第1節 プロローグ
風に翻る濃紺の軍旗。
一角獣の頭部が金糸で織り込まれている。
パルマ政府軍第一師団機甲連隊のユニットシンボルだ。
現ラシーク公爵家当主・レイバード=ラ・シーク公を師団長とする、質量ともに政府軍随一の大部隊が第一師団。
そしてその第一師団の核を成す部隊が機甲連隊となる。
その連隊旗のもと、一人の軍人が剣を掲げる。
名をエイブラハム=ラ・シークと言った。
レイバード公の実弟であり、第一師団において、機甲連隊を束ねる大佐でもあり、同時に『軍神の再来』という異名までをも取る辣腕の戦士でもあった。
「聞け!!目標は首都エアキャッスルの占拠!手段は問わぬ、各自実力で以てこれを完遂せよ!!」
凛と響く美声が戦地を駆けた。
現在より二日前、AW341年、2月20日。
パルマ政府陸軍を中心とする軍事クーデターが勃発する。
その力と勢いは圧倒的で、瞬く間に主要国家機関の殆どはその占領下に置かれることとなった。
然しながら、唯一にして重大な拠点を未だ制することができずにいた。
首都・エアキャッスル。
そこを守る近衛師団を相手に、苦戦を余儀なくされていた。
表面上、近衛師団も陸軍を成す一師団に過ぎない。
しかし実際のところ、一般の第一から第一三師団までとは一線を画す存在であった。
量こそ劣れど、質的には第一師団に引け劣るものはない。
個々の能力で言えば、明らかに他師団を凌駕していた。
「・・・第一師団か。あの連隊旗は機甲連隊・・・連隊長自ら出撃か。ならば騎兵隊も勢揃いという訳だな」
機甲連隊長直属の部隊である特騎大隊。
名実ともに第一師団のエースとしてその名を知られている。
生半可な抵抗は意味がない、悪戯に自軍の貴重な兵力を削ぎ落とされるだけ。
「やむを得まいな・・・」
精鋭揃いの近衛師団を束ねる師団長が出撃準備を整えている。
近衛師団長とさらにそれよりも高位である参謀旅団長をも兼任する、陸軍最高幹部である。
エリアス=クライツェラ准将。
武家として名高いクライツェラ公爵家の嫡子でもあるから、次期陸軍元帥の呼び声も高い。
陸軍そのものが分裂してしまった現状に於いては、それどころではないのであるが。
エリアスは手元の引き出しから1枚のカードキーを取り出し、目の前にかざした。
虹色に輝く1枚のカードキー。
近衛師団首都守備隊のまさしく切り札である。
空中に浮かぶエアキャッスルの対空攻防の要であった。
カードキーを控える副長に投げてよこすと、エリアスが小さく、しかしはっきりと言った。
「ドレイクを出す。準備急げ」
「もたもたするなっっ!!」
エイブラハムが馬上で吠える。
焦っていた。
疾風迅雷の作戦行動を旨とする騎兵隊であり、その素早さを買われてこの『エアキャッスル攻略』という大任を任されたのだが、敵にはそれを上回る『力』がある。
ちらりと上空を見やった。
「・・・ドレイクが気になります?」
機甲連隊副長が馬を寄せてくる。
落ち着かなげな長官の様子をめざとく見抜いたらしい。
ロッドと呼ばれる金属製の鞭状武器を腰の後ろのハンガーへ戻しつつ、エイブラハムはどことなく不機嫌に答える。
「当然だろう」
「対抗手段は用意したでしょう」
副長は楽観意見を述べるが、エイブラハムはそれを聞いても納得できないらしく、軽く首を横に降って小さく呟く。
「近衛師団をなめるな」
それだけ言い残し、再びロッドを手に修羅場を駆ける。
耳元の通信機に各隊から現況報告が次々と交錯して入ってくる。
目標としては、ドレイクを出される前に城内まで踏み込みたい所だった。
最悪、城門にとりつくまではしておきたい。
DNA技術の粋を結集して生み出された、戦闘用ドラゴン種を軍内部ではドレイクと呼んでいた。
野生のドラゴン種に集団戦闘上必要になると思われる能力を付与した生物兵器だ。
量産までには至っておらず、現在わずか7体しか存在しないが、空からの圧力は、陸上部隊にとっては圧倒的ですらある。
中でも昔エイブラハムが一度見た、金のドレイクは特別だった。
近衛師団長、エリアス=クライツェラの専用機となっているそれは、力も知性も他のあらゆるドレイクを凌駕し、そして騎手自身の資質とも相まって、縦横無尽に空を巡っていた。
(・・・おのれ、エリアス=クライツェラ・・・!!)
ロッドを振るう手に力が篭った。
暗闇の中、ペンライトを口にくわえ、ボックスの中にまとめられている膨大な量の接続ケーブルをペンチで切り放す人物がいる。
開けられたボックスには『警備システム(3)』のパネルがついている。
一本ケーブルが切断される度、点灯するダイオードが一つずつ消えてゆく。
静かな空間にしばらくケーブルを切る音が響くが、作業は終了したのか、彼は一息ついて立ち上がる。
途端にアラームが鳴った。
しかし別段気にかける様子もなく、彼は通信機を手に誇らしげに言った。
「・・・システムの停止ならびに破壊を確認。撤収する」
一旦通信を切り、そして暗闇の中、一人ごちる。
「全ての力は、『アリサ』の下に・・・か・・・」
そして彼はテレジャンプでその場を脱する。
全ての力は『アリサ』の下に。
アリサ=ランディールの出現までわずか1年。
これはその1年間に繰り広げられた戦いの物語である。
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