敵に塩を送るか・・・。 ふん・・・随分となめられたものだ。 何をする気かと思ってルディを見ていたが、ルディは意外なことを言った。 いや、ヤツにしてみれば、計算し尽くした上での結論なのだろうが。 頭だけを後方へ巡らし、ヤツは言った。 「そこな魔導士!」  ルディの視線は、銀髪の魔導士へと向いていた。 そして一言だけ言い放つ。 「おまえたち、殺し合え」  必要以上に、冷たく私の鼓膜を振るわせたように思えたのは、気のせいだっただろうか・・・。  殺し合え。 ルディがおかしなことを言う。 既に殺し合いしてるくせにな。  何故だか知らねぇが、俺とジオとサシで勝負しろと言い出す。 曰く、10年前の決着がどうこうとか。 これは自分を含めた3人の問題だからとか。 自分と競い合う資格を持つのはおまえたちのどちらか一人だとか。 競争相手は強くなければ困るとか。 その殺し合いの過程で、おまえたちの失った悲しみを取り戻すことができたならば、其は『闇』の者として充分な力を有するから自分に相応しいとか。 ・・・俺には何が何だか理解できねぇ。 それに大体、ルディがおかしい。 ・・・これほど強かったか、あいつ・・・? ・・・これほど冷静だったか、あいつ・・・? 「ルディ・・・おまえが何言ってんのか、俺には理解できねぇ」 「理解しろとは言わない。強くなれと言っているだけだ」 「・・・今のままじゃ不服だって言うのかよ・・・」  少なくとも、てめぇよりは役に立ってるって自負はあったぜ。 今までは、な・・・。 「大いに不服だ」 「言ってくれるぜ」  ここまでバカにされては引き下がれない。 何が原因で何が結果なのか理解できぬまま、俺は戦う。 ジオと。 再た右手の傷が痛んだ。 何かを訴えかけるかのように、俺を引き止めようとするかのように。 ・・・そして俺も、心のどこかにブレーキを感じて。  ダメだ、こんなことじゃ勝てない。 しっかりしろ、スレイ=ウォルシュ! おまえの役目は戦うことだろう!? 俺の生きる意味は正にそれだろう!? 「・・・殺す・・・!!」  痛む右手を押さえたまま、俺はジオへと向き直る。 敵の依が輝きを増す。 赤い水晶球・・・。 何故だろう・・・懐かしい・・・。 第11章 美しき破壊の光 激突する二つの力。 依を有するものは、己のキャパシティを越える力を依に託すことができる。 ジオは持っているが、俺は持ってない。 つまり、そのぶん、俺の方が劣る。 ・・・魔力で真っ向から勝負するのは無謀だ。 好きじゃねぇが、ここはこのサイドアームで殴るか刺すか・・・。 棒術もかじり程度ならやった。 つまりは、それをウォンドに応用してやればいいわけだ。 左の掌を突き出し、俺のサイドアーム・・・サイコウォンドを呼ぶ。 少し離れた場所に突き立てていたサイコウォンドが、それに応えて頭をもたげる。 ヒュンと風を切る音を立ててそれは宙を飛び、そして俺の掌に自ずと収まった。 「・・・いくぜ!」 掌の上で、出来うる限り高速にウォンドを回転させながら、ジオの目の前まで走り込む。 遠心力に任せて、大上段から縦に振り下ろす。  このサイコウォンド。 不可解なことに、ジオの魔導のそれと、全く同じ種類の力を有していた。 同種の力は防げない。 ジオの鉄壁の防衛陣といえど、例外ではない。 何が不可解かって、このウォンドが何故ジオの力と同じものを持つのか。 俺以上に近いものをジオは持っている。 考えられる可能性はひとつだけ・・・。 本来このウォンドは、この男のためのものであったのではないか・・・? 俺も似ていたから今使えるようになってるけど・・・これはあくまで偶然で。 必然は俺じゃなくて、この男にこそあったのではないか・・・??  イメージの断片が脳裏をよぎる。 誰かと・・・何かを・・・交換・・・?? ずっと昔・・・??  サイコウォンドが、振り下ろした軌跡の通りに、防衛陣をすっぱりと切断する。 脳天を砕かんと打ち降ろされるウォンドを、必要最低限の動作で躱し、素早く反撃の体勢へと移る。 ウォンドという武器の長さから、どうしても俺の動作は大振りになりがちだ。 空振った時の動作も当然大きく、よって戻しも遅い。 目ざといジオがその瞬間を見逃すはずはなかった。 ヒューンを浴びせられ、俺は風圧に押され間合いを広げられる。 再び間合いを詰めようと俺は走り込むが、ジオはそうさせまいと俺の行く手に炎の雨を降らせる。 雨というより、槍だね。 その鋭さ、そして殺傷力。 「おまえ、どうして!!」  かろうじてその鋭い攻撃を避け、払いのけ、俺は再度ジオに詰め寄る。 俺は理由すら知らない。 こいつが戦う理由を。 戦い・・・じゃねぇな。 極めて一方的な破壊行動と言えた。 やっぱり、せめて理由なりとも聞きたいじゃねぇか?? しかし返答は味気ないものだった。 「人が戦う理由はただひとつ!己の持つ憤りのため!」  今度は俺の攻撃を避けない。 避けずに右腕のプロテクタで受け止め、同時に左の手でウォンドの先端をつかんだ。 俺もジオもそのままの姿勢で膠着する。  憤り・・・? 俺は別に・・・。 「俺はおまえが憎くて戦うんじゃない!」 「所詮『光』の手先の言うことよ。初めて会った相手であろうとも、『使命』の前には容易く傷つけ、そしてたとえ懇意にしていた相手であっても、『使命』の前には容易く切り捨てる・・・」 「偉そうに!!その言葉、そっくりそのままおまえに返してやるよ!!」 「・・・俺は憎らしい・・・『光』に目をくらまされ、『闇』の中で流される血に、涙に、気づかぬおまえたちが!!」  激しく責めるような口調だった。 どこか悲痛なものを感じてしまうのは何故だろう・・・。 「・・・だから殺す!!失われていく人の感情を今一度強く蘇らせるため!!」  失われる・・・感情・・・か・・・。 確かに・・・昔に比べて、笑わなくなったし・・・泣かなくなった・・・。 ちょっと前、女に死なれた。 でも俺は泣かなかった。 涙も出なかった。 むやみに人を扇動する原因となる感情を、全て否定する『光』。 時折恐ろしく無感動な素振りを見せる、ルディ。 そして今、笑わない、泣かない、俺。 ・・・偶然とは思えない。 「感情を持たぬ生物に、生きる意味はない!私が殺す、全て!!いくらでも私を憎むがいい、恨むがいい。それが世界を動かす新たな力!!」  ベキッ、と鈍い音がした。 ジオが左手でつかんでいたサイコウォンドの先端を、もののみごとにへし折っている。 なんて腕力だよ・・・人間離れしてるぜ・・・。 いや、感心してる場合じゃない。 サイドアームは破壊された。 魔導の勝負は勝ち目がない。 俺は攻撃手段を失い、立ち尽くすしかできなかった。 「あえて憎まれ役を引き受けようっていうのかよ・・・」 「貴様にはできまいな、だがそれもよかろう!貴様らは貴様らで綺麗事をぬかすがいい、それが『光』ののさばる原因となろうとも、感情を失い、絆を失い、生物としての尊厳をも失う原因となろうとも、貴様らは気づきもせずに醜く生き永らえるのだろうからな!!」  ジオの腕が伸び、立ち尽くす俺の首筋を捕らえる。 いとも簡単に首筋をつかまれたまま床へと組み伏せられた。 締めつける指先に力がこもる。 気管が圧迫されて息が通らない。 骨が軋む。 くそっ・・・このままじゃ・・・。 窒息死するのが先か、首の骨をへし折られるのが先か・・・!! なんとか・・・なんとかならねぇのか・・・!?  酸欠でちらつく視界の中、それでも鮮やかに映える赤い水晶玉。 ジオの依。 何も考える余地はなかった。 ほとんど反射的に手を伸ばした。 これさえ壊せば・・・!! 「触れるなっ!!」  逆上するジオ。 伸ばした左の手に鋭い痛みが走り、鮮血が宙を鮮やかに舞う。 しかし引き下がらない。 俺の左手に穴が開くスキに、もう片方・・・不可解な古傷を持つ右の手に全ての力を手繰り寄せる。 ・・・今こそ、降れ、破壊の光・・・!! 古傷がまた疼くが、構わずにその必死の一撃を放った。 激しい反動に耐えきれず、すでに負傷が著しかった右の掌にも穴が開いた。 いったんは血を吹くが、それと同時に血すらも蒸発させる破壊の光が発せられた。 至近距離からの一撃。 それでも依は頑丈だった。 接触した面が激しい火花を散らす。 しかし、それでも、じりじりと俺のレジェオンが依をえぐっていく。 そして最後にはやけに澄んだ音を立てて、水晶は砕けた。 その一瞬、ジオが躊躇を見せる。 俺はすかさず足でその腹を蹴りあげた。 首にまとわりつく指が離れ、小さく呻いてジオが床へ倒れる。 突然大量の空気を吸い込んで俺はしばらくむせこんだが、数分の後ようやく立てる状態になった。 同じく立ち上がろうとするジオを見据えた。 依さえ壊せば、俺が有利な筈。 「死ねぇっ!!」  俺の操る破壊の光。 いつにも増して、その輝きは激しく。 ・・・そして、やけに美しかった。 『じゃあ・・・そうだ、その水晶玉、銘をつけたんだ。その銘で呼ぶよ』 『銘?』 『それには大地の力が込められてる。大地の力が届く限り、おまえをきっと守ってくれるよ、ジオ』 『・・・ありがとう』  幼い二人の子供。 笑いあう子供たち。 あれは・・・私と・・・スレイ?? ・・・そうだ、交換した。 そしてデゾリスで、私は『闇』に出会い、スレイは『光』に出会い、私たちは『ルディ』に出会った。 友を救おうとして『異端』と見なされ、薄暗い地下で一人死んでいった・・・。 そう、先程のルディの言葉の通りに、死ぬ答えが見えないままに。 どこからか香るラベンダーの芳香と、自分の頬を一筋伝う涙の熱さが、最後に残る記憶だった。 しかし死ななかった。 目標を果たすまで、そして感情を失わぬ限り、『闇』の力は何度でも蘇る。 目標・・・そう・・・ルディを殺しスレイを救おうと・・・。 否、もう一度、友の無事な姿に会えるだけでいいと・・・。 なのに。 私の成したことは何だろう。 ルディに2度目の完敗を喫し、スレイに会えば殺し合い。 『・・・生きる意味など必要ない・・・必要なのは死ぬ答えだけ・・・』 ルディの言葉が思い起こされる。 死ぬ答え・・・か・・・。 今も昔も・・・私には見えないまま・・・。  パリンと儚い音を立てて、水晶玉は割れた。 一瞬気が緩んだ隙をつき、首筋を押さえつけられ苦痛に床をかきむしっていたスレイが、長い足を素早く器用に折り曲げて私の腹を蹴りあげる。 完全に不意をつかれ、私は床へ転倒し、他方スレイも体を起こそうとしつつも、激しくむせていた。 立ち上がろうとして視界の端にきらめいたものがあった。 割れた水晶玉の破片。 これも・・・大切にしていたな・・・。  歩み寄り、その破片を一つ一つ手に取り、集めてみる。 美しい赤い輝きは失われ、それは最早何の力も価値もない無造作に砕かれた水晶のかけらだ。 ああ、どうして。 どうして忘れていたんだろう・・・。 掌の上に拾い集めたかけらを持ち、ゆっくりと立ち、スレイを見た。 激しく闘志を燃やすスレイの瞳。 いったん敵と見なした者には容赦ない攻撃を加える。 戦いという行為にたいして、いつも厳しい姿勢を貫いていた。 私に対しても同じ。 ただ思い出を忘れてしまったというそのことだけで、かくも容易く殺し合うことになるのか。 「死ねっ!!」  スレイが得意の破壊魔導を私に向け放つ。 ・・・もう終わりにしよう・・・? 私が闇の中から蘇ったのが全ての誤りの始まり・・・。 私を殺さない限りスレイはいかに傷つこうとも戦いをやめないのだろう・・・。 なら殺せばいい。 それで少しでもスレイが背負わされた重すぎる使命を軽くできるのなら。 そして私は二度とこの世には降り立つまい。 たとえ蘇ることができたとしても、こうしてまた意味なく殺し合いをすることになるくらいなら。 ・・・もう二度と会わない。 今度こそ、本当の別れ。 はるか遠い場所から、ずっと見守っていよう・・・。 できれば、ほんの少しで構わない。 記憶の片隅に、スレイのくれた名と共に、私を留めておいてくれるなら。 私の死ぬ答えも、そこに見えるから。 『思い出』という名前の、答えが・・・。  膝を折り、拾い集めた水晶のかけらを胸に、天を仰いだ。 裁きを受ける罪人のように。 天から降り注ぐ一筋の輝き。 不意に視界が霞む。 ・・・泣いてる・・・。 熱い涙が頬を一筋、目の端から伝わって落ちた。 霞む視界の中、破壊の光はいつにも増して、やけに美しく私の瞳に映えていた。 第12章 届かぬ叫び  まさかあんな行動に出るとはね・・・。 きっと過去を取り戻したおまえは、俺にその憤りをぶつけてくると思ったのに。 依に封ぜられた過去の悲しい残照を思い出したおまえは、とても強い相手になると思ったのに。 つくづく『闇』の者の考えることはわからない。 せっかく取り戻した記憶を、力を、自ら捨てるような真似をして。 ・・・愚かなことだ。 意表を突かれたのは俺だけではない。 まさに攻撃を加えようとするスレイも驚いたみたいな顔をして、ジオを見た。 勘の鋭いスレイはその行動に何か感ずるものがあったらしく、今さらながら強引にキャンセルをかけようとしている。 しかし・・・もう遅いのではないか? 止められはできまい・・・。 「止まれぇえ!!」  スレイが吼えた。 へぇ・・・やるな・・・。 あの段階からキャンセルをかけて軌道を曲げたか・・・。 でも完全に外れた訳じゃないな・・・。 直撃こそ免れたものの、レジェオンが床を撃ち抜いて、その時飛散した破片で負傷したか。 脇腹に深々と・・・20センチ程か・・・突き刺さったセラミック片。 重傷だ。 死んではいないが、勝敗は決したな。 いや、勝敗というよりも、ジオが自ら戦いを放棄したんだ。 戦士としてあるまじき行為であり、敵に敗北する以上に、許されざること。  さっさとトドメをさしてやればよさそうなものを、スレイはファルと傷を治せだの治さないだので言い争っている。 さらにはジオと思い出しただの思い出せないだのでこれまた言い合いになっている。 ・・・付き合っていられないな。 腰の後ろに差したレーザーソードを手に取った。 まぁ、次の機会に期待しようか・・・。 何度でも蘇るがいい、俺を殺すために。 そして俺も生きるんだろう、死ぬ答えを見つけるために。  手に取ったソードを抜き放ちながら、床に血を流して伏せるジオへと全速で駆け寄る。 「わかんねぇよ!!おまえ一体誰だよ!!俺の何なんだよ!!」  目を閉じ、耳を塞ぎ、激しく頭を振りながら、ヒステリックにスレイが叫ぶ。 過去を失った者の焦りと苛立ちが滲んでいた。 それを小耳に挟みながら、目標の直前で一旦身を翻し、ソードを引いた。 ・・・ばいばい・・・。 次はもう少し、強くなってもらいたいな・・・。 「教えてくれよ!!」  スレイの絶叫と同時に、俺は大きく一歩踏み込み、引き込んだソードを狙った場所へ突き出す。  躊躇も何もない。 容易くジオを串刺しにして引導を渡した。 冷酷にすら感じる程、戦いという行為に対して厳格であった。 今までは話にならない程の甘ったれだったのに、今回ばかりは俺の方が甘く思えた。 その後も時に、その厳格な側面を見せた。 決まって『闇』の者に対して俺達が手こずった時に。 圧倒的な剣技をもって、いかな強敵をも一刀の下に切り捨てた。 『闇』そのものに対峙した時もそうだ。 流石に多少は手こずっていたものの、そのスタンスは変わらない。 何が起ころうとも動じない。 自分が傷つこうと仲間が傷つこうと敵が傷つこうと。 誰が涙し、誰が流血し、誰が何を訴えようと。 何にも動揺することのない、空恐ろしいまでの平静な心。 ・・・もっと早くにそれに気付いていれば。 ・・・今こんなことにはならなかったかもしれないのに・・・。  胸に深々と刺さった『エルシディオン』の剣先。 ルディが信じられないという顔をして、自分の胸にあるそれを見、そして強引に剣を引き抜く。 傷口が大量の血を吹いた。 「ルディ・・・!」  ルディがゆっくり顔をあげる。 相当の苦痛を伴うはずなのに、相変わらずの無表情。 眉ねひとつ動かしてはいない。 まるで時間が止まったかのように、そのまま暫くルディは俺を見据えていた。 流れる血にも構わず。 そして何かを訴えようとするかのように、ルディが唇を動かした。 声にならない、声。 消されてしまった『心』からの声。 ・・・必死に紡ぎ出そうとしていた・・・。  『闇』が倒れて3年が経とうとしている。 俺は今も変わらずに仕事をこなしている。 一時ほどの多忙さはなくなったけど、食うに困る程じゃない。 それなりに儲かってる。 それにあと半年もすればファルが俺の子供を産んでくれる。 未来はまさしく順風満帆に見えた。 そう・・・。 『あれ』に出会うまでは・・・。  『あれ』に会ったのは、20歳になった日のこと。 俺の知ってるもうひとつの俺。 ずっと昔から俺の中に住みついてたもうひとつの俺。 そいつに言わせれば、俺の方が後から勝手に住みついたらしいけど。 名前ももたない。 ただ、自分は光が築いた砦だと言った。  でも俺は『光』も『闇』も大嫌い。 本質的にはどっちも変わらないように思えた。 自分が創ったからってわがままばかりを言う光。 自分の邪魔になるからってわがままばかりを言う闇。 ・・・どれも同じ、俺達の言うことなんか聞いちゃいない。 俺達がどれだけのものを心に抱えて、憎み殺し合い、生きて死んだか。 どんなに叫んでも、そいつらに届きはしないんだ。 『・・・だからそんなものは最初から必要ない・・・人にとって必要なのはただ一つ、死ぬ答えだけだ・・・』  もうひとつの俺はそう言い張る。 死ぬ答え・・・か・・・。 『そろそろこの依も使いものになってきたことだ、片割れを取り込んで俺はより高次の生命になる』 ・・・か・・・片割れ?? 『そう。スレイなんて名前がついているようだが、俺には関係ない。関係あるのはただ一つ、あれに持って行かれた俺の魔の力を取り戻すこと。あれを取り込んで初めて俺は完成する』  スレイはどうなるんだよ・・・?? 俺は完成しても、スレイは・・・?? 『消えるだけだ』  し・・・死んじまうってことかよ・・・。 俺の友達なんだぞ・・・。 それを殺せって言うのかよ・・・。 『友達ではない。存在して良いのは一つだけ。それを競い合う敵だ』  そんな、今生きてるじゃねぇか・・・。 俺も生きてるし、あいつも、多分どこかで元気にやってるはず・・・。 『生きているという表現は正しくないな。あれは元々なかった生命。単なる魔導体に過ぎぬ。魔の力に支えられる張りぼて。生きているのではない。ただ人に似た形をして存在しているだけだ』  だから消していいって言うのかよ! 自分が強くなりたいばっかりに、友達を踏み台にするのか!? 『・・・最後に残るのは自分一人だ。友達なんていつかは忘れ、忘れられる。そんな儚いものを大切にし、己を捨てるか?』  儚いものだから大切にするんだろう! なんでわかんないんだよ!! 『おまえは闇に似ているな・・・闇の末路をおまえも見たろう・・・闇に与した者の末路もな・・・』 ・・・憶えてるよ。 みんなおまえが殺したな・・・。 俺がやめろって言ったのに、聞きやしない。  同じだよ、おまえ。 光も闇もおまえも。 みんな同じだ・・・。 俺達の叫びは決して届かない・・・。 ああ、俺が殺した者は皆、こんな思いを抱えて死んで行ったんだろうか・・・。 ・・・ごめん。 ・・・コロして・・・ごめん・・・ね。  再会は唐突だった。 ずいぶん髪が伸び、顔立ちも大人びていたが、ルディだとわかった。 最初は懐かしさがあったが、それはすぐに他のものに変わった。 手に『エルシディオン』を握っていた。 その刀身は失われたはずだが、俺の目の前でゆっくりと横一文字を描いて鞘から抜き放たれるその剣は変わらぬ不可思議な輝きを有する刀身を見せつける。 「・・・何の・・・つもりだ・・・」 「おまえの力、返してもらいたい」 「か・・・返す??どういうことだよ・・・」 「おまえが消えるということだ」  抑揚の無い声で、ルディが言う。 非常にゆっくりとエルシディオンが鞘から抜かれてゆく。 「ルディ??どうしたんだよ、・・・らしくないぜ・・・??」  様子が変だった。 本当に・・・らしくなかった。 しかしルディは否定した。 「おまえの言う『らしさ』は失われた。本来あるべき状態に戻っただけ・・・」  剣の先端が鞘から抜け、エルシディオンは完全に俺の目の前にその刀身をさらした。 ギラリと光るその切っ先を俺の鼻先に突きつけ、ルディは言う。 ・・・宣戦布告としかとれなかった。 「その力、返してもらうぞ」 第一三章 未来は黄金色の炎と共に  デゾリスには既に冬が訪れようとしていた。 例年以上に早い冬の訪れ。 中でも特に寒さの厳しい、ここアルチプラノは銀世界へと変わっていた。 そんな一面の銀世界に一つ、二つ、赤い血の滴が落ちる。 「・・・・・・」  頬の皮膚を切り裂いたルディの携える剣。 3年前の聖剣は、今や圧倒的な脅威となって俺の前にあった。 物理的には剣は空ぶったはずだった。 しかし、その軌跡の延長線上を光の刃が一直線に切り裂き、それは俺の頬の皮膚をかすめた。 強すぎる魔の力が俺には風圧のように感じられた。 「何しやがる!!」  防戦に回っていては不利だ。 不利どころか、冗談抜きに死にかねないぜ、まったく・・・!! 雷光がルディの足止めをせんと俺の周囲を数周巡った後、ルディを追走する。 相変わらず動作が速く、ただの一発も喰らわず全て躱して俺に肉薄する。 振りかざされる剣。 ・・・剣士にとって、最大の弱点となる、その一瞬。 「なめるなぁっ!」  振り下ろされる剣が俺の身体を切り裂くよりも早く、フレエリがルディの顔面を殴った。 もんどりうって後方へ弾かれるルディ。 しかし流石にそのまま倒れるようなヘマはしない。 宙を吹き飛ばされながらも、空いている右の手で雪原を叩きつけ、その反動を利用して側転の要領で体制を建て直し、さらに後転で勢いを殺して再び両の足で立つ。 派手な雪煙をあげながら、まるで体操競技の床運動でも見るかのようだった。 ブルッと一回頭を振って、ルディが言う。 「やるな。だが俺を焼き尽くす程ではない。この程度の炎しかおまえは生み出せないのか?」 「ルディ・・・おまえが何考えてるのか俺にはわからねぇ・・・」 「俺とおまえと、どちらか優れた一方が生き残り、劣る他方はその力を一方へ返す。死にたくないなら、おまえが俺より優れていることを証明してみせろ。主の前で」  すっと天を指さすルディ。 あ・・・あるじ?? 「なんで優越を競う必要があるんだよ」 「俺とおまえと、生きていいのは片方だけだ。俺には何も必要ない。おまえにも何も必要ない。過去の全てを切り捨て、未来を見据えるために」 「友達すらも捨てるってことか?」 「そうだ。何も持たずに己の身一つで生きる。怒りも悲しみも憎しみもない。裏切られることも、失うことも何もない・・・静かで穏やかな人の生・・・」  それは・・・確かに道理だ。 持つものが何もなければ、失う悲しみも味わうことはない。 信ずるものが何もなければ、裏切られる苦痛も味わうことはない。 しかし。 「それじゃあ、何かを得た喜びもないじゃねぇか・・・」 「失う痛みと得る喜び。二つを比べて今までのおまえの人生、どちらが多かった?二つを天秤に載せたとしたら、どちらに傾く?答えろ」 「・・・それは・・・」  言葉に詰まった一瞬、ルディの感情のないはずの瞳が、わずかに曇ったように見えた。 そして乾いた声で言った。 「・・・同じだ、俺もおまえも・・・同じ生き物は二つもいらない」  それだけ言ってルディは剣を構え、振り抜く。 「吹けよ、嵐!!」  猛烈な風が吹いた。 風に吹き上げられる雪。 辺り一面雪煙に覆われ、視界が効かない。 くそっ・・・考えやがったな・・・!! どこにいる・・・?? 素早いヤツのこと、今はもう近くに・・・いるはず・・・。 上・・・??くそっ、風が邪魔で空気の流れすら掴めない・・・! 「!!」  背後からの気流が、唐突に絶たれる。 真後ろ!? 振り返りざま、剣を振り上げるルディが視界の端に入った。 考えるより早く、反射的にロッドをかざしていた。 ギャリッと金属の擦れ合う独特の不快音を立てて、エルシディオンがかざしたロッドに当たり、止まった。 一瞬の膠着に陥るが、ルディの再動は早かった。 手首を器用に返し、軽くいなす。 力の均衡が崩れて一歩よろけた隙に、俺の腹に容赦ない膝蹴りが食い込む。 倒れざまに、さらには剣の柄尻で頭を叩きつけられ、2〜3秒間宙を吹き飛んで雪原に倒れ伏した。  傷ついた額から多量の血が流れ出すのがわかる。 冷たい外気に対して妙に温い液体によって、顔面を覆われるような・・・。 うつ伏せる俺の視界に、ルディの爪先が見えた。 その爪先が俺の肩口を軽く蹴って仰向けにされる。 視界が一回転して、一面の雪が曇天に変わり、そしてその曇天を仰ぎ見るルディがいつになく厳かに立ち尽くす。  モノトーンの世界に、そこだけ鮮やかな金の髪が舞う。 風に煽られ燃え盛る黄金色の炎のように見えた。 「おまえの負けだ」  視線は曇天を睨んだまま、静かにそう宣言した。 真っ直ぐ天に向けて掲げられる『エルシディオン』。 振り下ろされる剣。 俺はもう、覚悟を決めて瞼を閉じるだけで・・・。 『このくそガキ・・・おまえさえいなきゃ・・・!』 『どうして、こんな子が・・・今この時代にいるんだ・・・!!』 『この子さえ・・・生まれてこなければ・・・!』  俺の記憶の片隅に昔から残るのは呪詛の声。 俺が殺した小さなジオと、その友達だった小さなスレイ。 その二人から俺へと向けられる深い憎悪。 ・・・憎まれても仕方ない。 みんなが死ななきゃならない理由なんてなかった。 死ななきゃならなかったのは、たったひとつ、俺だけなのに。 一人、俺だけ生きてゆく。 ・・・俺さえ消えてしまえば、みんなは死なずに済んだのに・・・。 ごめん・・・コロして・・・ごめんね・・・。  正に振り下ろされんとする剣の切っ先を、俺は必死に翻した。 しかし自分の身体なのに言うことを聞かない。 傷つき倒れ、瞳を閉じて死ぬのを待つばかりのスレイへ、容赦なく剣は打ち下ろされんとしている。 やめろ、これ以上誰も殺したくない、誰も傷つけたくないんだ!  俺は叫ぶけど『あいつ』は聞かない。 「黙れ。友も家族も必要ない」  必要ない訳ないだろう!! 「一人で生きればいい。一人で好きに生きるのがいい」  そんな生き方に意味はない! そんな生き物、この世に要らない! おまえが死ねばいいんだ・・・殺すっ! 「どうしようもなく愚かだな。それは自殺に等しいことだ」 五月蝿い、自殺行為だろうと何だろうと構うものか。 生き方を歪められてまで生きたくはない、俺はずっと俺らしく生きたい。 俺は俺の『生き方』のために死ぬ! それが俺の、死ぬ答えだっ・・・!!  振り下ろされる『エルシディオン』の剣先が俺の前髪を切り裂く。 脳天を砕かれて終わりかと思ったが、ちがっていた。 振られる剣から生まれる風の向きが突然そっぽを向いた。 そのベクトルは真っ直ぐ俺を狙っていたはずなのに。  疑念にかられて、一度は閉じた瞳を開く。 それとほぼ同時に、肉を刺し骨を砕く音が静かな雪原に響く。 ・・・ルディ?? 一体・・・どうして・・・自分で自分の胸を突いたりするんだ・・・。 俺を殺すんじゃなかったのか・・・?? 胸に深々と刺さった『エルシディオン』の剣先。 ルディが信じられないという顔をして、自分の胸にあるそれを見、そして強引に剣を引き抜く。 傷口が大量の血を吹いた。 「ルディ・・・!」  ルディがゆっくり顔をあげる。 相当の苦痛を伴うはずなのに、相変わらずの無表情。 眉ねひとつ動かしてはいない。 まるで時間が止まったかのように、そのまま暫くルディは俺を見据えていた。 流れる血にも構わず。 そして何かを訴えようとするかのように、ルディが唇を動かした。 声にならない、声。 消されてしまった『心』からの声。 必死に紡ぎ出そうとしている。 けれども喉の奥の方から、何かが擦れるような音がするだけ。 不意に表情のない瞳が潤んだ。 一粒だけの涙がその頬を転がり落ちる。  声にはならないが、俺にはその気持ちがわかる。 同じ瞳を俺に向けながら死んでいった者がもう一人いた。 ジオという名前の。 それ以外は何も知らないが、今のルディと同じ眼をしていた。 寂しげで、誇らしげな眼差し。 そしてこんなことを言った。 死ぬ答えを見つけたと。 「おまえも見つけたのか・・・?死ぬ答えを・・・」  俺の問いかけには答えずに、ルディは何も言わず目を閉じた。 血みどろの『エルシディオン』がその掌から滑り落ち、身体が傾ぐ。 倒れる身体を、積もったばかりの新雪が柔らかく受けとめる。 白い粉雪と赤い血飛沫を散らして、ルディは雪原に伏した。 ・・・わからない・・・。 俺には何も・・・。 どうして俺達は殺し合わなければならなかったんだ。 どうしてルディは自ら死を選ぶんだ。 どうして俺一人が生きているんだ。 俺の周りで失われていく命はあまりにも多すぎて。 そして俺が救うことのできた命は一つとして無く。 ・・・お祈りなんて昔から大嫌いだった。 でも今は・・・祈りを捧げる人の気持ちがわかる。 神様・・・誰か・・・誰でもいいよ・・・。 ・・・助けてくれよ、たくさんの、大切な命を・・・。 ・・・返して・・・くれよ・・・。  答える者は誰一人としてなく、ひたすらに雪がアルチプラノを覆う。 この日、剣士は己の生命の尊厳をかけて己の生命を捨て、魔導士は失われる生命に本当の意味の絶望を知る。 それでも真実を求める真摯な情熱は、更なる復讐の悲劇を呼ぶことになるけれどもそれはまた別の話。  未来は未だ曇天の向こう、『光』の掌の上にあった。 黄金色の炎に包まれて・・・。