忍足は電話を待っていた。
時間がないというなら、百歩譲ってメールでもいい。
しかしもうしばらくすれば日付が変わろうとする時間になっても、忍足の携帯はうんともすんとも言わなかった。
かと言ってこちらからかけるのは、それはそれで催促してるようで気が引ける。というか、寂しい。
まさか本当に忘れているのでは……と忍足が苦悩していると、やっと待ちかねたメール着信のメロディが鳴った。
『タイトル:Happy Birthday!
 (本文はありません)』
って、こんだけかい!
思わず携帯相手に突っ込んでしまう忍足だった。
今まで、どんな他愛のないことでも、本文にメッセージが入っていなかったことはない。
一言ですむような返事でも、ちょこちょことしたオマケみたいにメッセージが入っているのが常で、それがやけに気になった。
少し思案して忍足は携帯の短縮を押す。
ワンコールも鳴らないうちに菊丸の慌てたような声が聞こえた。
「もしもしっ」
「ああ、俺や。メール見たわ。おおきにな」
「あ……うん」
やはりおかしい。
声を潜めているのは、この時間で同室の兄をはばかってというのもわかるが、それにしても声自体に覇気がない。
「菊丸」
「んー?」
「どうかしたん? なんや元気ないみたいやけど」
「うう……だって……」
「なん? 聞こえんて」
「うー…うー……だから……忍足ごめーん!」
いきなり謝られて忍足は仰天した。
「な、どしたん? 急に何誤っとんの」
「だってー、どうしても決めらんなかったんだもん!」
「……とりあえず落ち着き。な? ゆっくりでええから説明してや」
そうして説明されたのは、なんとも可愛いことで、それだけで忍足は今までメールがこなかったのも、最近会えないのも、今日の部活で言われた榊の嫌味さえもすべて帳消しにしてもいいと思った。
要約すれば、プレゼントを用意するはずだったのに、肝心のプレゼントをなんにするか決められなかった、と。
「すっごいすっごーい考えたんだよ? 一ヶ月前からずっと考えてて、手塚に毎日グランド10周させられるくらい考えたんだけど、どうしても決まんなかった……」
菊丸の声は段々とまた小さくなっていく。
そのために小遣いだって貯めたのにと。
「不二に相談しても『英二にリボンかけてあげちゃえば』とか言うしさー。そんなベタなのヤじゃん!」
「や……めっちゃ嬉しいけどな」
なにしろ『まだ中学生だし』といまだに可愛らしいキス以上はお預けをくらっているわけだし。
「ダぁメ!」
まだ先は見えないなと、忍足はほぼ無意識に右手を握ったり開いたりした。
しかし次に続いた言葉は……。
「いつかは忍足と絶対するんだから、そんなの前渡しみたいにあげてもズルっぽくてヤだ。なんか値切ってるみたいじゃん」
「……値切り……」
「とにかく、それはなんか負けたみたいで嫌だから却下なの! でも……」
それ以外のものがみつからなかった、と。
「……あんな」
健全な青少年としては、この機会に菊丸を丸ごと『いただけ』なかったのは確かに残念だった。
しかし、そんな覚悟はとっくに決めている。
菊丸は忍足が初めて身も心もどっちも欲しいと思った相手なのだから。
菊丸自身がちゃんと忍足と同じ気持ちに成長するまで待つと、最初に拒まれた後に腹をくくった。
(それに『中学生だし』が断り文句なら、年単位では待たされないだろうという打算もある)
だから……。
「俺、めっちゃ嬉しかってんで?」
「え?」
「じぶんが一番好きてテニスに支障でるくらい俺のこと考えてくれてんやろ?」
「……うん」
「プレゼントて、物もらうんが嬉しいちゃうやん。まあ、物自体も嬉しい言うんはあるけど、それだけやのうて、そんだけ自分のこと考えてくれるっちゅうんがいっちゃん嬉しいんちゃうのん?」
「うん……でも……」
まだ思い切れないのか、口ごもる菊丸に忍足は電話口で小さく笑った。
「せやったら、じぶん、今度の完全休みいつ?」
「え? ……えと、来週の日曜なら練習もないけど……」
「したらその日は俺だけの日ぃにしたってんか」
「ほえ?」
「やから、その日は俺んち来て、ビデオぎょうさん借りてもええし、なんもせんでもいい。携帯も切って俺だけのじぶんになったって」
「…………」
「ほんで気ぃすむまで二人きりでおったら、その後で一緒にプレゼント探しに行こや。な?」
「……ん」
やっと菊丸の声が明るくなった。
照れた笑みを浮かべる菊丸が目に浮かんだが、声を聞いているせいもあって、想像だけではなく本物の菊丸に会いたくなった。
「ああ、そや」
「ん? どしたの?」
「あんな、会った時なんやけど、笑っておめでとうて言うて。それが一番嬉しいプレゼントなん」
「………………忍足って」
「ん?」
「……タラシくさい」
忍足は今度は声に出さずに笑った。
「おおきに」
「うー……」
最初言われた時はとっさに何が言われたのかわからないほど驚いたこの言葉も、じっくり時間をかけて菊丸と付き合い、話を聞いてみれば、要はドキドキするということらしい。
男である菊丸が、同じ男の忍足にドキドキする(ほど格好いい)というのは、まだプライドが邪魔をして素直に言えないということだ。
「ほんなら来週の日曜、絶対やで?」
「ん。絶対。約束。……あ」
「どしたん?」
「忍足は来週の日曜大丈夫なの? 氷帝も練習休み?」
「ああ、問題ない。大丈夫や」
今週末に予定されているコート整備を来週に延ばすよう画策することくらい、忍足には朝飯前だった。
「よかった〜。休み合うの久しぶりだね」
「そうやな。今から楽しみや」
「俺も!」
「ほんなら明日も朝練あんねやろ? そろそろ寝よか」
「うん。じゃ、おやすみ」
「おやすみ。またな」
「あ……」
「……なん?」
「えと……誕生日おめでと。そんで……あの……」
最後につぶやくように言われた言葉は、本当に聞き取れないくらい小さい声だったが、忍足の耳は逃すことなくバッチリと聞き取った。
頬が緩む。
「そんじゃ、おやすみっ」
慌てて切られてしまった携帯に向かって、忍足は溶けそうな笑みを浮かべて「俺もや」と囁いた。


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こんな忍足君に私からの誕生日プレゼントとして、ひとつのことわざを贈ろうと思います。
武士は食わねど高楊枝。