釣りをしていた。
菊丸が釣れた。
なんだかヘラヘラと笑っている菊丸だった。
とりあえず後ろに置いておいた。

釣りを続けた。
菊丸が釣れた。
頬を膨らませて怒っている菊丸だった。
とりあえず後ろに置いておいた。

釣りを続けた。
菊丸が釣れた。
驚いたように目を丸くしている菊丸だった。
とりあえず後ろに置いておいた。

釣りを続けた。
菊丸が釣れた。
ラケットを持って挑むような目つきをした菊丸だった。
とりあえず後ろに置いておいた。

釣りを続けた。
菊丸が釣れた。
もの言いたげな目をしてじっと見上げる菊丸だった。
とりあえず後ろに置いておいた。

釣りを続けた。
菊丸が釣れた。
何かを口いっぱいに頬張って幸せそうな菊丸だった。
とりあえず後ろに置いておいた。

釣りを続けた。
菊丸が釣れた。
どこか遠くを見ている菊丸だった。
とりあえず後ろに置いておいた。

釣りを続けた。
菊丸が釣れた。
にゃーにゃー言ってる菊丸だった。
とりあえず後ろに置いておいた。

にゃーにゃーと言うのは猫なので、菊丸は猫だったのかと思った。
しかし猫は魚が好きなはずで、今まで釣った魚を食べられたらいけないと振り返るとそこには菊丸が一人座って俺を見上げていた。
そういえば今日は菊丸しか釣っていなかったのだと思い出して安心した。
すると菊丸が座ったままで、なんで俺しか釣れないかわかるかと聞いてきた。
わからないと答えると菊丸は、だって手塚が釣りたいのは俺だけだからだよ、と悲しげに言った。
そう言われてやっと得心が行ったが、それならばなぜそんな悲しげな顔をしているのだと聞いたら、それは答えられないと言って立ち上がってどこかへ行ってしまった。
菊丸は夢の中でも不可解だと思った。



ら、目が覚めた。
ひどく不可解な夢を見たと思ったが、夢とは元来不可解なものだと納得するしかない。
だがいつもは覚えていても精々断片的なものしか覚えていないものなのに、今日の夢は妙にしっかりと覚えているらしく、特に最後に見た菊丸の悲しそうな顔が何度も目の前をよぎって落ち着かなかった。
部活前に更衣室に行ったら菊丸を含む何人かが着替えていた。
菊丸の周りには、やはりいつものように人が集まっていて、菊丸はいつものように笑っている。
それを見て、やっと安心したような気がしたのだが、やはりつい菊丸を目で追ってしまう。
「手塚、どうかした? なんか俺ばっか見てない?」
そんなに菊丸ばかり見ていた自覚はなかったのだが、菊丸に問われてしまった。
「いや……」
言葉を濁してみるも、菊丸は納得できないという顔で俺を見ている。
僅かに眉を寄せた表情が、今朝の悲しげな顔を思い出させて、つい夢を見たのだと口を滑らせてしまった。
「夢? 俺の?」
菊丸はきょとんと、鳩が豆鉄砲をくらった顔というのはこういうのだな、と思う顔をした。
そういえば、この顔も夢で見たな。
どんな夢を見たのかとせがまれて、不必要に隠すのは余計に興味を煽るだけだと判断して、仕方なく話し出す。
「釣りをしていたら菊丸が釣れた。にゃーにゃーと言っているので釣った魚を食われたら困ると思ったんだが、……その時は魚が……釣れていなかったので安心したんだが……お前がその……悲しそうな顔でどこかに行ってしまったんだ」
さすがに夢の中の菊丸が言った言葉などは言えるわけもなく、懸命に言葉を選んであらすじを説明したら、いつの間にか静まりかえっていた背後からどっと笑いがおこった。
「さ、さっすがエージ先輩、夢ん中までにゃんこっスか!」
ひーひーと笑いながら桃城が言った。
菊丸は唖然としていたが、いきなり
「な、なんだよ、それーっ! 手塚、俺のこといったいなんだと思ってるわけ!?」
怒り出した。
「そう言われても、夢を見た俺にもわからないのだから仕方ないだろう」
「夢ってホントはいっつも無意識に思ってたり、願望が出るっていうじゃん! どーせ手塚には俺は猫なんだろ!」
思いっきりアカンベーをされた。
そうだ。そうだった。
自分は菊丸が欲しいんだ。
すなわち好意を持っていると……いや率直に言ってしまえば惚れているのだ。
目から鱗が落ちた気分だった。
確かに夢の中でも納得したのではなかったか。
やっとすっきりした疑問の氷解と、あまりに盛大な菊丸の怒りっぷりに思わず笑みがこぼれた。
それも気に入らなかったらしく、菊丸はまた噛み付いてくる。
「わーらーうーなー! なにがおかしいんだよ、もう!」
すでに地団駄でも踏みかねない勢いだ。
頬の緩みを押しとどめて、ほぼ無意識に菊丸の頬に触れた。
「いや、悲しい顔をされるよりは、まだ怒っている方がマシだな、と思ったんだ」
「……は?」
怒り狂っていた勢いもどこかに、菊丸はぽかんと口を開けたまま固まった。
「お前が悲しい顔をするのは俺の精神安定上よくないらしい」
そのまましばし固まっていたが、すぐに解凍したらしく
「もうワケわかんない! 手塚のバーカ!」
脱兎のごとく……いや、菊丸だから脱猫だろうか、走って行ってしまった。
時計を見ると、確かにもう練習を始めるギリギリの時間だったので、ラケットを持ってコートへと向かうことにする。
妙に清々しく晴れやかな気分だった。

その日、部内は妙に白々とした変な雰囲気だったのが、おそらく菊丸が最後まで機嫌を直すことがなかったからだろうと思う。


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手塚……変な人にしちゃってゴメン。
夢の部分が無駄に長いなぁ。
書いてて楽しいんだけど。