第7節 演じられる伝説
『私たちはモタビアの隠された牙となって、ラシーク家の中枢に食らいつかねばならないのだから』
世代を越える使命。
幼少の頃よりいつも父から聞かされ続けた言葉。
しかし監視するようにと言われたエイブラハムは、自分よりも5つも年下で、弱々しく頼りなかった。
いつも自分の歩く後を、置いて行かれまいと必死についてまわっていた。
あの頃が懐かしい。
あんなに弱々しく頼りなく見えたエイブラハムも、『軍神の再来』なんて異名を取り、いつの間にか自分を軽く追い越していた。
・・・腐っても王族、か・・・。
「静かですね・・・」
「ああ。だが今に出てくるだろう。『軍神』がね」
「エイブラハム=ラ・シーク・・・それほど強いのですか?ラシーク家は神官の血筋であって武家ではないのに・・・」
「見れば身にしみてわかるさ・・・」
前方に見える城門をじっと見据えてラスカルは小さく呟く。
貴方とは・・・戦いたくなかったのに・・・。
「いました!!赤いタテガミの黒馬・・・城壁の上に!!エイブラハム=ラ・シークと確認!」
「・・・早かったな」
ラスカーも、立ち上がって傍らの愛馬にまたがる。
号令をかけようとして一瞬ためらう。
まさかこんな号令をかけることになるとは・・・。
けれどこれでいいんだ、これがエイブラハム様のために一番いい・・・。
敬愛する実兄レイバード公を殺すなんて、さぞ辛いことでしょう。
己の運命を呪うことでしょう。
それなら私に裏切られた怒りに任せて争い力尽きる方が幾らか気持ちも楽になるはず。
一瞬の躊躇の後、ラスカーは生唾を飲み下し、叫ぶ。
悲痛な思いを心の奥底にしまいこみ、瞼を閉じて戦闘開始の号令をかけた。
「目標はエイブラハム=ラ・シークの首!!我と総督閣下の前に見事献じて見せよ!!」
全身凍り付いたかのように、エイブラハムはじっとリズリーの顔を見る。
「どういうこと・・・??エイブラハム=ランディールって誰よ・・・」
リズリーはそれには直接答えず、逆に問いかける。
「ランディール王家のことをどう思う??」
「??」
いつかどこかで、同じことを誰かに聞かれたような気がした。
ああそうだ。ラスカーも同じことを言っていたな・・・。
あの時、私は・・・何と答えた・・・??
確か・・・。
「最早王家に再興の力はない・・・」
そう。そう言ったはず。
「その通りよ。地に落ちた王家の権威を再び『支配者』たるものにするために、貴方はいる。つまりは全て王族の自作自演の物語に過ぎない。大筋はこうよ。王家に反旗を翻すラシーク家。軍事的・政治的権力を独占し、圧政を敷き、民衆は苦しむ。そこに現れる救世主。今は亡き王族の血を引く勇者。民は思う、『やはりランディール王家でなければならぬ』と」
「・・・そんなに都合良くいくものか」
不機嫌に吐き捨てるエイブラハムだが、リズリーは構わず話を続ける。
「この英雄伝説を現実のものにするためだけにこの戦いは続く。近衛師団の敗北もエアキャッスルの占拠も、全てこのシナリオに必要な場面なの。貴方達は戦っているのではない、演じているだけ。勝利も敗北も、生も死も、全ては計算され尽くした上でのことよ。けれど、この史上最大の演劇の主役はまだ決まっていない。記憶操作され戦闘技術を叩き込まれラシーク家のために戦わされる王子エイブラハム=ランディールか、貴族社会から一般社会へと逃れ、今はまだ己の出自すら知らぬ王女アリサ=ランディールなのか・・・」
「そんなことは知らぬ!アリサと言ったな、この私が今すぐ始末してくれよう、そうすればこんな馬鹿げた茶番はすぐ終わる!誰か馬を引いてこい!!」
剣を掴んで立ち上がり、鋭く号令を飛ばすが、リズリーがその行く手を阻んだ。
「今の貴方と同じことを総督も考えた。エイブラハム=ランディールさえ殺せばこんな茶番は終わる・・・出自すら知らぬアリサ=ランディールは問題外だ。そう・・・エイブラハム=ランディールさえ殺せば、パルマの支配者は誰になるともつかない・・・その混乱に乗じ、モタビアは、パルマから独立する」
「独立??・・・モタビアが!?」
「そんな事態を防ぐために、貴方と近衛師団は合流してもらいたかったのに。近衛師団、特に特殊翼竜騎士班はモタビア州軍に対する充分な威圧になったのに。・・・まさか土壇場でラスカル=デ・ウェリスに手のひらを返されるなんてね。きっと、はなから総督と裏でつながっていたんでしょう。近衛師団とエイブラハム=ランディールを一度に始末することは不可能と踏んで、ラスカル=デ・ウェリスを利用しサムディを寄越した。サムディも本来は近衛師団と合流するはずだった。なのに、どこかで騎手が取り替えられてしまった・・・全てはラスカル=デ・ウェリスの造反で狂ってしまったのよ・・・」
口調は静かだが、きっと心の中では腑が煮えくり返る思いだったろう。
情報部の緻密な設計のもと進んだ計画を滅茶苦茶にされた訳だから。
「・・・モタビア州軍に対する切り札がなくなったという訳か」
「大丈夫・・・勘違いしないで。完全ではないけれど、幾らかは取り戻したわ。
ヴァンドルディとクライツェラ准将が第1ケージで待っているから」
「!?」
ぎょっとしてエイブラハムはレイバード公の方へ向き直る。
公は頷き、厳かに命を下す。
「クライツェラ准将と共闘し、モタビア州軍をせん滅せしめよ」
「・・・はっ」
有無を言わさぬその威圧的態度に、エイブラハムは頭を垂れるしかなかった。
言いたいことは、まだたくさんあったのに。
長く続く非常階段を駆け降り、エイブラハムは第一ケージへ急ぐ。
戦闘の気配を悟ったのか、ケージの入り口近くに繋いだ愛馬・ルージュが、ぶるるっと鼻を鳴らして寄ってくるが、エイブラハムは軽く首を叩いて言った。
「わかってる、もうすぐ出るから。ちょっと待つんだよ」
赤いタテガミを一撫でして、エイブラハムはケージの奥の方へと進む。
「クライツェラ准将はいるか!?」
「・・・ここだ」
ドレイク用のだだっぴろいケージの隅で、壁にもたれる人影。
間違いない。
「准将と共闘するように、ランツォーラ大尉に言われた。ヴァンドルディは何処か?」
敢えて淡々と言ってみると、エリアスも淡々と答える。
「ヴァンドルディは高高度軌道ステーションで待機中だが、すぐ降下できる」
「他のドレイクはどうなされた?」
「現在、空軍の協力のもと、回収作業中だ」
「そうか。ならば准将はサムディの足止めを頼みたい。魔封じが働いている為、さほどの攻撃力は持たないと予測される」
「了解した。大佐は地上部隊を率いて敵指揮官を狙い撃て。相手はデ・ウェリス中佐だ。やれるか?」
「・・・問題ない」
「よし。ならばヴァンドルディを降下させる。大佐は一足先に馬で出ろ」
「は」
一礼してきびすを返す。
心中は複雑だった。
前の戦いでは敵だったものが友軍になり、味方だったものが敵軍になる。
今はただ命ぜられるままに戦うだけ。
・・・このままでいいのか・・・??
・・・このまま言われる通りに戦っているだけで??
リズリーの言っていた、王家による、王家のための英雄伝説の成就のために??
そんなバカなことを。
古い体質を見せかけの改革で、見た目だけ新しく変えると??
認められない。ばかばかしい。けれど。
「私一人で・・・何ができる・・・??」
『今の台詞、貴方がたった一人になっても、言うことができますか??』
いつだったか・・・ラスカーにそんなことを言われた。
私一人で・・・何が言える。何ができる・・・??
ただ目の前の敵をけちらすのみ・・・。
「行くぞ、ルー!!」
馬にまたがり、おきまりのかけ声をかけた。
ケージの中に虚ろに響く声に、いつもの覇気は滲んでいなかった。
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