HEAVEN 3
クロスライン
 白い人影が、天から舞い降りるようにして現れた。
「ソル――?」
 そこは、救急病院の一室だった。
 ソル=バッドガイが半死半生の状態で担ぎ込まれたという電話があったので急いで来てみたら、やっぱり本当だった。カイ=キスクは驚いて、ソルのベッドに駆け寄った。
「ソル! ソルっ。……ソル――?」
 まわりには誰もいない。
 忙しい救急病院の医師達は、他の重病人の手術に出払ってしまっている。ソルは応急手当を受けたまま、寝かされて次を待っているような状態だった。
 ソルは上半身裸で、そして包帯でぐるぐるまきになっていて、いかにも痛々しいふうに見えた。
 ソルの顔に触ると、ぴくり、と反応する。
「ソル……良かった。無事だったんですね」
「うっせえ、勝手に人を殺すな」
 と、ソルは目を開く。
「いったい、どうしてこんな大怪我を……?」
「仕事に失敗したんだ。それだけさ。……でも、運悪く通報されちまって、こうして病院に担ぎ込まれたってわけだ」
「――運、悪く、ですか?」
「あぁ。坊やも、もう知ってるだろうけど、俺はギアだ。――病院で身体検査なんか受けた日にゃ、速攻で実験室行きになっちまう。そいつだけはどうしても避けたい。だから、病院はオレにとって無用の長物ってわけ」
「あ、そうか……」
「――で、もうここから脱出したいんだが、まだこのザマでね。坊やに来てもらったのは、逃げるのを手伝ってほしかったから、だ」
「わかりました。でも。ねえ、ソル。――これは『貸し』ですよ」
「ナニ言ってんだ。俺の貸しはあと幾らあるのか覚えてるのか?」
「今までの借りを『全部これで支払う』っていう条件つきなら、私は手伝います。いやなら実験室にでも刑務所にでも、好きな所へ行ってくださいね」
 カイは、真剣だった。ソルに貸しができるなんて滅多にないことだったから。
「じゃ、貸しは一回分だ」
「一回だけですか?」
「不満そうだな」
「全部帳消しでないと」
「ふうん。それじゃ、本当にもう二度とヤらなくても坊やは満足なんだな?」
 にやにやと、ソルが笑った。
 カイは、そこまでは考えていなかったので、一瞬言葉に詰まる。
「そ……それは……その……」
 ソルが、ぜんぜん、消えていなくなってしまったら。
 ――二度と会えないとしたら。
 ――いや、だ。
 ――きらい、なはずだったのに。
 ――こいつは、いつのまにか、ずかずかと遠慮なく人の中に入り込んできて、そのまま、居座ってしまった。
 ――だから、もう、ソルなしでは考えられない部分がカイの中にあるのを、カイは今更ながらに思い知らされる。
「でもっ……」
 ぶんぶんとカイは頭を横に振った。
「毎日続けて、というのは、もう、イヤなんです!」
「じゃ、たまになら良いんだ?」
 ……そういうわけで言ったのではないのだけれど。
 ソルの腕が、カイに伸びる。
 ぐいっと引き寄せられて、ソルの舌がぺろりと耳朶を舐め、そのまま唇まで移動する。
「ん……んっ」
 唐突な、言葉一つない、深いキス。
 カイを手玉に取るための、ソルの方便。
 ――そんなことは、カイもとっくに気がついていた。
 の、だけれど。
 もう馴らされてしまって、逃げる、など考えもつかなかった。
 カイの唇の端から溢れ出した唾液が、雫になってぽとりと落ちる。
 やっと解放されてから、カイはソルの首筋に冷たいキスを軽く振らせた。
「それじゃぁ、一回ぶん、でいいです」
「交渉成立、だな」
「わかりました」
 カイは、ソルに手を差し出す。それから、肩を貸すと、その脱出を手助けした。

 †

 ソルの定宿まで戻ってきて、ソルのベッドの上にソルを寝かせて、これで任務完了だな、とカイが思っていると。
「おい、ちょっと待てよ」
 ソルがカイをもう一度引き寄せて今度は首筋に舌を這わせる。
「あの〜、ソルさん? 一回無しって、さっき約束しましたよね。だから、今日はもう……」
「一回無し、ってのが今日だって約束なんざしてねーぜ。明日じゃないのか?」
 惚けながら、ソルは、カイの襟元をはだけさせて、首筋を舐めていく。
「……っ!」
 ぴくん、と敏感に反応して、カイの息があがりはじめた。
「服、脱げって」
 カイの金色の髪の毛に、ゆっくりと指をからめて。その耳元で、甘がみを混ぜながら、意地の悪い言葉を投げかけるソル。
「でも、さっき、しないって約束しましたよね、ソル?」
「俺は怪我人なんだぜ。あんまり細かいことさせんな」
 髪の毛を弄んでいたソルの指が、耳朶に移動して、ゆっくりと首筋を撫でてから、背中に軽く爪をたてて下へ。それからカイのズボンの前に来て、そこをくすぐった。
「っ……!」
 カイの身体が、ぴく、と震えた。
 ちょっとだけの刺激なのに、カイの身体は、自分でもいやになるくらい、よくなってしまう。くすぐられているうちに、カイの指は、自分の意思とは無関係に動いた。
 上着の前を自分で解いて、ソルの上にあがる。
「こっちは?」
 と、ソコを強く弄られはじめると、指先がかっと熱くなってきて。
「ソル……。あ…うっ」
「早く脱がないと気持ちよくなれねーぜ、カイ」
「ん……」
 自分でも何をしているかよくわかっていない。
 けど、ソルに言われたから。
 と、言い訳がましい思考のもとに指が動いて、するすると布の擦れる音が続く。――いつのまにか、カイは、自ら脱いでいた。
「後ろになって、4つんばいになれ」
 動くのが辛いのか、命令ばかりするソルに促されてカイは姿勢を変える。――ソルは、カイの細い腰を掴み、太腿に舌を這わせた。
 太腿への、優しいキス。
 それから、舌はだんだん、上の、中心のほうへと登っていく。
 ソルがカイのを口内に導き入れると、カイの身体は、たまらずにびく、と跳ねた。
 ソルの指が、中に潜り込んでくるのにも耐えながら、たまらなく熱くなっていく。声も、腰も。
「あ…くぅっ…あ…」
 声を呑み込もうとしても、無駄なのはわかっているけれど。
 つい、やってしまう。
 そして、声を呑み込もうとすればするほど、ソルの攻めは激しくなって。
「や……もう・やめ……ああぁっ!」
 問答無用、で、昇り詰めさせられ、カイが出したものを、ソルは全て呑みこんだ。呑まれているのが解ると、ひどく熱さが増して行って、とまらなくなってしまう。
 そして、ソルはとまるのを許さなかった。
 ――最後に、また、大きく跳ねた身体を、ソルの腕が促して。
 二人は、普通に横になった。 
「お前、全身真っ赤になってるぜ。わかるか?」
 カイは、まだ細かく震えながら、荒い息をついて。そして、こくりと頷いた。
「で、これからどうすれば良いかもわかってるよな?」
 ゆっくりとその背中を撫でながら、なぞなぞをするソル。
「どうって……?」
「上になれ」
「いや……、あ、……くッ!」
 ぎゅ、と柔らかい場所を掴まれて、カイは悲鳴をあげた。
「もう一度言わせたいか? それとも、まだ足りねーのか?」
「あぁっ……も、やめ……わ……ったから……」
 そして、仕方なく、カイはソルのいうことを聞いた。
 でも、自分から動く、なんて、とても無理だ。
 ――そう思っていたら、ソルの屈強な両腕が腰を掴んで無理な動きを強い始める。
「――く……あ、あぁあッ!」
「やれやれ、坊やはやっぱり坊やだな」
 ソルに、無理矢理、揺さぶられているうちに、掴まれた腰は、意思と関係なく動き始めた。

 †

「――結局、いつもと同じだったな……」
 ことことと、鍋を煮詰めながら、カイは悪夢のゆうべを思い出していた。怪我人だとか言いながら、ソルは、そのあと普通の体位も無理なくこなしていた。
 なんでそんなやつにオートミールなんか用意しているのか、自分でもよくわからないけれど、とりあえずは怪我人なのだから、放っておいて帰るというわけにもいかなかった。
「なぁ、カイ」
 いつのまに起きてきたのか、ソルが鍋を覗きこみながら声をかけてくる。
「今時、そんなもん食うヤツいるか?」
「え……? でもこれは、貴方の、ですよ、ソル」
「なんで俺が粥なんか食わなきゃいけねーんだ? どうせなら肉食わせろ、肉。」
「そんなこといったって、その身体じゃ……」
「あぁ、あの怪我……」
 と、ソルは包帯をするするとはずす。もうそこには怪我もなんにも残っていなかった。
「やっぱり、もう治ってる」
「……!? いったい、どういう身体をしてるんですかっ?」
「だから、いっただろ、俺はギアだって」
「昨日病院にかつぎこまれたばっかりなのに!?」
「お前のおかげで、具合が『よく』なったみたいだな」
 ソルは、いらないと言ったはずなのに、程よく煮えているオートミールを鍋からスプーンですくって、ぱくぱくと食べ始める。
「え……? 私は、なにも……」
 なにか看病したっけ。
 でも、ソルは喜んでくれたのかな、なにか良いことしたのかな? と、ちょっと顔を赤くするカイ。
「公儀なんかやめて『よくなります』って看板の店で働く方が向いてんじゃねーの?」
 朝っぱらからバカを言う男の横ヅラに一発Pを入れて。
「さよならっ!」
 カイはソルの部屋を出ていった。

 でも、やっぱりソルがいなくなると困るのはカイで。

 どう困るっていわれても困るけれど。
 ギア倒してもらって助かっているし。
 決闘の決着もまだついていないし。
 ――いつのまにか人の中にいすわってるし。

 ソルはと言えば、べつにお礼なんかいわなかったけれど、カイの作ったものは有り難く頂戴していた。

 夕方、カイがここに戻ってきた時には、この部屋の主はまた戦いに出てしまっていなかったのだけれど。
 きれいになくなっている鍋の中身、を見てカイは嬉しそうだ。
 それから、手書きのメモが残っていた。
 有難う、とでも書いてあるのかと思ったら。
「――肉。」
 と、ただ一言、それだけ。
 ――なんであんな男の世話をやいてるんだろ。
 カイは頭を抱えてしまう。
 でも、やっぱりお肉を買いにいっちゃうのかな、いやだな、と思っているうちに、もう足が動いていた。
 病院にかけつけた時と、同じように。

 ――なんかへんなソルでごめんなさい。さようなら〜(逃走)。

Last update- 0/ 8/30