榊雷輔様から頂いた小説

「だから、何故に貴方はそうなんだっ!?」
 5年振りに会ったかと思えば、相も変わらず噛み付いてくるカイ=キスクを、うっとうしそうに右手の平を振って払い除ける仕草をするソル=バッドガイ。
「あー、うるせぇな。今度ぁ何が気にいらねぇんだ坊や」
「仮にも人類の至宝である封炎剣の扱いの事だ!」
 闘技場外の池のほとりで一服しようと煙草に火を付けた所を見咎められたのだ。
 長くなりそうな説教は聞き流すに限る――ソルは腹を決めた。
「第一、剣を地表に引きずってエネルギーを蓄積させる等という行為自体、宝剣に対す」
 不意に台詞が途切れたのと、大きな水音がしたのは、ほぼ同時だった。
 驚いて振り返ったソルが目にしたのは、池に広がりゆく水紋のみ。口やかましい剣士の姿は無かった。
「カ、カイ・・・?説教たれながら落ちたのか・・・?」
 なんて間抜けなんだ、と思った次の瞬間、勢いよく水面が跳ね上がり、美しい女性が現れた。
 ソルは息を呑んだ。女性には見覚えがある。髪を使う暗殺者、だったはずだ。一瞬で事態を把握出来た。
(引きずり込まれたんか坊やは!?)
 その美女は、神秘的とも妖艶とも言える微笑みをたたえながら、語りかける。
「貴方が今落としたのは、性格:おらおらのカイ=キスクかしら?」そして、足元(水面だ)から、黒衣のカイを引っ張り出した。
 この黒カイ、頭には一対の兎の耳が付いている。その上、超が付くほど気の強そうな真紅の瞳で、ソルを睨むのだ。
「それとも、こっちの性格:あはーんのカイ=キスクかしら?」次に引き上げられた青い戦闘服のカイは、頭に白い猫耳を付け、弱々しい碧眼で、上目使いでこちらを見ている。
「さぁ、どちら?」
「・・・」
 どちらと言われても。
 ・・・とりあえず、二択を無視して答えるとする。
「・・・普通のカイ=キスク。」
「ま!正直な男ね。」
 とは言いつつ、特に感心している様子も無く、美女が言い放った。
「そんな貴方には、常時殺界発動可能な黒カイ=キスクを。」
 そんな言葉とともに差し出されたウサギの耳のカイは、ソルの正面に来るなり、うなりを上げて威嚇し始めた。
「いいから普通のを返せ普通のを。」
 ソルの、心からの言葉であった。
「それじゃあこっちの、ちょっぴりシャイな青カイ=キスクを。」
 次に引っ張り出された猫耳のカイは、大きな碧の瞳いっぱいに涙をにじませ、小刻みに頭を震わせてソルを拒絶している。
「うっ・・・うーん。」
 何故か即答出来ず、ソルは唸った。
「俺ならどっちでも良いけどな!」
「なにぃ!?」
 背後から突然聞こえた調子の良い声に、思わず振り返った先に居たのは。
 紺色の袴に上半身裸、白い鉢巻きに丸眼鏡。不敵な笑みを浮かべた口許・・・
「・・・踊り屋・・・」
「御津・闇慈と呼べーい!」
 調子良く声を張り上げ、扇で顔をあおぎながら、闇慈はソルの横まで進み出てきた。
 いぶかしがるソルを後目に、女に話し掛ける。
「白いのはいねえのか?」
 女は、ほほほと笑うだけで答えない。
「一人一匹よ。」
「だとよ。」
「待てコラ」
 思わずソルは声を上げる。
「カイがそんなに何匹も居てたまるか。」
「んん?たった一人のカイ=キスクを独り占めしてえんだ?」
 一瞬言葉に詰まりつつ反論。
「そういう問題じゃねえだろ。」
「選ぶ気が無ぇんなら帰んな。」
「・・・てめえ。」
 にやにやと笑う闇慈を睨み付け、2匹のカイに目線を移すと。
 女の足下に座り込んでいる2匹が、揃って同じ方を見つめている。
 真剣に見つめるような、見とれるような眼差し。
「・・・?」
 そろりと目線を辿ると、闇慈の胸板の辺りに行き着いた。
 女も2匹の様子に気付いたらしく、ソルと顔を合わせる。
(筋肉だ)
(筋肉だわ)
 そう言えば、カイは昔から、鍛練を重ねてもなかなか育たない自らの筋肉と周りの騎士達の筋肉を見比べ、よく溜め息をついていた。彼なりに劣等感を抱いていたのだろう(身長と共に)。
 上半身素っ裸の闇慈は筋骨隆々で、身長もソルよりやや高い、か。
「ん〜?そんなに見んなよ。照れんじゃねーか。」
 兎のカイは闇慈に頭をごしごしと撫でられると、そこで我に返ったようで、顔を赤くしながらきまり悪そうな表情を作った。
 やばい。
 ソルは瞬間に悟った。
 このカイ達にとっては、闇慈の方がポイントが高いらしい。
 筋肉量に関してはソルの方が遥かに高いのだが、上半身裸であるためにあちらの方が筋肉が目に付きやすい。
(しまった・・・って、何考えてんだ俺はー!?)
 一瞬でも闇慈と真剣に張り合おうとした自分に気付いてしまい、思わずソルはしゃがみ込んで頭を抱えた。
「何やってんだ?なんなら俺がどっちももらっちまうぜ?」
 闇慈がとぼけた表情で、そんなソルを見下ろしながら言い放つ。
「一人一匹、よ。」
 女が釘を刺す。
「この兄ちゃんの分、てことで。」
「駄目。」
 二人のやり取りが続く中、ソルは独り苦悩していた。
(この野郎に2匹とも持ってかれんのはむかつくし・・・つーか、一匹でももらったところで処置に困るっつーか、そもそもこいつら兎に猫だし・・・本物のカイを押し付けられても あの坊やまた説教始めそうだ・・・だがまかり間違ってこの野郎に本カイが渡されようもんならうぅ。この兎と猫だって、さっきの反応見る限りじゃ、俺の手に渡った瞬間に殺界発生 喰らわしそうだよなぁ。かといってこの野郎があぁ・・・)

 そのころ池の対岸では。
 なんとか自力で美女の捕縛から逃れたカイが、ずぶぬれのまま、腕を組み、引きつった笑みを浮かべながら、事の成りゆきを静観していた。

終わり