第二章
| (背水の陣……なんちゃって) アレフはぼんやりとそんなことを考える。その隙にも、狼は一歩一歩近づいてくる。 「喰われるのが嫌なら……」 アレフは考えるのをやめて、声に出して呟く。 喰われるのが嫌なら。だとしたら、選ぶべき道はただひとつ。 「飛んでみるしかないじゃないか……っ」 言うが早いか、アレフは向こう岸に向かって飛び出した。 ガッ、と音をさせてギリギリのところでアレフは対岸の地面に手をかけ、片手だけでぶら下がった。狼はそれを見やって、数秒そこに立ち止まってたかと思うと、すぐに退散していった。 「狼はこれでよし、と……」 アレフは思わず呟くが、どうにもそこから上に上がれそうにない。もう片手を伸ばしてはみるものの、地面に手が届かない。 「やばいんじゃないの、これって」 時と場合を考えなければ呑気とも思える科白を、それでもアレフは必死で呟く。ここで呟くことさえやめてしまうと、道がなくなるような気がするのだ。 「下から……すっごい勢いで風が吹き上げてくるとか」 アレフが思わず呟いた、その瞬間。 息が詰まるほどの勢いで風が吹き上げ、その勢いでアレフの体が宙に舞った。 「う……っわ」 その中でうまく体勢を整え、アレフはなんとか地面に両足を乗せることに成功する。 「ひー、あぶなかったあ……」 これは絶対あとでソルに報告だな、などと呟きながら、アレフがそれまで全ての体重を支えていた腕をさすった、そのとき。 「あら……出てくるんじゃなかったかしらね」 聞こえてきたのは、アレフと同い年くらいの女の子の声。アレフは顔をあげた。 「あなたって精霊使い? 久しぶりに見たわ、精霊を操るところ」 そう言ってにこやかに笑う少女の……その耳。 「キミも……もしかして」 アレフは思わず目をみはった。 「そうよ。あたしはハーフエルフのレイネ。あなたとはお仲間みたいね」 アレフの驚いた顔をにこやかに見つめて、少女……レイネが自己紹介する。 「俺はアレフ。レイネはなぜこんなところに……? 誰かと一緒なの?」 「あたしは独りよ。森に住んでるの、今も昔もね。そういうあなたはどうしてこんなところに? 森には慣れてないみたいだけど」 「俺……俺の大事なソルが、ハンターに捕まって、それで……」 「ソル?」 「俺の、兄貴みたいな人なんだ」 「そう……」 レイネはそう呟くと、微かにうつむいた。 「どうしたの? レイネ」 アレフはその顔をのぞき込むかのようにして見ながら、そう尋ねる。 「あたしにも兄さんがいたわ……もう、死んじゃったけど」 レイネは顔をあげて、ごめんねと呟く。その顔に、哀しげな笑みを浮かべて。 「アレフはソルを助けに行くのね。あたしも手伝ってあげようか?」 いきなりと言えばいきなりなレイネの発言に、アレフは一瞬なにを言われたかわからずに沈黙して……その後、呆気にとられて黙り込んだ。 「あのねえ……レイネ」 暫くしてから立ち直ったアレフは、ひきつった声で教え諭すように返事をした。 「遊びに行くんじゃないんだよ、わかってる?」 「わかってるわよ。ハンターの根城に行くのよね」 直後に返ってきたレイネの言葉に、アレフはまたしても言う言葉を失う。 「だからねえ……遠足とかとは違うんだよ?」 「わかってるってば。あたしも姉さんが捕まってることだし、ちょうどいいじゃない?」 またしても直後に返ってきたレイネの言葉に返事をしかねて……今度は別の意味で絶句する。 「これで姉さんを救い出したら感謝されるわけだしー。一石二鳥ってやつよね、まさに」 うんうん、とレイネは一人で納得する。その肩を、アレフががしっとつかんだ。 「おねーさんが捕まってるの?」 よろよろ、といった感じでアレフが問う。 「ええ、そうよ」 「助けようとか思わなかったの?」 「あたしの家では、自分のことは自分でしなさいってのが方針だったのよね」 「そんで今になって助けに行くの?」 「もっちろん。一人じゃ淋しいし頼りないけど、二人ならなんとかなるでしょ」 「……レイネなら一人で大丈夫そうだよ……」 「えー? なにか言った?」 「いいえ、なんにもっ」 アレフは、はあああああっ、と深く溜息をつく。 確かに一人だと淋しいってのはわかる。それは嫌と言うほど味わったから。 だがしかし、である。 「俺ってもしかしてカモネギ状態……?」 「アレフって鴨だったの?」 ふと呟いた独り言に的外れな返事を返されて、アレフは更に脱力した。 「仕方ないっかー……」 ここで逢ったのも何かの縁、である。アレフはそう思うことにして、観念した。 (旅は道連れ、とも言うし……) 「一緒に行こうか、ハンターのとこまで」
……光坂、第七回……
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