第四章
| 「帰る場所?」
ソルは暗い声で問い返した。 「いったいどこへ帰るというのです……」 フィーユの死を知らせるために、一度はあの街に帰らなければならないだろう。だが、その後、ソルは街を出る気でいた。自分のせいでフィーユが死んだ。それなのに、一体どんな顔をして、街で暮らしていけるというのだろう。 自分のような者が人間と一緒に暮らしていれば、いずれは迷惑がかかる。所詮、ハーフエルフと人間とは、相容れないもの。共存するためには、距離が必要なのだ。物理的にも、精神的にも。 「……あなたはどうするんです?」 「この子と……妹と共に、森に帰ります」 ソルが尋ねると、セレネはそう言いながら視線をレイネへと転じた。まだ目覚める様子はない。だが、顔色は良く、安らかな寝息を立てている。 「一度は死んだ身。こうして生き残ったことも何かの運命。妹を守り、静かに生きていこうと思っています」 静かな口調で、セレネは続けた。 「それが……わたしに出来る唯一の罪滅ぼし。ただ見ていることしか出来なかったわたしの……」 セレネはゆっくりと目を伏せた。 海からの風が、彼女の髪をなびかせる。 言葉の意味を問おうと、ソルが口を開きかけたとき、ふと、背中に悪寒を感じた。 「…………?」 振り向くと、積み重なった瓦礫の上に、一人の女性が立っていた。 「ね……姉ちゃん?」 傍らで、レイネの側にしゃがみこんでいたアレフが、唖然として呟いた。 間違い無い。そこには、フィーユが立っていた。月明かりに照らされ、静かな視線をこちらに向けている。 「い、生きてたの……風は何も教えてくれなかったのに……?」 アレフは信じられない様子で、フィーユをじっと見詰めている。 ソルは何も言わず、同様にフィーユを凝視した。確かに、そこには彼女がいる。顔立ちといい服装といい、先ほどまでとまったく変わらない姿でたたずんでいる。だが、それならば、あの悪寒は何なのか。フィーユ相手に、そんな感覚が起こるはずも無い。 「生きていましたよ、もちろん」 唐突に、フィーユが口を開いた。 「まったく、あなたは大した人です」 「あいつ……!!」アレフが叫びを上げた。言葉を聞いて、瞬時にして悟ったらしい。 「姉ちゃんの感じはあの時、完全に消えちゃったんだ!! おまえは姉ちゃんの格好してるけど、姉ちゃんじゃない!!」叩き付けるように叫ぶアレフに、フィーユはつまらなそうに目を向けた。その目を見て、ソルは確信した。彼女はもう彼女ではない。 「……貴様、どこまで人を馬鹿にするつもりだ……」 ソルはフィーユ、否、フィーユの外見をした彼を睨み付けた。 「いえ、ちょっと体を拝借しているだけです。これが最も効率が良い方法だと思いまして」 声はフィーユの声であるのに、口調は青年そのものだった。青年は、瓦礫から降りると、ゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。 「城だけを消滅させ、自分たちには被害が及ばないように力を制御するとは……さすがですね。この体も、どこにも傷は見当たりません。ちなみに、ナイフの傷は私が直しましたが」 「おまえ……おまえ、一体、誰なんだ!!」アレフがこぶしを握り締めながら怒鳴る。その声には微妙に恐怖が含まれていることに、ソルは気がついた。自分の想像をはるかに超える、明らかに自分たちとは異なるものへの恐怖心。それは、払おうと思ってもどうしても払いきれるものではないようだ。 「私は精神を分離する術を身につけました」 アレフなど眼中に無いように、彼はじっとソルを見つめながら続けた。 「精神分離だと……?」 「そう。人間にも、エルフにも備わらない力を求めた結果です」 「……………」 「お気づきでしょう。あの忌まわしい『ハーフエルフ最悪の日』を引き起こした張本人たち。私はその中の一人です」 「…………!!」「あの日、私たちは究極の魔法を編み出そうとしていました。すなわち、生きとし生ける者すべての望み、永遠の命を得る方法です。ですが、神の怒りに触れたのか、魔力は暴走。その余波は全世界に広がりました。そのあたりのことは、あなたもよくご存知でしょう」 喋っている事の重大さとは逆に、彼の口調は淡々としていた。ソルは彼の言葉に、思わず一歩退いた。 「その場にいた者たちは、私を除いて全員死にました。いえ、ある意味では、私も死んだのです。肉体のほうは、とっくの昔に無くなってしまいましたからね。ですが、私には清新分離という術が備わっていた。その理由は分かりませんが、そのおかげで、こうして生き残ることが出来たのです」 彼の歩みは止まらない。徐々に近づいてくる青年に、ソルは心底恐怖を感じていた。無意識のうちに、一歩、また一歩と後ずさりしてしまう。 「こうして肉体を取り替えつつ、精神分離を続けていけば、私は永遠に生きることが出来る。でも、ただ生き長らえるだけではつまらない。そこで、あなたの力が必要なのですよ。ハーフエルフ王のご子息、ソル王子」 「…………!!」先ほどまで息を呑んで成り行きを見守っていたアレフが、再び息を呑み、ソルを見やった。視線を感じながら、ソルは何も言わずに青年を睨み付けた。 「残念ながら、私にはあなたほど素質が無い。いわゆる生まれ持った力というやつです。そこで、その力を解放してもらおうと思ったわけです」 「……力を得て、何をするつもりだ?」 後退しようとする足を、何とか繋ぎ止めながら、ソルはやっとのことでそれだけの言葉を吐き出した。 「復讐です。人間を根絶やしにします」 恐らく、このような言葉を口にしたのは初めてだろう。青年の意志により、フィーユの端麗な口から、恐ろしい言葉が発せられた。
……亮、第十八回……
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