手塚は辟易していた。
今は昼休み。
だが弁当を広げる余裕もなく、昼休みが始まった直後から女子生徒の応対に終始している。
今日は手塚の誕生日である。
祝ってくれるという、その心持は嬉しいと思わなくもないが、こう引っ切り無しでは落ち着くときもない。
「てっづか〜」
その時教室の入口から聞き覚えのある声がした。
「やほ〜」
そちらを見れば同じテニス部である菊丸がニコニコと手を振っている。
菊丸は自分の教室でもないのに臆する事もなく入ってきて手塚の側まで来た。
「手塚、もう昼飯食った? っていうか、今日弁当?」
「……ああ」
突然の乱入者に、周りを囲んでいた女子達も少し距離を持って様子を伺っている。
「んじゃさ、一緒に食べよ?」
と手塚の腕を取って立たせる。
周囲の女子が残念そうな声を上げると、菊丸はにっこりと笑って手を振った。
「ごめ〜んね? ちょっと手塚借りるね〜。みんなも早くお昼ご飯食べないと時間なくなっちゃうよん」
いつもの菊丸にしてはやや強引とも言える素早さで、そそくさと手塚を連れて教室を出る。
珍しく二人で廊下を歩く。
菊丸はいつでも誰か側にいて、こうして手塚と二人で歩くことなど滅多にない。
少し不思議な気がした。
「……助かった」
「へへ、ホントは俺も声かけづらかったんだけどね。手塚困ってるみたいだったからさ」
笑いながら歩きながら顔だけを手塚に向けて自分の眉間を指差す。
「『手塚の眉間の皺がいつもより0.3mm深かったからね』……バ〜イ乾風。なんちって〜」
あははと笑う菊丸に少し複雑な心中ではあったが、とりあえず礼を言うと、水臭いと笑って怒られた。
「手塚、ああいうの苦手そうだもんにゃ〜」
「……確かにな」
「あ、そんじゃさ、感謝の気持ちあるなら弁当交換してくんない?」
「……なんだそれは」
「今日はな〜んか、いつも食べてない味が食べたい気分なんだよね〜」
「不二か大石に言えばいいだろう」
「二人のはいっつも食べてるもん」
「……そうか」
確かに菊丸はその二人と仲がいい。
菊丸が二人におかずをねだるというのは容易に想像がついて納得した。
その想像に多少の不快感が伴ったのは、敢えて無視をすることにする。
「まあ、かまわないが」
二人は中庭の隅に座った。
ここは教室からはけっこうな距離があるため、居心地よく爽快なわりに人は少ない。
ここならば落ち着いて食事ができそうだと手塚は密かに安堵した。
「やったぁ、んじゃ早速〜」
自分の包みを手塚に渡して、手塚の包みを膝に乗せる。
「おー!」
蓋を開けると菊丸は歓声を上げた。
「すっげ〜、手塚のお母さんって料理上手?」
「そうだな。不味いと思ったことはない」
「あ〜。そういうのダメだぞ。ちゃんと美味しいって思ったら美味しいって言ってあげなきゃ」
手塚のお母さんだって一生懸命作ってんだからさ、と言われれば、菊丸は間違った事は言っておらず、手塚は
「……善処する」
と答えるしかなかった。
その答えにしばらく菊丸は笑っていたが、手塚が食べ始めたのを見て自分も箸をとった。
「……な、どう? 美味い?」
菊丸の弁当は、鰻の炊き込みご飯に、豚肉で紫蘇と梅肉を巻いたものをメインとして、わりとさっぱりしたものが並んでいた。
かといってボリュームがないわけでもなく、菊丸の母親はずいぶんと料理が上手いらしい。
これはおそらく菊丸よりもよほど手塚の好みに合うだろう。
「ああ。美味い」
そう言うと菊丸はほっとしたように手塚の弁当を突付きだした。
「とっかえっこして手塚の口に合わなかったら申し訳ないもんね〜。あ、手塚の弁当もすっげー美味いよ」
食べる合間に他愛のないことを話す。
主に菊丸が話して、手塚が相槌を打つ会話は、ひどく心地いいものだった。
手塚は菊丸と接して初めて、賑やかであるということが、うるさいと同意ではないことを知った。
もっとも、これには多分に私情……いわゆる欲目というものが含まれているだろうことは自覚している。
手塚は内心を悟られないよう普段以上にポーカーフェイスに徹した。
悟られるわけにはいかない。
男に恋情を持たれたと知れれば、きっと菊丸は気分を害するだろう。
気味悪がられるのは自業自得だから仕方ないとしても、菊丸に嫌な思いをさせるのだけは嫌なのだ。
菊丸には笑っていて欲しいから。
想っているだけいい。
こうしてたまに見せる気まぐれを享受するくらいでいい。
自分のこの気持ちは一人密やかに墓まで持っていこうと思う手塚(これでもやっと十五歳)だった。
「ごっちそうさまでっした〜」
菊丸が両手を合わせて箸を置いた。
丁寧に後片付けをして、菊丸よりも先に食べ終えていた手塚の包みと交換する。
「すっごい美味かった。手塚のお母さんに美味しかったですってちゃんと伝えてな」
「ああ。こちらこそ、とても美味かった。母上によろしく伝えておいてくれ」
「……へへ」
なぜだか妙に嬉しそうな菊丸に怪訝な顔をすると、菊丸はなんでもないと笑った。
「ちゃ〜んと伝えとくって。それより、こっからだとそろそろ戻んないと間に合わなくない?」
時計を確認すれば、確かにもう間もなく予鈴がなる時間だ。
「そうだな。そろそろ行くか」
「ほいほ〜い。……あ、そだ」
菊丸は立ち上がりかけて、思い出したように手塚に言った。
「誕生日おめでとう」
「……ありがとう」
万感の思いを込めて手塚は礼を言った。


手塚と別れ教室までの短い道のりを歩きながら、菊丸は浮かんでくる笑みを堪えるのが難しいほど浮かれていた。
弁当交換して一緒に昼ご飯。
なんて口実にかこつけて、こっそり渡すことができたバースデープレゼント。
ずっとずっと手塚が好きだった。
プレゼントが渡したくて、でも実際あげるものを考えたら何をあげていいかわからないし、考えすぎって自分でも思うけどプレゼントを通して『好き』って気持ちがバレそうで。
考えに考え抜いて決めたのがこれだったのだ。
メニューを決めるのにも時間がかかって、実際作るのだって、普段作ってる洋食じゃないから慣れない分手間も時間もかかったけど。
でも考えてる間も、作ってる間も手塚のことを想っていられて楽しかった。
ちょっと乙女入ってるぞ! なんて思ったりもしたけど、好きの気持ちに男も女もないのだと勝手に納得したりして。
でも、この気持ちはバレちゃいけない。
だって、いっくら部を愛しちゃってる手塚とはいえ、チームメイトの男から惚れられちゃってるなんて知ったら、シンキンコーソクなんかおこしてぶっ倒れそうだもんにゃ〜。
だから一緒にテニスができればいいや。と菊丸は開き直ったのだ。
好きって思ってるだけなら誰の迷惑にもならないし。
だから誰にもバレないように。
菊丸はパン!と自分の顔を両手で叩いて気合を入れてから教室に入った。


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