第8節 エアキャッスル攻防

 ブーンと小さく機械の作動音が断続的に続く暗い室内。
広さはかなりあるのか、その作動音が室内にかなり反響して聞こえていた。
ぽ、とひとつ小さく明かりが灯る。
音と同じく、極めて機械的なダイオードの明かり。
ひとつの明かりは細波のように、室内に広がってゆく。
そんな細波の中に、『彼』はいた。
「総督。君だけは生かしておけないんだよ・・・ねぇ、そうでしょう?レイバード公?」
「・・・はい」
「ふふっ・・・君に預けた僕の分身はうまくやってくれるかな?」
「相手が相手なだけに苦戦すると思われます」
「そっか・・・友達なんだっけ。州軍の総指揮官と。・・・しょーがないなー、僕が手伝ってあげるしかないかな。公も手伝ってよ!」
「御意」
 そう答えるレイバード公はいつにも増して厳しく引き締まった表情だった。

 兜の内側に設置された投影型ディスプレイに、“Physical_Data_Matching_Successful”の表示。
『ルージュ』が騎手の確認を行ったのだ。
データの照合に成功しないと、この馬は本気で走らない。
元来の能力の3分の1程度しか発揮しないよう、システムが筋組織に制限をかける仕組みになっている。
「システム起動確認」
視力10.0を誇るルージュのアイセンサーが、戦場の様子を伝えてくる。
「視界クリア。音声クリア。入出力系統問題無し。駆動系統問題無し。冷却系統問題無し。オールグリーン。起動完了」
ルージュの赤い目・・・正確には赤外線センサーに、鈍い光が灯る。
ブルルッ、と身体を振るわせ、ルージュが雄叫びをあげる。
「ターゲットセット・・・敵総司令ラスカル=デ・ウェリス。フィジカルデータインプットOK。認証完了。ルー、敵はこれだ・・・わかったな?いくぞ」
 実に淡々と、いつもの通りの手順を踏んで、最終攻撃目標をルージュに認識させる。
 カッ、と城壁を蹴ってルージュが空中へ躍り出る。
高さ大凡50メートルの城壁頂上から、数秒の自由落下を経て一気に地上まで飛び降りる。
人間が真似すれば即死であろうが、ルージュのたくましい脚は着地の衝撃を吸収し騎手への衝撃を最小限にとどめる。
高硬度コンクリートで覆われた大地はへこみ、ヒビが入っても、だ。
「走れ、ルー!!」
 自動運転に切り替え、限界速度でルージュを走らせる。
その瞬間最高速度は時速150キロを越える。
通常、馬の速度は約70キロであるから、倍以上のスピードだ。
そのぶん騎手の負担も大きい。
慣れないうちは振り落とされないようにしがみつくのが精一杯だが、幾度もこの馬にまたがり死線をくぐりぬけてきたエイブラハムには何ら苦にならない。
・・・数で圧されては負ける・・・。
現状を見るに、エイブラハムが最も危惧するのはその一点だ。
量では圧倒されているが、質では上回っている。
こうなったら採り得る戦術はただ一つ。
「騎馬隊は敵の隊列を切り崩せ。脚を活かして撹乱しろ。但し単独行動は厳禁する!」
地上部隊の負担を減らして、それからは空からの攻撃で敵の数を減らし、地上部隊でとどめ・・・というのが理想的か。
・・・ラスカー相手にどこまで通用するかは疑問だがな・・・。
きっとおまえも私と同じ、言われるままに戦うしかないのだろう。
言われるままに裏切り戦い殺し合い。
何の為に・・・??

「騎馬隊で陣形を崩し、地上部隊の負担を減らすつもりだな・・・」
 戦況を眺めてラスカーは即断する。
ありがちな戦法だが、そのぶん確実だ。
「・・・ヴァンドルディの予想降下時刻まであと何分だ」
「おおよそ20分です」
「4号電算機の方はどうなっている」
「遊撃隊が城内への侵入を試みている最中です」
ヴァンドルディが降りるまでに勝負を決さねばならない。
そのためにはサムディの広域破壊魔導は必須で、そして魔封じを解除しなければならない。
しかし2度目ともなると向こうも警戒する。
前回のように端末破壊で止まってしまう程、ヤワなシステムではなくなっているはずだ。
もっと根本的に、魔封じを止める必要がある。
そこでラスカーの採った対策はこうだ。
エアキャッスルの警備システムを管理する「4号電算機」の物理的破壊。
エアキャッスルには大型コンピュータが6台有り、欠番の3号を除いて、1号から7号電算機と呼称されて、役割が割り振られている。
1号が6台を統括するメインコンピュータ。1号の下に2号、そして4号から7号電算機が付随する。
1号電算機の情報はさすがに掴むことができなかったが、4号電算機ならば何とかなる。
4号機がシステムダウンした場合、1号機が代替して警備システムを動作させるが、そのブート時間に数分のタイムラグが発生する。
その間にサムディの攻撃で敵部隊をせん滅。
 数で負けている者の常として、単独行動を嫌う。
エイブラハム大佐もそうだ。
逆に言えば、狭い場所に多数が固まるということ。
その1カ所にサムディが一撃を叩き込めば、全滅とまではいかなくとも、壊滅状態には追い込める。
後は魔封じがあろうがなかろうが、数で圧倒すれば簡単に片づく。
「4号電算機を破壊するまで、エイブラハム大佐の望み通り、適当に戦列を崩してやれ。本気で抗戦するな、騎馬隊相手では被害も大きい。遊撃隊の方は作業を急がせろ。ヴァンドルディが降下してくると厄介だ」
「はい、そのように」

 おかしい。
エイブラハムは何かの違和感を覚える。
こうも弱かったか・・・??モタビア州軍が・・・。
分断されれば不利とわかっているはずなのに、こちらが攻めるとあっけないほど簡単に隊列が崩れる。
攻められて隊列を崩されるというよりは・・・むしろ交戦を嫌がって道を開けるという、そんな感じだ。
・・・遊ばれている??時間の引き延ばし・・・??
そんなことをして何になる。
持久戦では数の多さが逆に命取りだ。しかもモタビアからの遠征。
補給線だって長く伸びきっているだろうに。
ずっと気になっているサムディも、適当に参戦してはくるが、本気とは思えない。
魔封じが働いているとはいえ・・・。
リズリーがメインモニターの前に座りこんで、システム周りを監視しているはずだ。
「リズリー!現況を報告して!!」
不安になったエイブラハムが電算室のリズリーを呼び出す。
『現況??・・・特に異常なしよ・・・1号機も4号機もじゅんちょ・・、ってちょっと!?』
 順調、と言いかけたリズリーが突然声のトーンを上げた。
「どうした!」
『・・・侵入者発見。この経路は・・・4号電算室か・・・!』
「阻止しろ!4号はまずい!!」
『遅いよ、もう4号電算室の中に入られてる!』
「なっ・・・何故そこまで発見が遅れた!!」
『こっちが聞きたいね!大方ユーザーIDとフィジカルデータをラスカル中佐に盗まれたんでしょ。ほらね、4号電算室の中に大佐のマーカーあるよ。・・・こうなったら4号機は諦めなきゃダメだね』
「軽く言うな!!魔封じが落ちたらサムディが参戦するだろう!・・・くそっ、全員聞け!一旦後退して隊列変更、散開する!!」
 言い終わるか終わらないかの時だ。
城の方から鈍い爆発音が響く。
4号機が破壊されたに違いない。
上空のサムディがその音を聞きつけたか、咆哮する。
エイブラハムの叫びに近い指令がそれに重なる。
「全速後退、散開急げ!!!」
 バサッと大きな羽ばたきが聞こえた。
上を見上げると、その巨大な二対の角の間に、火花を散らす雷光。
それが球体になって、じりじりと膨れている。
以前見た、空を一直線に切り裂く大剣のようなタンドレが脳裏に蘇る。
「リズリー、サムディを止めろ!!電源をレーザー砲に回せ!!」
 レーザー砲はとにかく電気を大量に必要とする。
警備システムを維持しつつレーザー砲を撃つことはできない。
魔封じの維持が警備システムに電源を回す意義だったが、今となってはそれは無意味だ。
最低限、1号機の駆動に必要な分を残し、後はレーザー砲に電源を回すように指示したのだが、リズリーは拒否した。
『で・・・できないよ・・・1号機が動かない』
「1号機まで!?リズリー、そこで寝ていた訳ではなかろうな!!」
『ちがうちがう。動かないっていうか・・・勝手に上から動かされてる』
「上から・・・??1号機が命令系統の最上位ではなかったのか??」
『今、元を手繰ってるとこ・・・なにこれ、3って??3号電算機??・・・うわ、動作が速い。もう警備システムのリブート終わって、設定にかかってる・・・速い。何これ。めちゃくちゃ速いよ。誰、この機械動かしてるの・・・ユーザーIDの照合してみる』
「しかし3号機は欠番だろう・・・」
『うん・・・4号機の前身で、4号機の本稼働と同時に廃棄されたはず。んーーわっかんないなー・・・ユーザーIDの照合結果は、と・・・』
 しばらくの沈黙の後、それと聞き取れないような小さな声でリズリーが言う。
『・・・ディール・・・』
「は??聞き取れないぞ」
『・・・アウレス=ランディール・・・』
「何を・・・バカな。故人だろう」
 まさか先王の亡霊・・・???
我ながらばかばかしいと思いながらも、背筋を冷たい汗が伝う。
しかし、3号機が稼働していた時期、その内容を最も良く知るのは当時のエアキャッスルの主、アウレス=ランディール王だった。
彼以上に3号機のシステムを熟知する者はいないし、そして彼以上に素早く3号機を操る者もいない・・・。
リズリーも同じことを考えたのか、その声は小さく、少しうわずっている。
『だって、そう結果が出たんだよ・・・。・・・速すぎる。設定完了。魔封じ再起動。・・・アウレス=ランディールログアウト、3号電算機切断・・・コントロール権利1号電算機に復帰・・・』
 狐につままれたかのような顔をして、リズリーの報告を聞くエイブラハム。
「とにかく・・・魔封じのリブートは完了したということか?」
『結果論としてはそうだね・・・』
「原因究明急げ」
『言われなくてもわかってるよっ』
 そして通信は切れた。
数瞬、唖然としていたが、すぐに現実を思い出す。
「全員、回避行動中止。速やかに隊列を整え、前進」
納得いかない結果となったが、とにかくサムディは止められたのだ。
原因はリズリーが調査してくれるだろうから、今はとにかく最初の作戦を遂行し、モタビア州軍を追い返すのが目標だ。
「全隊、進め!一気に敵隊列を崩す!!」



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