第9節 3号機に依る御霊
破棄されたはずの3号電算機が、死んだはずのアウレス=ランディールにより操作され、通常2〜3分かかる警備システムのリブートを、たったの17秒で済ませた。
エイブラハムにとっては幸運なアクシデントだったが、ラスカーにとっては全く不運としか言えない。
まさにタンドレの発射体制に入っていたサムディだが、せっかくチャージした雷球も四散して消えた。
「再起動に20秒かかっていない・・・速すぎる」
理由はわかるはずもなかったが、このアクシデントで不利を被ったのは間違いない。
「・・・サムディ。もういい、魔導は諦めて地上部隊に圧力をかけろ。特殊騎馬隊を最優先に攻撃」
サムディがひらりと身を翻し、高度を下げて地上部隊に猛然と突進する。
主力武器たる魔導を使えないとはいえ、空からの攻撃は地上部隊にとって脅威だ。
「騎馬隊長を狙え、赤いタテガミの黒馬に乗っている」
『エイブラハム=ラ・シーク大佐ですね』
「彼さえ倒せば分裂状態のパルマ陸軍など・・・」
ラスカーがそう言いかけた時だ。
サムディとは別の、獣の雄叫びが轟く。
猛烈な勢いでほぼ垂直に上空から錐揉み飛行してくる物体。
蒼穹から放たれた黄金の矢のように見えた。
「・・・ヴァンドルディ・・・!!」
数秒で視認できる距離まで落下し、サムディの行く手を遮るようにその目前に落ちる。
あわや地面に激突かと思われたが、空気抵抗を押さえるためにたたんでいた翼を広げ、錐揉み飛行を止める。
真下を向いていた首を前方へ向け、宙返りをして垂直落下を止め、地表すれすれの位置で静止した。
そして騎手が大きなハルバードを掲げる。
「パルマ政府陸軍参謀旅団長、エリアス=クライツェラ准将である。モタビア州軍所属各位に告ぐ、即刻パルマより退去せよ。速やかに退去せぬ場合、国王への反逆罪とみなされても致し方なしと思い知っておくがいい!」
騎手に習ってヴァンドルディも、威嚇するようにグルルと喉の奥で唸っている。
7頭のドレイクのうち、最も野生種のドラゴンに近い容姿を持つヴァンドルディと、その逆であるサムディが相対している。
睨み合いになるな、と予測したラスカーが馬にまたがり、前へと進み出る。
サムディの真横につき、サーベルを掲げた。
「モタビア州東部方面軍所属州都守備隊長官、ラスカル=デ・ウェリス准将である。クライツェラ准将名義で我らモタビア州軍に対し出された出動要請を受け、現在レイバード=ラ・シーク公爵をはじめとする第一師団要員により不当に占拠された王都を奪回する目的で参じた次第である。これを退去せよとは、まして反逆罪とはいかなる見当か!」
確かにエリアスの名義でモタビア州軍に対して過去に出動要請が度々出されている。
まだ近衛師団がエアキャッスルを防衛していた時期に、その防衛を手伝えという趣旨で出された要請だ。
それを逆手に取ったのだ。
これならば名目上、モタビア州軍に不当性はない。
あくまで名目上ではあるが。
「賢しい口を!!」
少し離れた所からインカム越しに二人の会話を聞くエイブラハムが、腹立たしげに踵を地表に打ち付けた。
今の今までラスカーが裏切ったことを信じきれずにいたエイブラハムだが、かつて所属していた第一師団に汚名を被せて利用するような口上に、いい加減堪忍袋の緒が切れた。
「もういいだろう、クライツェラ准将!度々の出動要請を無視し、近衛師団も第一師団も疲弊し切った今になって遠征してくること自体が不当な行為だ、ラスカーの首を総督に送り返してやれ!!」
『待て、そんなことをすればモタビア州軍に攻撃の口実を与える。恐らく彼らは先遣隊に過ぎない。先遣隊が倒された場合に備えて今ごろ本隊が軌道ステーションで手ぐすね引いて待ちかまえているはず』
「ならばこんな田舎軍隊に大人しくエアキャッスルをくれてやると申されるか!?」
『・・・・』
沈黙するエリアス。
悔しいが完全にモタビア州軍に足下をすくわれた格好だ。
目の前の先遣隊を何とか倒したとしてもすぐに本隊がなだれこんでくる。
それを支えるだけの戦力は現在分裂状態にあるパルマ政府軍には残っていない。
(何とか・・・良い方策はないか・・・)
エリアスもエイブラハムも黙って目前のサムディを見据えながら思考を巡らす。
ラスカーは自嘲気味に唇の端をゆがめた。
城内のリズリーは三号機探索の手を緩めず、静かになった城外にちらと視線をやるだけ。
そんな時、『事故』は起きた。
三者三様の戦場で戦う彼らの足下から。
最初に異変に気づいたのはリズリーだった。
「!!・・・また、三号機!?」
突如、再び一号機が制御できなくなった。
先程警備システムのリブート時と同じ現象が発生したのだ。
謎の三号機によって一号機の制御権利を失う。
「くそっ・・・今度こそ・・・!!」
さっきは予想すらできなかったことで、呆然としてしまったが、二度目も呆けているようなリズリーではない。
三号機の物理的な位置を確定するべく、電源の供給状態を見る。
「・・・地下・・・か」
早速地下へ移動しようとメインモニターの前を立ちかけた時、その三号機によって走らされているプログラムを見てリズリーが硬直する。
一瞬生唾を飲み固まっているが、その後の行動は速かった。
エイブラハムの固有周波数にセットしたマイクを掴んで言った。
いまのところ、三号機の存在を知っているのは彼だけだ。
「三号機がまた走ってるよ!!」
『・・・なに??』
「とんでもない悪さしてる、パージプログラム走ってるよ!!」
『ぱーじ??・・・てつまり』
「解体だよっっ!!ざっと見た感じ・・・ちょうど今いるそのへんで、足下パカッと割れると思う」
『地割れ??・・・ちょっと待て、こんな所で地割れが起きたら・・・』
「揚力バランス崩れるから・・・シミュレートの結果・・・うん、城のある側は落ちないけど、もう片方は落ちるよ!できるだけ城門側へ移動して!急いで!!」
リズリーが言う端からガクンと大きく地面が傾いだ。
「!?」
転倒するリズリー。
周囲のコンソールパネルも、大きくたわんでやがて破壊される。
すぐ目の前のパネルもヒビが入り、電気系統がやれたのか、激しい火花が飛ぶ。
「うわっ!!」
反射的に腕を交差し頭をかばう。
パネルが次々破壊され、モニタが火を吹く。
ヤバい。
直感で悟り、リズリーは扉へ走る。
ひずんで開かなくなってしまった扉を、携帯したサブマシンガンで蜂の巣にして破壊し残骸を蹴り倒して廊下へ出た。
(・・・確かに地下だった・・・!!)
迷うことなく、下へ降りる非常階段へ向かって廊下を全速で走り出した。
目指す非常階段は大きくたわんでとても降りることができない。
しかしリズリーは驚くべき運動能力で、たわんだ手すり、階段、そして階段を支える鉄柱などをつたい、軽快に下へ下へと降りていく。
下へ降りてもかなり通行不能となっている部分が多く、今自分が歩いているのが壁だか床だか天井だかわからないほどの惨状だったが、それでも電源の供給状況を頼りに進んでゆく。
「・・・このドア・・・」
ほとんどのドアが歪んで開閉不可能になっているのに、ひとつだけ、ほとんど歪みの見られないドアがあった。
周囲の壁はへこんでたわんでいるというのに。
「異様に頑丈ね・・・」
自動扉になっているらしく、中央で縦にすき間が開いている。
そのすき間に無理やり指をかけ、力まかせに左右へと開く。
「くーーー・・・」
なかなか開かないが、それでも、じわじわと動く。
一度動き出すと、後はそれほど力もいらない。
肩を入れ、腕で押さえつつ脚をかけ、ようやく中へすべりこむ。
「いったぁー・・・」
指の先をなで回しながら、すっと前方を見る。
外があれだけの被害を出しているというのに、この一室はヒビひとつ入っていない。
「ったくもー、何で出来てんのこの部屋ー・・・」
コッ、と一歩踏み出すと、一つ小さな明かりがついた。
ダイオードの光だ。
「???」
リズリーが目を凝らすうちに、それがザザッとさざ波のように室内に広がっていく。
自分の前方、側面、そして背後から天井へと。
「・・・三号電算機・・・???」
サブマシンガンを構え、いつでも引き金をひける状態で足音を潜ませ前進する。
コンソールパネルの前に座る人物に向かって。
あと十メートルという距離になって、その人物が振り返る。
見たことのある顔だった。
「れ・・・レイバード公・・・」
息を飲み下すリズリー。
一拍置いてここまで来た理由を言った。
「さ・・・三号電算機とは、これのことですか・・・??」
「そうだ」
「何故、廃棄扱いに・・・??一見、現行の四号機よりも優れたシステムに見えますが」
「所有者の意向で廃棄扱いとなった」
「ユーザーIDが、先王のものを流用されているようですが・・・」
「メインオペレーターは私ではない。メインオペレーターはあくまでログインしたIDを有する」
「何を・・・」
バカなことを、と言いかけて口をつぐんだ。
メインフレームのその前に、彼が、いたのだ。
「僕が、死んだって言いたいのかな??」
若干25歳の若さで世を去った不運の王、アウレス=ランディール王がいたのだ。
いた、というよりは見えたと言うべきか。
実際に存在する訳ではなく、よくできたホログラム合成。
しかし普通、ホログラムは喋ったり、まして会話したりするものではない。
「何ですか・・・どういうこと、これ・・・??」
「僕の肉体は無くなったけど、僕の脳は今もこの中で生きてる・・・そういうこと。声もラシークがいろいろパターンを作ってくれたのを組み合わせて出せるし、君の言うこともちゃんと音波を解読して理解できる」
「・・・人間の脳を使ったネットワークシステム・・・ということですか・・・」
確かにその種の研究は過去にも存在する。
地上のあらゆる情報処理システムの最高峰に位置するのは人間の脳。
その処理能力は一秒間に十億ビットを越えると言われている。
これを何とか機械的なネットワークに流用できないか・・・と誰もが考えることだ。
しかし技術的にも倫理的にも問題があり、実験段階にも達していないのが現状だ。
それを、王宮という極めて閉鎖的な空間の中で極秘裏に実用化したということだろうか。
「ま、そんなとこ。城内のネットワークはみんなこの僕が握ってるってことを忘れないでね」
「先刻の警備システムのリブートも・・・」
「僕がやったの。今やってるパージも僕がやってるの。身の程知らずの田舎軍隊に痛い目見せてやろうと思ってさ。・・・モタビア州軍は僕たちのシナリオには必要ない。必要なのはエイブラハム=ランディールかあるいはアリサ=ランディール、そして悪役レイバード=ラ・シーク」
この王は、あくまでランディール王家の存続を願っている・・・。
王家の、否、貴族社会そのものが崩壊の兆しを見せている今になっても。
エイブラハム様も言うように、ばかばかしいと思う。けれど。
自分一人でいったい何ができる?
巨大な三号電算機メインフレームを目の前にして、リズリーは唇を噛んだ。
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