第4節 土星を司どりし者
情報部員・リズラリッツ=ランドールの誘導は完璧だった。
城内の構造から守備隊の配置に至るまで全て掌握している。
言われるままに馬を進め、最上階まで登り詰めた時、彼は玉座の前で待ちかまえていた。
第一師団の暗緑色の制服に身を包み。
「お疲れさま、『軍神』さん」
「・・・おまえか。リズラリッツ=ランドール」
ヘッドセット越しに聞かされた声と、今目の前にいる人物とのギャップに戸惑いつつ、エイブラハムは尋ねる。
冷たく嫌味たらしい口の聞き方の割に、外見は非常に愛らしい。
きちんと切りそろえられた赤毛が肩のあたりで揺れていた。
小さな垂れ目がこちらをまっすぐに見ている。
「リズリーでいいよ。みんなそう呼ぶから」
しれっと言うリズリー。
リズリーは大尉でエイブラハムは大佐、つまりリズリーにとってエイブラハムは上官であるのに、気にも留めてはいないらしい。
「・・・口のききかたを覚え直した方がいいな」
「それは貴方のことでしょ?泣く子も黙る情報部を知らない訳じゃないよね」
「ふん。我らについたり王家についたり。見苦しいコウモリどもめ、兄上の命令がなければおまえごとき今この場で引き裂いてやったものを」
「ふふっ、今にわかるよ。どうして情報部が中立のままなのか、どうして貴方がエアキャッスル攻略をしなければならないのか、ラシーク公が王家に反旗を翻したのか・・・」
何をバカなことを、という目をしてエイブラハムはリズリーを見やるが、リズリーは自信有り気に頷く。
「全てはエアキャッスルを攻略した後。ま、勝負はついたも同然だけど、ラスカル=デ・ウェリスには気を付けて」
「ラスカー・・・?彼がどうかしたのか」
「モタビア州総督が臭いわ・・・近衛師団からあれだけモタビア州軍の派遣を急かされていながら、結局彼らは来なかった・・・。何だかんだと理由をつけてはいるけれど、これほどの遅延は明らかに意図的なものよ。デウェリス家は総督に近しい一族だからラスカルも恐らくは」
しかしリズリーの言葉の途中をエイブラハムが遮る。
「は、バカげたことを。デウェリス家は祖父の代から我が家に仕えてくれている。ラスカーも物心つく前から共に育った。彼が最近になって我が家に来たというなら要注意だろうがな」
「・・・それは確かに道理だけれど」
納得いかないという顔で、リズリーは返答する。
彼も総督をクロと見なす何か決定的なものを掴んでいるというわけではないらしい。
釈然としない顔で首を傾げるだけだった。
「裏付けを急いでいる所だから、そのあいだ過信は禁物だからね・・・貴方に何かあったら何もかもがおじゃんなのよ。わかった??」
「ああわかったわかった。私は戦列に戻る。この機会に近衛師団は徹底的に駆逐しておきたいからな」
愛馬にまたがり、ロッドを手にした。
後はもうリズリーの方を振り返ったりはしない。
一直線に最前線を目指してルージュと共に疾駆する。
リズリーはそれをしばらく見送るが、彼には彼の戦場があった。
(・・・一度モタビアへ飛ぶ必要があるか・・・)
動かないモタビア州軍。
天性の勘で、リズリーはそこに何かしらの陰謀を嗅ぎ取っていた。
「はあ、そんなことが・・・」
ラスカルが曖昧に頷く。
ヘッドセットの向こう側からは、エイブラハムが腹立たしげにリズリーの文句をまくしたてている。
文句を聞いてあげるのはラスカルの役と昔から決まっていた。
別に不服ではないのだが、頭に血が上って冷静な判断を欠くのが問題だった。
それをフォローしてあげるのも自分の役目だとラスカルは心得ている。
「こちらもそろそろ片づくでしょう、ヴァンドルディが粘っているようですが、それも時間の問題です・・・強烈ですね、サムディの戦闘能力は・・・。速いし耐久力もある、破壊力は現行あらゆる兵器を上回ると言って良いでしょうね。・・・ええ、欲しいですね、第一師団に。騎手ですか??・・・まだ確認取れていません。・・・はい、そのように。了解」
プツッとヘッドセットのスイッチを一旦切り、背後の人物に目を向けた。
本陣の壁にもたれ、腕組みをして立っている。
ついさっき、突然テレジャンプで現れた彼。
一通の書簡を手に。
「エイブラハム様からの定時通信ですか?」
「ええ・・・現況圧勝と言えるでしょう。一応、貴方とサムディのおかげとお礼を申し上げておきます」
そうラスカルが言うと、彼は屈託なく笑う。
「いえ、お礼なら総督に言って下さい・・・サムディも彼のおかげで復活を果たしたようなもの・・・そう、それと、これを貴方に渡すようにと・・・。受け取りなさい。貴方はこれを受け取らねばならない義務があります」
手にした一通の書簡をラスカルの目の前に無造作に突き出した。
暫く無言でそれを見つめるラスカル。
ゆっくりと手を伸ばして、言われるままに書簡を受け取った。
書簡を胸にあて、両の目を閉じ、ぽつりと呟く。
「・・・覚悟はしていました」
「偉いですね。・・・ではそろそろサムディを呼び戻しましょう。ヴァンドルディを落とし、エリアス=クライツェラを捕縛すれば、貴方達の完勝です」
傍らの壁にたてかけたハルバードを手に取って、彼は再び戦場へと歩を進める。
サムディと同じく暗紫に塗られたハルバード。
何か魔的な力を感じさせる。
「待って下さい!」
ラスカルが彼を呼び止める。
「何か?」
優雅な動作で振り返る彼に、ラスカルが質問を投げかける。
「名前ぐらいは教えてくれても良いでしょう」
「名前??そうですね・・・ルツ、とでも。皆そう呼びますから。では失礼」
すっと手にしたハルバードを天に掲げ、愛機を呼ぶ。
「戻っておいで、サムディ!」
天を巡っていたサムディが、その声に応えて主人の前に舞い降りる。
他のドレイクに比べると小柄だが、人よりはずっと大きい。
『ルツ』と名乗った騎手が頭を撫でると、ふききっ、と鳴き声のようなものをあげた。
よくなついているな、と素直にラスカルは感心する。
「さ、ヴァンドルディを落としておまえの勝利を見せつけてやりなさい・・・」
ルツが鞍に飛び乗り、そしてサムディが翼を広げ、再び天へと舞い上がる。
渡された書簡を手に、その様子を見送るラスカル。
「さすがに強い・・・な」
総督の自信もわからないでもない。
しかし・・・。
手の中の書簡に目を落とし、唇を噛みしめる。
頭上では決断を促すかのように、サムディが一声、咆哮した。
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