第5節 砂漠の中に潜む牙

 黄金色の翼が天から堕落する。
ヴァンドルディは大地に胴体着陸し、それでもなお翼をバタつかせているが最早その巨体を飛び立たせる程の揚力を生み出すことはできなかった。
無理な着陸のショックで数瞬意識を手放していたエリアスが、頭を軽く振ってヴァンドルディに喝を入れる。
「飛べ!!どうした、ヴァンドルディ!」
「・・・もう其れに飛ぶ力は残っていません。貴方達の完敗です。クライツェラ准将」
 エリアスの目の前に、第一師団のシンボルカラーである濃紺に彩られた鎧を身につけた人馬が居並ぶ。
先頭に立つ人物には見覚えがあった。
確か、機甲連隊副長を務めていたはず・・・エイブラハム=ラ・シークの片腕として、派手さこそないが確実堅実な用兵で定評のある男だ。
しかしエリアスの目標はこの副長ではない。
「・・・副長か。長官はどこにいる。エイブラハム=ラ・シークを出せ」
「大佐は今現在も城内にて作戦遂行中ゆえに、貴方とお会いすることはできません。私と共に来てもらいます」
「何だと??私は彼に用がある。おまえでは話にならない」
「ですから、貴方と大佐を会わせる訳にはいかないと申し上げております」
「・・・貴様・・・」
 エリアスにはエイブラハムに会って伝えねばならぬことがある。
王家の存亡に関わる大切なことだ。
それを阻むとは・・・。
単に会わせたら危険だと判断しただけなのか・・・??
それにしては、頑なに拒む。
・・・真意を探る必要があるか・・・。
「ならば今とは言わぬ。大佐の手空きで構わん。私を警戒するなら見張りをつけても良い」
「それも困ります。大佐への恨み並々ならぬ貴方のことです。何を画策されるか知れませんから。見張りをつけても安心なりません」
 す、とエリアスが眉根をひそめる。
(・・・おかしい。普通ここまで拒絶するものではない・・・。まさか知っていて、わざと・・・そうとしか考えられない)
「貴様、何を考えている・・・!!」
「・・・それは、貴方達も同じことです。ドレイクには自己修復能力があるとか。ヴァンドルディも時間と共に回復するんでしょう・・・ただし主人は変わるでしょうが」
 ラスカルがヴァンドルディに近付き、その頭に手にした電磁剣・マグナソードの切っ先を押し当て、軽い電圧を加える。
バチッと小さく音を立て、ヴァンドルディの額に電気ショックが一発。
「・・・これで、ヴァンドルディの騎手認識回路はリセットされます。貴方を騎手と認識しなくなりますから、ご注意下さい」
「おい・・・何を考えている・・・」
「ヴァンドルディは即ちクライツェラ准将とエイブラハム様は思いこんでいらっしゃいますから。自己修復能力で再び飛び立つヴァンドルディを見れば、エリアス=クライツェラにも逃げられたと思うことでしょう」
「それで・・・それで私をエイブラハムの目から遠ざけるつもりか・・・。そうまでして何を企む!」
 エリアスの問いに、ラスカルは淡々と答えた。
電報か何かを読み上げるかのように、淡々と。
「『アリサ』は既に私たちの手の内にあるのです。残るは『エイブラハム』のみ」
「貴様っ・・・!!」
「参りましょう。総督からお話があるそうです」
 ラスカルはエリアスを捕縛し、さらには第一師団の鎧を着せ、同じ特殊軍馬に乗せ、一見エリアスとわからぬようにして部隊に紛れ込ませる。
(・・・モタビアは何を考えている・・・総督といい、このデ・ウェリス家といい・・・)
 何となく普通の馬よりも乗り心地の悪いサイバー馬に揺られ、エリアスは鎧兜の下で唇を噛む。
足下をすくわれたな・・・。
エイブラハムは副長に全幅の信頼を置いているようだから、この男の言うことに疑いを抱いたりはしまい・・・バカが。
王位云々以前に、モタビアを探るのが先か。
まあいい・・・情報部のあの男をモタビアへ飛ばそうか・・・。
リズラリッツ=ランドール・・・彼なら何かしら掴んでこよう・・・。

 暗緑色のマントの裾を翻し、エイブラハムが機甲連隊本部の廊下を闊歩する。
その表情は厳しい。
エアキャッスルの制圧という立派な戦績を上げたにも関わらず。
第一目標であるエアキャッスル制圧は成し遂げることができた。
しかし第二目標であったエリアス=クライツェラ近衛師団長の捕縛もヴァンドルディを筆頭とするドレイク6匹の始末もできていない。
それら全てはラスカルの第二隊に任せた仕事であった。
さらにはサムディの騎手の確認を取れと言っておいたにも関わらず、それすらもできていなかった。
これまでの実績から考えれば、彼にとって決して荷が重い任務ではなかったはずだ、更に困難な作戦もこなしていたのだから。
それなのに・・・。
 何かあったのではないかと問うても、ラスカルは言葉少なに謝罪するだけだった。
サムディも戦闘が終わると、さっさとテレジャンプで戦場から消えてしまった。
城内で遭遇した情報部員・・・リズリーとか名乗った彼にも、その後は結局会っていない。
 勝利したのに何かすっきりしない。
何か・・・自分の知らない所で何かが勝手に起こっているような気がした。
「大佐!!」
 不意に背中から呼び止められる。
ギクリとして思わず腰にさしたサイドアームに手をかけ、背後を振り返った。
その形相に驚いたのか、ラスカルが目を白黒させながらエイブラハムを見ている。
「すみません・・・驚かせてしまって」
「あ、ああ。いや、少し神経質になっていて。悪かった。何の用だ?」
「えっと、その特に用という訳ではなくて・・・もうお昼休みですし、食事がまだでしたらご一緒にと思ったんですが」
「??」
 腕の時計を見る。
12時を回ったところだった。
いつのまにか半日過ぎていたようだ。
「もうこんな時間か」
「・・・あまり根を詰められぬよう」
「そうだな。食事でも採って気分を変えようか。行こうラスカー」
「はい」

食後の熱いコーヒーを両手に抱え、その表面に息を吹き付けて冷ましつつ、ラスカルが唐突なことを言った。
「ランディール王家をどう思われます??」
 問われたエイブラハムは怪訝な顔をしてラスカルを見るが、ラスカルはコーヒーの表面に視線を落としたままだった。
その動作を真似るかのように、エイブラハムも一旦はあげた視線を再びコーヒーの表面に戻し、訥々と話す。
「最早王家に再興の力はない。戦国時代を勝ち抜いた猛者である初代ランディール王の精神は今や死んだも同然。安穏とした世の中、停滞を続け、パルマは確実に弱体化してゆく。止まった時代を誰かが動かさなければならないのに、ランディール王家にそれだけの力を持つものはいない。彼らが王でなければならぬ理由はどこにもなくなった」
 その言葉を聞き終わり、ラスカルはしばらくの沈黙の後、小さく呟く。
「・・・民の心はどうなんでしょうね・・・」
「彼らに心などない。己の身を保っていられるならば、王家だろうと軍部だろうと関係ない。彼らは己が傷つきさえしなければ何も言ったりはしない。・・・放っておけ。弾圧も救済も必要ない。現状のまま放っておけば何ら問題ない。愚民どもめ」
「手厳しい意見ですね」
「そうか?私の下に来たなら、その不抜けた精神叩き直してくれるものを」
 ふ、と軽くラスカルが唇の端を持ち上げた。
何か懐かしむような笑い方。
エイブラハムがその笑い方に何かの違和感を覚えた時、ラスカルはコーヒーを飲み干し席を立った。
そして思い出したように付け足す。
「今の台詞、貴方がたった一人になっても、言うことができますか??」
「な・・・に??」
 悪戯に不安を煽るような言葉だった。
たった一人になっても言うことができるのか、だと??
・・・自分の傲慢に釘を差すという意味で言ったのか?
エイブラハムは唖然としてラスカルを見送るしかなかった。



目次へ

トップページへ