第10節 策士の憂い

城外は城内以上の騒ぎになっていた。
突如、地面が傾ぎ、足下にヒビが入る。
「何事だっ!!」
 エリアスがエイブラハムに聞く。
「リズリーの話だと、パージプログラムが走っているとか・・・城門側へ急いで移動しろとだけ」
「ランツォーラ大尉か。通信は」
「繋がりません」
「・・・仕方ない、彼を信用するしかないな。城門側へ移動する。騎馬隊の誘導頼む」
「了解」
 騎馬隊共用の周波数に切り替え、部隊全員に指示を出そうとした矢先、再び大きく地面が傾ぐ。
「く・・・!!」
ルージュが興奮していななき、前脚をかきあげた。
「落ち着け、ルー!!どう、どう・・・!」
 ビキッと鈍い音がした。
すぐ目の前の足下のヒビがどんどん深くなっている。
このパージプログラムは、何らかの理由で揚力の維持ができなくなり地表へ墜落するという場合に、エアキャッスルそのものを細かく分断して地表へ与えるダメージを軽減する目的で建設当初からつくられていたもので、その原理は発破作業と同じだ。
「全員、騎乗!!城門側へ直ちに移動しろ!!」
 自らもルージュにまたがり、移動しようとした時、エイブラハムがふっと気づいた。
この、地割れ。
ちょうど、モタビア州軍とパルマ軍の間を分断するように走っている。
そしてパルマ軍は城門側に布陣しているということは・・・。
モタビア州軍はパージ作業に巻き込まれて落下する・・・???
大きく地面が揺れ、さらに傾斜がひどくなった。
地割れが深く、深く、両軍の間を分断している。
このパージを指示した三号電算機のオペレーターはどうやら、モタビア州軍がお嫌いらしいな・・・。
回れ右をして移動しかけたエイブラハムだが、数歩崖っぷちから後退した位置に留まる。
エリアスの叱責がインカム越しに響いた。
『何をしている!!地上部隊は速やかに退避しろと言ったはずだ!』
「・・・ラスカーならきっとこの突然のパージ作業の真意もわかるはず。地割れを越え、こちら側へ移動してくることは予測できます。・・・ここに留まり、彼らの移動を阻みます」
『それは私とヴァンドルディの仕事だ、地上部隊は下がれ!』
「いいえ、私もやります。私がラスカーを討ち取ってみせます」
 言い終わるか終わらないかの時。
一騎、反対側の崖っぷちから地割れを飛び越え、跳躍してくるのが見えた。
メタリックに輝く赤銅色の特殊軍馬。
特殊軍馬は表皮に複雑な凹凸模様があるから一目で区別がつく。
間違いない。ラスカーの愛機「カタリナ」。
す、とエイブラハムは腰の後ろのホルダーに差したプラズマソードの柄に手をかけた。

「・・・パージプログラムを操作したな・・・」
 ラスカーが苦虫をかみつぶしたような顔をして呟く。
パージを利用してモタビア州軍を叩き落としたとて、口上は『不幸な事故』で片が付く。
システムエラーとして処理し、人為的にパージを行った形跡を隠ぺいして、偶発的な事故に見せかけるつもりなのだろう。
 残された道は二つに一つ。
このままここに留まって地面へ落とされるのを待つか。
あるいは地割れを飛び越え、パルマ軍のまっただ中に飛び込むか。
いずれにしても生きて帰れまい。
しかしどうせ死ぬなら一矢なりとも報いてやりたい。
「・・・全員聞け!!地割れを飛び越え城門側へ移動する。このままここに残っているとパージに巻き込まれて落下するだろう。しかしパルマ軍に一矢なりとも報いてやろうという気概のある者は私に続け!!」
 ラスカーの駆る赤銅色の特殊軍馬「カタリナ」がいななき、前脚をかきあげる。
先頭をきってラスカーが飛び出した。
全速で助走をつけて、崖っぷちで大きく跳躍。
普通の馬なら怯むであろうが、恐怖を知らないカタリナは構うことなく跳んだ。
そして、しかしというかやはりと言うべきか、対岸ではエイブラハム=ラ・シークが上陸を阻止するかのように待ち構えている。
 跳躍の頂点からゆっくりと自由落下運動に移るラスカーは空中からエイブラハムを見据え、そしてバルディチェと呼ばれる斬馬用の大振りな長柄戦斧を構えた。
地上からそれを見上げるエイブラハムも、それに合わせてプラズマソードの柄を抜き、構えた。
「覚悟めされよ!!」
 バルディチェを振りかぶり、落下しながら地上のエイブラハムに狙いを定めた。
「つけあがるなっっ!!」
 エイブラハムが構えたプラズマソードを頭上にかざし、振り下ろす。
振りおろしざま、プラズマソードの刀身が伸びた。
元来プラズマは不可視のものであるが、空気中の不純物がプラズマ領域に入って発光することにより、人の目にはあたかもプラズマそのものが輝いているように見えるのだ。
よって、高度の高いここエアキャッスルの、希薄な空気中ではその発光は弱く、光学兵器による攻撃を躱すことは難しくなる。
それを見越してエイブラハムはエアキャッスル防衛のメインウェポンに光学兵器を採ったのだが、ラスカーの方が一枚上手であった。
対光学兵器コーティングを施したらしく、カタリナを斬り捨てるはずだった熱波の剣はコーティングに阻まれ、途中で圧し折れる。
「賢しや!」
 エイブラハムが舌打ちする。
一瞬後、ラスカーのバルディチェが振り下ろされ、カタリナが地上へ降りる。
確実にルージュを叩き切る位置を攻撃してはいたが、一歩早く、ルージュが前脚をかきあげ、上体をひねらせて攻撃を避けていた。
「・・・確実堅実をモットーとするお前らしくない攻撃だな」
 ふんと鼻を鳴らしてエイブラハムがプラズマソードをホルダーへ戻し、サイドアーム(二義的武器)であるサーベルを抜いた。
「現況、これが最も確実な生存への道です」
 バルディチェを構え直すラスカー。
ふふんと笑って、エイブラハムがサーベルを打ち込む。
「愚かなこと。何故モタビア州軍ごとき弱小の田舎軍隊に寝返る?」
 ギン、と金属の擦れる音をたて、バルディチェの刃で打ち込みを受ける。
「生まれついた時からの使命ゆえ」
 それを払いのけ、同時に返しざま、柄でエイブラハムをなぎ払う。
「ばかばかしい。せいぜいいつまでも生まれついた時の役目を全うするだけの生き方をするがいい」
 サーベルの護拳でそれを受けつつ、エイブラハムは半歩踏み込む。
「・・・生まれついた時から『救国の英雄』という役目をもらったあなたに何もわかりはしないでしょう。『不義の裏切者』という役目をもらった私のことなど」
 踏み込まれるのを阻止するべく、ラスカーが刃先で足下をすくい上げる。
「『英雄』?・・・ぬかせ、誰が王家になど加担するものか。おまえたちをねじ伏せ、次は近衛師団を完全に殲滅し、我らが第一師団とラシーク家の支配基盤を確固たるものにする」
 やむなく踏みこみかけた脚を引き下げ、一旦間を取った。
「・・・ならばもうあと十数年後にはあなたの片割れ、アリサ・ランディールがあなたを殺しにやって来ますね、『救国の英雄』として。・・・あなた達がどう思おうと、全ての力はこの演劇の主役のもとへ集まる。今のうちにいい気分になっておくことです。あなたが増長し支配体制を確固たるものにすればする程、アリサの出現はより効果を上げ、王家の株も上がる。それこそランディール王家の思うつぼ!」
 そしてエイブラハムの後退を待ち構えていたかのように、ラスカーのバルディチェが唸りを上げて空を切り、エイブラハムの頭部分を狙って薙ぎ払われる。
「くっ・・・!!」
 豪速の切り払いを避けきれず、ルージュの額から角のように生えるセンサーが音を立てて折られ弾け飛ぶ。
「ならば私にどうしろと言う、他に何ができる!?一人でできることなどたかが知れたもの・・・、ラスカーもそうだろう!!他に何もできなかったから、今ここで私と戦っているのではないのかっ!」
 しかしエイブラハムは構わず、一旦引きかけた脚を再度大きく踏み込み、カウンター覚悟の突き。
入った、と手ごたえを感じると同時に、頭を何かに激しく打ちつけられる。
一瞬視界が白くなり意識が遠のくが、無意識のうちにルージュのハンドルを掴んで、落馬だけは免れる。
半分壊れてぐらつくヘッドセットを頭から引き抜き、その場に捨てる。
フラフラする頭を必死に立て直し、胃を突き上げるような嘔吐感を堪える。
相討ち気味の突きは、右腕の内側に入ったらしい。
バルディチェを握る手が血に濡れている。
ラスカーは、血を軽く振り払ってから、左の手に武器を持ち替え、構え直す。
そうか・・・そういえばラスカーはスイッチ(両利き)だったな・・・。
右腕がダメなら左腕、か・・・。
しかし腕は二本あっても、頭は1つしかない。
くそっ・・・相討ちといっても分が悪かった。
「再度聞きます。どうしても『救国の英雄』としての任務を全うするつもりはないと?」
「くどいぞ、ラスカー。同じことを2度言わせるな」
「ならば、すべきことは一つ。舞台を監視する者を除くのみ」
「監視者??」
「・・・おそらくは先程の魔封じのリブートも、現在進んでいるパージも、監視者の意向によって行われたのでしょう。彼は今我々への攻撃に集中しています。この隙に城内へ戻り監視者を倒し、しかる後、クライツェラ准将を始めとする親王派も消す。ただ総督に対しても格好の好機を与えることになるので、それを屈服させるだけの技量も必要ですが」
 元来、温厚な性格の彼が珍しく血なまぐさいことを言った。
だからかも知らないが、有無を言わさぬ強硬さすら感じさせ、エイブラハムは瞬間、怯んだ。
しかしここでうろたえては『軍神』の名折れ。
「監視者とは誰だ?」
「・・・アウレス=ランディールは現在も健勝だとか」
「何??」
 エイブラハムが先程、リズリーから聞いた情報を思い出す。
確か、謎の3号機のオペレーターが、アウレス=ランディールのIDを流用していたと。
よもや、IDを流用したのではなく、本当にアウレス=ランディールが3号機を・・・?
エイブラハムの頭の中でこれまでのことが一本の線で繋がる。
しかし、肝心要の3号機の所在がわからない。
「・・・3号機の位置さえわかれば・・・」
「我が軍の情報部員に、4号機破壊後、3号機探索にあたらせています」
 その口ぶりをエイブラハムが聞き咎める。
「・・・おまえ、まさか最初からアウレス=ランディールをターゲットにしていたのか?」
「勘違いしないで下さい。アウレス=ランディールとエイブラハム=ラ・シークを倒せばモタビアは独立できるという総督の意向に従ったまで」
「成程、おまえらしい判断だ。アウレス=ランディールを消すまでは協力してやらぬでもないとそう言うか?」
「3号機の所在くらいは。地下第17区画のカーゴルームです、通路は損傷がひどく、通行不能部分も多いとのこと、大人数では逆に足手まといになると思われます、お一人で行かれた方が良いかと」
「恩に着る」
「・・・ぐずぐずすると先王に勘付かれます。パージが完了するまでに侵入して下さい」
「了解した・・・おまえも来るか?」
「いいえ。我が軍の全指揮権を任された身ゆえ。朗報を期待しています」
「ああ」
 そしてエイブラハムはルージュの首を城門へと向け、全速で駆けた。
それをしばし見送った後、ラスカーは高らかに宣言する。
「我、騎馬隊長エイブラハム=ラ・シーク退却せしめたり!!」
 モタビア州軍は活気に湧き、騎馬隊は浮足だって後退する。
エリアスは小さくため息をついてから、高度を下げ、地上部隊の援護に回る。
ヴァンドルディの動きに呼応して、サムディも地上近くまで降りようとするが、それをラスカーが止めた。
「ルツ、サムディ。ヴァンドルディへの対処はそろそろ切り上げてくれ。エイブラハム大佐が3号電算機の停止に向かった。もう少ししたら援護してやれ」
『魔封じは??』
「じきに止まる。3号機をフル稼働するためには警備システムへ電源を回せない。3号機停止のために現れたエイブラハム大佐を消さんとして、先王はおそらく3号機をフル稼働させ、警備システムを止める。そこを狙え」
『了解』
「フル稼働した3号機は、どれほどの戦闘力を有するか計り知れない。いかにエイブラハム大佐とはいえ、長くもつまいな・・・」
『つまりは、二人まとめて始末できるという算段ですね?』
「ああ・・・そうだな・・・」
 どことなく虚ろに響く返事をして、ラスカーは城壁を見やった。



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