第3節 エリアスの焦燥 

 首都の警備システムの一部が止められたという報告が入ったのは、エリアスらが出陣した直後のことだった。
「魔封じが止められた??」
 オウム返しにエリアスがヘッドセットに向かって聞き返す。
「システムを物理的に破壊されたか・・・とにかく復旧急げ!」
 城外の騎馬隊に気を取られて、城内の警備が手薄になった隙をつかれた恰好になる。
(騎馬隊と連動しての行動か・・・しかしその目的は何だ??)
魔導の心得のある者は確かに騎馬隊にもいるだろうし、エイブラハム本人もかなりの使い手と聞くが、それとて戦局を左右する程のものではない。
このドレイクを叩き落とせる程の力を有するならいざ知らず・・・。
(いや、待て・・・ドレイクを叩き落とす・・・魔の力・・・。まさか!)
 エリアスが生唾を飲み下したのと同時に、先陣をゆくディマンシュからの報告が飛び込む。
「閣下!・・・ドレイクが・・・もう一体!!」
 イヤな予感に限ってよく当たるものだ。
エリアスは八つ当たり気味に舌を鳴らして忌々しいその名を口にした。
「ちっ・・・サムディか!」
 白み始めた東の空に、暗紫の翼が翻った。
視認できるや否や、こちらへ向けて猛然と突き進んでくる。
(速い・・・!!)
 猛烈なスピードで近付き、そしてすぐ頭上を突風を伴ってかすめ飛ぶ。
「転回!!」
 エリアスは部隊に回れ右を指示するが、サムディは既に背後で再び転回した後だった。
その特徴的な一対の巨大な角の間には、火花を散らす雷光。
(速い・・・!!移動も魔導の発動も・・・)
「散開しろ!!」
 自らも回避の体勢に入りつつ、指示を飛ばす。
雷の束がサムディの角の間から放たれた。
早朝の空を一直線に切り裂く、太い光の剣。
 地上のエイブラハムからもその様子は見て取れた。
「・・・タンドレには間違いないが・・・桁が違うな。人間の肉体では、あれほどの威力を持つ魔導を放つことはできまい」
「そうですね。ドラゴンの強靭な肉体あってこそ、でしょう」
「よし。これより作戦は第3フェイズに移行する。打ち合わせ通りにやれよ」
「は。ご武運を」
「おまえもな!」
 軽く笑って答えると、エイブラハムは馬の頭をエアキャッスルの方へと向け、ヘッドセットに向けて怒鳴った。
「第2フェイズは終了、これより第3フェイズへ移行する!攻城部隊は私に続け、対空部隊は副長の指揮下に入れ!一気に畳みかける!!」

 ヴァンドルディが雄叫びをあげる。
懐かしい兄弟に攻撃を加えられて憤っているのかもしれない。
「ちっ・・・何もなしでエアキャッスルを攻める訳がないとは思っていたが、まさか・・・、くっ!!」
 雷撃の次は激しい竜巻が襲う。
ヴァンドルディも懸命にそれを切り抜けようとするが、ヴァンドルディの翼の力よりもサムディの呼ぶ嵐は強かった。
翼を痛め、錐揉み状態で地面へと垂直に落下するが、そのまま墜落するような無様な真似はしない。
くるっと身体を丸めて宙返りをして体勢を立て直し、気流の緩やかな地面すれすれをかすめ飛ぶ。
 上空のサムディは容赦なく追撃を浴びせてくる。
巧みに加減速し、左右に体躯を振り、降り注ぐ炎の雨の隙間を縫い、超低空飛行を続ける。
地上の騎馬隊をうまくサムディの攻撃に巻き込もうというエリアスの狙いがあった。
 しかしその狙いはサムディの騎手も感づいたらしく、上空からの追撃は中止して猛然と高度を下げ始める。
無策に鬼ごっこをしてもすぐに追いつめられる。
サムディの足の速さは目を見張るものがあった。
「ランディ、メルクルディ!」
 6頭の中でも特に足の速い2頭を呼び寄せる。
その2頭の騎手には、既にエリアスの意図は伝わっているらしく、エリアスが何か言うよりも早くサムディの左右両翼にピッタリとつけ、圧力をかける。
エリアスも反撃の姿勢に移ろうとしたが、ヘッドセットに城内の守備隊から『SOS』が入る。
「どうしたっ!」
「エイブラハム=ラ・シーク率いる騎馬隊本隊が城門を突破して来ました!中庭で戦闘になっていますが、数に圧されて我が方は不利です」
「くそっ、上空にサムディ、城内に『軍神の再来』か・・・!仕方ない、ディマンシュ、マルディ、ジュディ!城内の警備に戻・・・」
 エリアスが言い終わるか終わらないかの時だった。
ボボボボボと連続的な爆音が響く。
音のした方をエリアスがキッと睨む。
独特の曲線を描いて、対空ミサイルがディマンシュらの行く手を阻んでいる。
まともに被弾するようなことはなかったが、足止めを喰らって前進できずにいる。
ミサイルから吐き出される噴煙が、檻のようにディマンシュ、マルディ、ジュディを閉じこめていた。
 この3頭の機動力はそれほど高くない。
ランディとメルクルディならミサイルを振り切って射手を攻撃できるだろうが、彼らはサムディをマークしなければならない。
それも計算に入れた上での攻撃なのだろうか。
「ちぃっ!!」
 サムディ一頭によって、6頭は完全に分断されてしまった。
後ろからサムディの追撃。
ヘッドセットには特殊翼竜騎士班の帰還を急かす城内守備隊の声。
プレッシャーをかけるかのように響くミサイルの発射音。
 エリアスは初めて敗北を意識していた。
「・・・おのれ、サムディ・・・!!」
 忌々しげにサムディの背中にちらと見える人影を睨みつけた。
それに真っ向から刃向かうかのように、サムディの咆哮がエアキャッスルの空に響いた。

 カッ、と見かけよりも軽やかに、エイブラハムの愛馬が跳躍する。
「ルージュ」と名付けられ、その名の通りに特徴的な赤いタテガミを有し、優美ではないがたくましい駿馬だ。
サイバードロイド技術によって通常の軍馬よりも脚力・跳躍力・持久力など、あらゆる能力において大幅な増強が施されている。
そこが『特殊騎馬大隊』の『特殊』たる由縁でもあったが。
1階から2階へと上がる階段をひとっとびにし、城内の守備隊の度肝を抜く。
当然、すれ違いざまにロッドの一振りで、5〜6人の敵兵を始末しながら、だ。
 ここまで来れば数で圧し切れるという自信がエイブラハムにはあった。
数の多寡をカバーしていたドレイクも、サムディ相手に苦戦しているし、表に残して来たラスカル率いる第二隊にも足止めを喰っている。
(この隙に・・・城を落とす!!)
「邪魔だぁっっ!!」
 行く手を塞がんとする兵士もルージュが蹴散らす。
ハイセラミックの装甲が埋め込まれたサイバードロイドの馬は、既に馬というにはあまりにも機械的すぎる。
個体差はあるものの、「ルージュ」は元来の肉体は30パーセント弱。
残り70パーセント強は生体機器や代替電子機器にすげかえられている。
一般の騎馬隊の所有する軍馬も、多少のサイバードロイド技術は応用されているものの、特殊騎馬隊の所有するそれは明らかに程度が違った。
 騎手によってその好き嫌いはまちまちだったが、少なくともエイブラハムは特殊騎馬の方が性にあった。
「走れ、ルー!!」
 まっすぐ3階を目指そうとしたが、突然ヘッドセットに割り込んできた音声がそれを止めた。
『待った!3階南は通路が狭くて階段も長く続くわ、騎馬は足を取られて不利よ。外の渡り廊下から北側へ回って!』
「・・・誰だ!所属と姓名・階級を名乗れ!!」
『はいはい、噂通り用心深い人ねー。今のところ、機甲連隊第3戦車大隊長リズラリッツ=ランドール大尉』
「ぬかせ!今回戦車隊の出番はない!!」
『表向きは戦車隊所属だけど、今ここにいるのはそのためじゃない。まったくもー、誰のおかげでサムディが戦えると思ってるの!?』
「・・・何??」
 厳しい口調を若干やわらげてエイブラハムが問い返す。
「おまえ、もしや・・・情報部の・・・??」
 つい声を潜めてしまう。
実際、『情報部』なる組織は、帳簿上存在しない。
存在しないというよりは、意図的に隠蔽されているというべきか。
部員は全てカモフラージュとして他部隊に配属されていて、必要な時に必要な人員が任務に就く。
有る程度の自立性を認められているのは、『情報は共有の財産』という意識のあらわれなのだろう。
『魔封じを解除したのは私よ、城内の構造もついでに頂戴しといたから、私の誘導に従って進軍して』
「おまえの指図に従わねばならぬ謂れはない!」
『あっそ。内部構造もわからないのに全軍の半分も突っ込ませて、その全てを効率的に誘導できる自信が有るってこと?この狭い場所で大量の兵士しかも騎馬兵を?もたもたやってるとシステムが復旧するわよ、そうなった時、もう一回システムを落とせなんて言われても私には無理だからね、それとも自分で何とかする?』
 えぐりこむような彼の台詞に、口をつぐむ。
言われたことは確かに的を得ている。
システムが復旧されてはサムディの攻撃力は激減し、ラスカルの第二隊は援護が期待できなくなり、ヴァンドルディらの足止めはできない。
「わかった、誘導頼む!」
 聞こえるようわざとに大きく溜息をついて、あてつけがましく言い捨てる。
何を企んでいるやら知れない情報部の手先の言いなりになるのは極めて不本意だったが、今はとにかく城を落とすことが第一目標なのだ。
 そう自分に言い聞かせて、エイブラハムはリズラリッツ=ランドールと名乗った彼の誘導に従うことにした。
ヘッドセットの向こう側で、リズラリッツがしてやったりと唇の端を持ち上げたことなど知る訳もなく。



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