第6節 絶対的英雄
近衛師団最後の牙城となっていたエアキャッスルがエイブラハム=ラ・シーク大佐率いる騎馬隊及び新型ドレイクによって陥落したという報は瞬く間にパルマ中をかけめぐった。
これにより軍部のクーデターは事実上、成功したかに見えた。
確かにほとんど誰もがそう思った。
近衛師団の切り札、特殊翼竜騎士班をたった一騎で壊滅せしめたという新型ドレイクを開発した(というよりは復活させたという表現が正しいが、世間一般では『新型』と称されていた)彼らに、立ち向かう術は今の近衛師団にはなかったのだから。
そう、確かに近衛師団にはなかったけれども。
新型ドレイクだろうが何だろうが地に平伏させる手段を、彼らは知っていた。
ただ知っていながら、手にできなかったというだけで。
エイブラハムが奪取したエアキャッスルは、そのまま第一師団の本部が置かれることになった。
師団長、レイバード=ラ・シーク公も数日前に入城。
ラシーク公爵家による軍部の占有から、続いて政治の占有も時間の問題に見えていた頃、エイブラハムは兄に呼ばれた。
そして唐突なことを尋ねられる。
「近衛師団長には遭わなかったか?」
「・・・クライツェラ准将ですか?遭っていません。ヴァンドルディを仕止め損ねた我が隊のミスです」
頭を下げるエイブラハムだが、しばらくレイバード公は神妙な顔をして黙っていた。
おもむろに口を開き、エイブラハムはまたも唐突なことを言われる。
「ヴァンドルディを仕止め損ねたからといって、クライツェラ准将にも逃げられたと決まった訳ではあるまい」
「・・・どういう・・・ことです??」
「クライツェラ准将に逃げられたと直接報告を聞いたのか??」
エイブラハムの問いには直接答えず、レイバードはねじりこむように問いを重ねる。
「え??えぇっと・・・」
必死にその時の記憶を手繰り寄せる。
確か・・・自分がヴァンドルディの飛び立つ姿を視認して、慌ててラスカーに確認を入れたはずだ。
その時は・・・ヴァンドルディに逃げられたと・・・言っていた。
エリアス=クライツェラにも逃げられたとは言っていなかった。
しかしクライツェラ准将を取り逃がした責めは素直に負ったラスカル。
つ・・・つまり??
「ラスカーはクライツェラ准将を捕らえていながら、それを私からは隠蔽しようとしたと??」
「その可能性が高いな・・・。ラスカル=デ・ウェリスを呼べ。すぐだ」
「え。しかし・・・」
言葉を濁すエイブラハム。
それに苛立ったのか、レイバード公は少し口調を荒げて言った。
「しかし?何だ!」
「も・・・モタビア州軍の出動に関して、総督の協力を仰ぐと・・・。昨日の夜にパルマを出立しましたが・・・」
ぴく、とレイバード公の指先が反応する。
エイブラハムが何か言うより早く、レイバード公は席を蹴って立ち上がった。
「呼び戻せ!」
「し、しかし近衛師団も完全にせん滅させた訳ではありませんし、彼らとモタビアが手を組むのは避けたいですから、早めに・・・」
心細げに抵抗するエイブラハムだが、公は容赦しない。
「おまえの意見を求めてはいない!すぐに呼び戻せ!」
「はっ!!」
いつも冷静な公が声を荒げることは滅多にない。
それだけ重要な何かがあるということなのだ。
自分には思いつかない何かを公は考えついたのだ。
慌ててエイブラハムは通信機に手をやるが、丁度その時だった。
サッと何かの影が、窓から注ぐ冬の弱々しい陽光の中を横切る。
「・・・??」
ふと顔をあげ、窓の外を見た。
翻る暗紫の翼。
「サムディ・・・??今頃何をしに・・・??」
サムディの姿を視認した直後だ。
今度は大気を揺るがす砲声。
「なっ・・・!!」
強烈な振動と音が城を基部から揺るがす。
(どこの部隊が・・・!!)
窓枠から外をちらりと覗き見る。
威圧的に立ち並ぶ軍旗は、王族と近衛師団の使用する紫紺色でもなければ、公爵家や第一師団の使用する濃紺でもなかった。
白と黒でくっきりと塗り分けられた無彩色の旗。
色で階級を示すパルマの制度から外れたその無彩色の旗こそが、モタビアのシンボルだった。
「・・・モタビア州軍??」
モタビア州軍のどこだ・・・!!
エイブラハムが確認を取るより先に、宣戦布告が為された。
宣戦布告というにはあまりにも機械的で抑揚に欠けた声。
「レイバード=ラ・シーク公に通告する。即刻エアキャッスルを放棄せよ。要求が受け入れられない場合、我々は実力で以て是を奪回する準備がある」
あまりにも抑揚に乏しい声だったが、エイブラハムは確かにその声を聞いたことがあった。
「・・・ラスカー??」
現状が理解できずに丸い目をぱちぱちとしばたたく。
何故ラスカーがモタビア州軍を引き連れここにいる?
エアキャッスルを放棄せよ・・・??実力で奪回・・・???
「どういう・・・こと」
半ば放心状態にあったエイブラハムを厳しい現実へ引き戻したのは実兄の叱責だった。
「油断したな・・・副長の裏切りに遭うとは」
「裏切り・・・??ラスカーが?」
信じられないというような顔をしてまた窓の外を見る。
しかしそこに翻るモタビア州軍旗のもと、宣戦布告をするのは間違いなくラスカルであり、そして何よりサムディが威圧的に空を巡っている。
「やむを得まいな・・・」
「!?・・・どうされるおつもりです・・・まさかモタビア州軍と真っ向から・・・??」
「だからやむを得ないと言っているだろう。城内守備隊の全権を委ねる。全力で以て現状を打破せよ」
「無理です!あれだけの数を相手に無策で抵抗したとて・・・!それにラスカーが敵軍にいるのでは、こちらの情報は筒抜けと思われます。守備隊の配置も城内の構造も熟知されて、さらにはサムディも参戦してくる可能性が高く・・・」
「案ずるな。無策ではない。・・・リズリー!」
扉の外に向かって人を呼ぶと、いつからそこにいたのか、エイブラハムの背後に一人の人物が控えている。
「リズラリッツ=ランドール、まかりこしました」
「・・・おまえ・・・」
エアキャッスル攻略戦の最中、城内で遭遇した情報部員だ。
その時はさらっと聞き流したものの、彼はこんなことを言っていた。
ラスカル=デ・ウェリスには気を付けろと。
「この前の戦闘では世話になった」
形ばかりの礼を言うと、リズリーも形ばかりの礼を返す。
「どういたしまして」
「あれから姿を見かけなかったがどこで何をしていた?」
「モタビアで総督の周辺調査。公の勘が大当たりですね、ラスカル=デ・ウェリスは総督の『埋伏』でした。彼らは『アリサ』の動向も完全に掌握しています。『エイブラハム』さえ消せば良いと彼らは考えているようです」
じっと考え込むレイバード公と真剣な顔つきのリズリーとを見比べ、エイブラハムは控えめに質問する。
「・・・埋伏??それは何??」
「知らないの??平時は忠臣として働くものの、一旦危険と判断されれば、反旗を翻し、敵陣深くから覆す役を負った人のこと。その使命は世代すら越え、何事もなくばそのまま一生忠臣として生涯を終えるけれど、その使命は子孫へと受け継がれてゆく。士官年数が長くなるから自然と警戒心も緩む。・・・貴方もそうでしょう、祖父の代から仕えてくれているのに今更謀反なんて有り得ないと、そう言っていた」
「そんな・・・ラスカーが・・・」
「ほうけてる場合じゃないでしょう。城内守備隊の全権を握っているのは貴方よ。何とか対策を立てなきゃ」
「対策も何も・・・多勢に無勢よ。数の理論を覆す程の力をもつ者もいない」
「いるでしょう、貴方よ。エイブラハム=ランディール。二人いる『絶対的英雄』のうちの一人。総督がアリサ=ランディールを抑え、モタビア州軍を擁するならば、こっちはエイブラハム=ランディールがいるし近衛師団以下13師団という大部隊がある。決して勝てない戦いではない」
意気揚々と語るリズリー。
しかしエイブラハムは訳がわからず、立ち尽くすだけだった。
かろうじて発することのできた声で言ってみた。
「エイブラハム=ランディール・・・??私が・・・??」
ランディール??王族??
私・・・が??
アリサ=ランディール??絶対的英雄・・・??
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