第11節 死神VS軍神

城内の損傷はエイブラハムの予想以上にひどいものだった。
一人で来て正解だった。
大人数では足手まといになっただけだろう。
(・・・これ以上は降りて歩くしかないな・・・)
城門をくぐり、中庭を抜け、地下へ降りる階段の手前で、エイブラハムはルージュのシートから飛び降りた。
「ここで待ってな」
 いざという時すぐに動けるように、システムは起動したままだ。
電源にはまだ余裕があったが、時間が空くついでに、通路脇のターミナルから直径20センチ程の電源ケーブルを引っ張ってきて、ルージュの首の付け根にある充電プラグにつなぐ。
ルージュのサイドバッグから、歩兵用の小銃を取りだして肩に担ぐと、歪んでたわんだ階段を、足場を確かめながら降りていった。

目指す地下第17区画は北西の方向にある。
17区にカーゴルームがあったかどうか定かではなかったが、とにかく言われた通りに行ってみることにする。
城内の構造は概ね把握している。
所々、通行不能となっている個所もあったが、迂回路を探り出して何とか17区にたどり着く。
しかし、果たして17区のどこにカーゴルームがあるのか。
一口に17区と言っても広い。
当てどもなく周囲をうろうろしていると、一ヶ所、不自然に頑丈な扉があった。
一見、周りの壁とよく似ていて見分けがつかないのだが、今はそこだけ少しの歪みも見られないので、周囲から浮き立って見える。
埋め込み式の隠し扉ということだろうか。
(ここ・・・か??)
よくよく見ると、丁度目の高さあたりに、爪でひっかいたような、何かでこじ開けたような傷跡がうっすらとついている。
どうやら強引な先客がいるらしい。
ラスカーが言っていたモタビア州軍の情報部員か、あるいは城内で音信不通となってしまったリズリーか。
いずれにせよ、自分もこの中に入り込むしかない。
この先にいるであろう、アウレス=ランディールを消すのが、今自分のなすべきこと。
何ということはない、強力無比な近衛師団にガッチリ護衛されて、城内で安穏と生きていた王のこと、幾度も戦場で死線をくぐり抜けてきた自分の敵ではない。
 そうしてエイブラハムはたかをくくっていたが、それは大きな見込み違いであったことを思い知らされる。

 アウレス=ランディールが、突如、目つきも険しく扉を睨みつけた。
ように、リズリーには見えた。
つられるようにリズリーも背後の扉に目をやる。
『軍神の再来』と字される猛将がそこにいた。
「エイブラハム・・・!」
 しかし一番驚いたのは、おそらくレイバード公であろう。
「何をしに来た。戦闘はまだ終わっていない」
 兄の咎める声には構わず、エイブラハムは抜刀した。
「アウレス=ランディール!覚悟されたし!!」
 サーベルを中段に構え、真っ直ぐに走り込む。
「まっ・・・待った!!」
 リズリーが止めようとするのと、最初のレーザーがエイブラハムの足下を焼いたのがほぼ同時だっただろうか。
驚異的な勘を働かせ、エイブラハムは足を踏みこむのを半拍遅らせたため、レーザーに足を焼き切られることはなかった。
「待てって言ってるでしょっ!!」
 黒く一直線に焦げた床を見つめ、一瞬凍りついたエイブラハムを現実に引き戻したのはリズリーの怒号に近い制止だった。
「・・・おまえ、これはどういうつもり??」
 アウレス王が口を開いた。
ここまで接近すれば、エイブラハムの目にも、それが単なるホログラム合成であることに気づく。
「それはこちらが言いたいことだ!先王は死んだと聞いている!何故今だに・・・!」
「・・・サイバーネットワークって知ってる?」
 答えたのはアウレス王ではなく、リズリーだ。
アウレス王は、ただ眼下のエイブラハムを睥睨して、ふんと鼻を鳴らすだけだったから。
やはり支配者の貫録だろうか。
こういう態度がやけに板についていた。
その屈辱的な視線を真っ向から睨み返しながら、エイブラハムがリズリーに言い返す。
「知るか!そんなものは管轄外だ!」
「・・・人の脳を情報処理の中枢システムに使うネットワークのこと」
「ああ、そう。グロテスクだな」
「ちょっと、まじめに聞いてる!?この目の前にある3号機がそれなの」
「へぇ。ってことはこの中にも誰かの脳が収ま・・・」
 収まっているのか、と言いかけて、エイブラハムが息を飲んだ。
その様子を見て、これ以上の説明はいらないだろうとリズリーは口をつぐむ。
 つまり、アウレス王を消すということは3号機を破壊することと同義か??
 アウレス王と戦うということは、3号機が有する自己防衛システムを相手取るということと同義か??
アウレス王の3号機の制御の速さは、先程の魔封じのリブート時に思い知っている・・・。
エイブラハムが心の中で、自分の計算の甘さを嘆いていると、アウレス王が口を開いた。
「・・・近衛師団に護衛された城内でのうのうと生きてる王なんて、軽く潰せると思ったんでしょ。なめられたもんだね。3号機が支配するこの室内で、僕に勝てるとでも?今だってやろうと思えば設置されてる10個のレーザーアイで君の体に穴を開けることだってできるんだよ?」
「ほざくな!機械ごときに歴史を操られてたまるか!!」
「へー、口は達者なんだ。じゃあ僕を止めてごらんよ。大丈夫、殺さないから。君が死んで一番喜ぶのは総督だってことぐらい僕にもわかるもんね」
 ああ、そうか。
リズリーも出撃前に言っていた、エイブラハム=ラ・シークさえ倒せば支配者の座はどこへ流れるか見当もつかないと。
さらにそれを監視するアウレス王も消せば、モタビア州総督を阻む者はなくなる。
成程な、そのへんまで見越してラスカーはアウレス王の情報をこちらへ渡したのだろう。
彼らにとっては、先に自分を消そうと王を消そうとどちらでも良いのだ。
城外で戦っていた時は先に自分を消すつもりでいたのだろうが、予想外に魔封じが早くリブートし、サムディの一撃が叩き込めなくなったため急きょ予定変更したのだろう。
先に3号機を始末する方が効率が良いと。
いずれにしても二人とも消さねばならないのだ、あわよくば相討ちで両者倒れてくれれば・・・などと目論んでいるのかもしれない。
 またしても体よく利用されたという怒りがなくもないが、今はそれ以上にアウレス王への憎悪が深かった。
 私がアウレス王を消し、サムディも始末すれば良いのだ。
 総督の目論見も外れ、モタビア州軍も一時撤退せざるを得ない。
 馬鹿げた茶番劇も終わる。
 ・・・兄が、否、ラシーク公家が、王家の踏み台にされることもない。
「手加減して倒せる程弱くないぞ。リズリー、援護しろ!」
 しかしリズリーは迷っているのか、手伝いたいのは山々だけど情報部の方針がどうのと口の奥の方でモゾモゾと抗議している。
しびれを切らしたエイブラハムが、忌々しげに舌を鳴らして吐き捨てるように言う。
「えぇい、貴様ごときは必要ない、下がれ!!」
 言われたリズリーは拗ねたのか、ムスッとした顔をして踵を返すと部屋を出る。
 そんなリズリーには目もくれず、エイブラハムはサーベルを構え直す。
じりりと半歩にじり寄った。
周囲のレーザーアイの動きに神経を集中させながら。
「参る!!」

 人間の脳というものは、かくも俊敏に反応するものなのか。
サイバーネットワークがどうこうと言っても、所詮その本体は同じ人間の脳。
自分も同じものを持っている以上、決して不利という訳ではないはずだとエイブラハムはそう思い込もうとしたが、やはりそうではないようだ。
脳を中枢に据えているという点で、サイバーネットワークも人間も同じようなシステムと言えるはずなのに、反応速度はまるで違う。
「脳自体の速さは君も僕もそう大差ないと思うよ。むしろ、戦い慣れてる君の方が速いかもしれない。でも君はー・・・えーと、60キロぐらい?・・・の、重い肉体を動かさなきゃならない。速い脳を持っていても、手足の運動神経はその速さについていけない。筋力にも限界がある。そこで差がつくんだよ。僕の動かすレーザーアイは3キロもないし、動き過ぎて疲れるってこともないからね」
 レーザーアイの攻撃を逃げ躱すのが精一杯のエイブラハムに、アウレス王は誇らしげにそう言った。
悔しいが言う通りなのかもしれない。
ああ、せめてルージュがいたら、この反応速度の差を多少なりとも埋められるかも知れないのに、無理してでも連れてくれば良かったと後悔のほぞを噛んだ。
電源が足りないのか、あるいはわざとなのか知らないが、レーザーアイの出力が弱く、普通の攻撃用X線レーザーに比べて射程が短いのが救いといえば救いだった。
危なくなったら射程外へ逃れることができる分、ましと言える。
しかしいくら出力が弱いとは言え、まともに照射されると火傷ではすまない。
 何度目になるかわからない切り込みに挑戦する。
3歩走る。右、左、とステップを踏んで2筋のレーザーを躱し、両足をそろえて前方へジャンプして後ろ足を狙っていた3筋目のレーザーを避け、同時に上体を屈め、飛び際を狙う4筋目をクリア。
前屈姿勢から空いている右腕を横に伸ばして着地点を狙うレーザーをよけながら床を叩き、その反動で半回転して体勢を立て直す。
真正面からのレーザーを屈んで避け、そのまま走る。
続けて前方にX字に照射されるレーザーは、踏み込みを半拍遅らせてタイミングをずらして躱す。
前はこの2筋のレーザーが交差する部分を飛び越そうとしたら、飛び際を真正面から狙われ、かろうじて上半身を反らして躱したが後が続かず、結局後退せざるを得なかった。
今度は、踏み込みのタイミングを遅らせてみる。
うまくいったと思うのも束の間、今度は逆に後ろ足を狙われた。
同時に、さっきと同様に真正面からも牽制。
「ちぃっ!!」
 一歩飛び退き、左側へ回り込もうとするが、その一瞬の遅れが、集中攻撃の雨を降らされることになる。
やむなく、射程外へ逃れるしかなかった。
「・・・くそっ!」
 かなり息が上がっていた。
先程の戦闘のダメージがジワジワと効いてくる。
頭がふらふらした。
「諦めなよ。もうバテてるじゃん」
反論できない。
確かに、バテているなと自分でも思う。
勝てない・・・。
久しぶりに味わった絶望だった。
しかしこのまま言われる通り引き下がることはできない。
自滅覚悟の特攻しかない。
す、とサーベルを中段に構え、真正面に3号機メインフレームを見据えた。
防御も回避も無視した必殺必中の攻撃。
じりっと一歩踏み出した時だった。
ドカーーン!と凄まじい爆音が扉で聞こえた。
続けざまに2発、3発。
4発目にもうもうと白煙を吹き上げながら、扉が吹き飛ばされる。
「!?」
 ぎょっとしてそちらを振り返ったエイブラハムが見たのは、煙を切り裂き室内に飛び込んでくる黒い体、赤いタテガミ。
シートには迫撃砲を抱えたリズリーが乗っている。
「リズリー!」
「こいつがいなきゃ始まらないでしょ!!」
「ありがたい!!」
 まっすぐに駆け込むルージュ。
それを止めることなくリズリーがシートから飛び降り、同じくエイブラハムもルージュを走らせつつ、ハンドルを掴み、ひらりと飛び乗る。
エイブラハムが四苦八苦して踏み込もうとした距離を、ルージュは一飛びに飛んだ。
「!?」
 レーザーアイがルージュに集中攻撃を降らす。
「ルーをなめるなっっ!!」
 エイブラハムがルージュの首根っこのコンパネをパチパチッと弾く。
するとルージュの両耳からそれぞれ半球状のエネルギーフィールドが展開して全身を包む。
電気にはまだ余裕があったし、一度くらいなら大丈夫だろう。
使用頻度はあまり高くないが、ここぞという時に便利なエネルギーフィールド。
電気を多量に必要とするので、充電式のルージュにとってあまり使いたくない機能であるし、高出力のレーザーは防げないが、あの程度なら余裕で弾けると判断したのだ。
そしてその判断は正しかった。
今までのお返しとばかり、エイブラハムがプラズマソードを最大出力で抜き、ふりかぶった。
「消えろっ!!」
 メインフレームをスパッと縦に一閃。
その一撃で表面から5層分を一気に破壊し、システムの中枢部分がむき出しになる。
色とりどりのケーブル類の向こう側、ちらりと何かしらの培養漕のようなものが見えた。
(あれだ、3号機の本体、アウレス王の脳!!)
もう一撃、と思ったところで、アウレス王も根性を見せる。
先程のレーザーとは比べものにならぬ強力なX線レーザーが襲いかかった。
「!!」
かろうじて左に避け、右半身をかすめたレーザーは、その延長線上にあった壁に穴を開けた。
至近距離からの迫撃砲を3発喰らっても吹き飛ばなかったものに、1発で穴を開けたのだ。
その威力は計り知れよう。
「どういうつもりだ、リズラリッツ=ランツォーラ大尉!」
 3号機のサブオペレータ・・・レイバード=ラ・シークの叱責が飛んだ。
「・・・エイブラハム様とおんなじだよっ。王家の威信が地に伏した今になってもまだ現体制に固執するの?なんかバカバカしーって思ってさ。エイブラハム様が根性見せてくれたから、僕もちょっと頑張ってみよーかなと・・・おぉっと!」
 リズリーの言葉が最後まで終わらぬうちに、3号機からレーザーが彼を射貫かんと放たれたが、ひょいっと首をすくめて避けた。
「平民風情が生意気な口をきくな・・・」
 そう言ったのはアウレス王だった。
「フンだ。その平民風情に情報部任せて安月給でコキ使ってくれるの、どこの誰!?」
「ふん・・・どいつもこいつも・・・。レイバード!!電源全部僕んとこに回して!!」
「・・・警備システムが落ちますが、よろしいですか?」
 控えめに確認するレイバード。
確かにこのとき、彼はサムディを警戒していた。
アウレス王の方に、その認識があったか否かは定かではない。
「構わないよ。二人とも殺す!後継は別にアリサでもいいもの!」
「しかし、総督の造反によりアリサ様の立場は微妙です」
「総督も殺せ、モタビア州軍も全滅だ!陸海空軍全部貸してやるからモタビアもラシーク家が制圧しろ!」
「・・・わかりました」
「兄上っ!!」
 エイブラハムが咎める。
そんなことをしたら世論が黙ってはいまい。
ラシーク家は益々悪しき独裁者とされてしまう。
「・・・なんだ。反省したと言うなら私ではなく王に許しを請え」
「そのような無茶な命令も素直に聞くと申されるのですか!ラシーク家のことを悪く言う者も出ます、どうか家名に傷をつけるような真似は・・・!」
「我が家の家名よりも王家の威信を尊せよ。常識だろう」
「王家への忠誠も結構ですが、一族のことを考えるのが一族の長たるものの務めではございませんか!兄上ならば一族を必ず正しき方向へ導いて下さると信じておりましたのに!」
「・・・無駄だよ、エイブラハム様」
 背後でリズリーが冷たい声で言った。
しばらくの沈黙の後、エイブラハムも吐き捨てるように言った。
「・・・わかってるさ」
 ぐっとプラズマソードを握りしめる。
「兄上も殺さねばならないようです。兄上を殺し私が爵位に着きます。そうすればラシーク家の名に傷がつくことはない・・・」
 実兄を殺して爵位を強奪した弟。
なに、よくある話だ。
どんな大貴族にもそんな血なまぐさい話はつきもの。
『軍神の再来』と畏怖された自分には相応しい逸話ではないか・・・。
「ふぅん・・・見損なったね。兄の命よりも爵位か」
 アウレス王の言葉がエイブラハムの神経を逆撫でる。
「黙れ!忠臣への礼を忘れ我欲に生きる貴様には言われたくない!!」
「我欲なものか。支配者たるべき者が然るべく世を支配していることが、世の安定。世の安定を何より大事に思うおまえの兄の崇高な精神がわからぬか!」
「・・・3号電算機のフル稼働準備、完了しました」
 アウレス王とエイブラハムの間で繰り広げられる喧々諤々の応酬にも聞く耳もたないといった感じで、レイバードは至極事務的な口調で言った。
逆にその態度が、レイバードの決意の固さを物語るようだった。
「ありがと。始めて」
「了解」
 ひゅぅうん、と今までとは違う稼働音を響かせる3号電算機。
ルージュのハンドルを掴む右手が汗で滑った。



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