菊丸が何かを悩んでいる。
それは恐ろしいほどのスピードでに部内に伝わった。
「……じゃないか?」
「やっぱそう思う?」
はっきり言って菊丸は青学のアイドルである。
もうこれは今更と言ってもいいほど当たり前のことなのだが。
ついでにアイドルというレベルを超えている面子も多数いるのも、もう言わずもがななのだった。
しかもそれは菊丸が2年になってレギュラーを勝ち取って以来、急速に他校にまで広がっていった。
最早全国レベル(の超一部)のアイドルと言っても過言ではないのだ。

さて話は戻って菊丸が悩んでいるのである。
ここはいっちょ相談にのって、できれば有効なアドバイスなんかして、一気に菊丸の中でのカブを上げちゃって、できることならそのまま一気にゲッツ! なんて甘い夢を見てしまうのも実に自然な心の動きで。
「……ねえ、英二。こないだから何か悩んでない?」
さりげなく菊丸を囲んだ青学レギュラー面子の中で、口火をきったのはやはり不二だった。
菊丸はほえ?と首をかしげた。
その姿にうっかり鼻を押さえた者2名、目眩を起こした者3名。
「ありゃー、やっぱバレちゃった? あんま気にしないようにしてたのににゃー」
えへへと笑う菊丸に思わず飛びかかりそうになった者、即座にそいつに蹴りをかました者1名、後頭に渾身のスマッシュを決めた者1名。
「んとさ……すっごいたいしたことじゃないだけどさ……?」
ちろっと上目遣いで伺う菊丸に(以下略)。
「ちょっとわかんないことがあってスッキリしないんだよね」
「なんでも聞いてくれていいよ。僕にわかることなら教えてあげるから」
にっこりと微笑む不二に、菊丸は友情っていいなあと感動し、それ以外の人物は心の中でうっそくせーと舌を出した。
「あのね……」
一旦言葉を切った菊丸は、真剣な顔で全員が思いもかけなかったことを言い出す。
「前ゲームしてたんだけど、シミュレーションRPG、それでさ、戦ってると武器が壊れんだよ」
「ゲームに戦略性を持たせるための常道手段だな」
マニア乾さん談。
「ん。で、それはいいんだけどさ、剣が壊れて攻撃できなくなんのはわかんだ。っていうか、剣持ってて攻撃できなくなんのって、持ってる人が戦えなくなるか折れたりした時だけだし」
うんうん。話の方向性はまだ見えないものの、とりあえずみんな頷く。
「でもさ、弓が壊れるんだよ!? 矢がなくなったとか、百歩譲って弦が切れたとかじゃなくて、弓が壊れましたって! なんであえてそんな言い方したんだと思う? それ考えだしたら気になっちゃってさー」
…………………………。
部室内を重い沈黙が支配した。
菊丸が好き、その共通項はあるものの、とんでもなく個性の強い面々、もちろん性格も様々で、しかしこの一瞬だけは全員が同じことを考えていた。
なんでそんなことを考えるかな。
全国に何万本も出荷されたそのゲームをして、同じ疑問を持った人間が果たしているものなのだろうか。
「ねえ、不二ぃ、なんでだと思う?」
「え? あ、うん……」
あまりに思いがけない内容に、うっかり開眼していた不二だったが、さりげなく普段通りの顔を取り繕って考え込むふりをした。
「……開発者の意図なんじゃないかな」
「だからぁ、そのイトが知りたいんだってー」
菊丸は不満げである。
「乾ー」
詳しそうな乾に目を向けた。
「……剣と語感をそろえたかったんじゃないか。もしくはスペックの問題で剣・弓部分のみ差し替え、あとは同じデータを使うとか」
「うー……」
まだ納得できないようだ。
まあ、最近のゲームに関して、たかだか数バイトのそんなところを節約するというのも、確かに解せない話ではある。
「手塚?」
「……作った人間の日本語が不自由なんだろう」
「むー、すっごいいい話なんだよぅ」
ストーリーを作ること自体と、文法的な問題はまったく別なのだが。
手塚はこれ以上言いつのるのは菊丸の純粋な心を踏みにじるようで忍びなく、言葉に詰まって押し黙るのみ。
「大石ー」
「……き、気にするほどのことじゃないと思うんだけど……」
「だから最初にたいしたことじゃないって言ったじゃん! もういいよ!」
ぷい。
拗ねるその菊丸は一同をまたもや煩悩の渦に叩き込んだが、もういいと言われた本人だけは立ち直れないほどの打撃を受けていた。
「桃……はいいや」
「なんスか、それ。ひどいっスよ、エージ先輩」
「だって俺にわかんないことを桃がわかってたらムカつくじゃん」
ガーン!
あっけらかんと言う菊丸に、それでも確かに答えられない桃城は黙って打ちひしがれるしかなかった。
「海ど……」
脂汗を流さんばかりに考えている海堂に、さすがの菊丸もごめんと言った。
「…………す、すんません」
「や、いいって」
にゃはは、と少し悲しげに笑う菊丸に(海堂ビジョン)、海堂は己の不甲斐なさを痛感して壁に頭を打ち付けてやり場のない憤りを発散した。
「おっチビー」
「俺、ゲームしないんで」
さくっと答える越前に、菊丸はじゃあしょうがないにゃーとあっさり諦めた。
すでにゲームが云々という問題でもないような気がするのだが、菊丸には納得できるらしい。
しかし『それでいいんだったのか!』と衝撃を受ける件のゲームをやったことがない面々。
「タカさ……ん?」
「ぬどりゃーっ!」
河村はすでにラケットを握って準備万端バーニングであった。
「そんなことは問題ナッシーンッ! 小さい小さーい!」
ブルンブルン。
「わあ、こんな狭いとこでラケット振るなぁ」
一同右往左往大慌て。
その時、トントンと部室の扉がノックの音。
開いた扉から顔を覗かせたのは氷帝の忍足だった。
「……じぶんら、なにしとるん?」
唖然とした忍足に、なんでこんなところにと一同が口々に訊ねると、練習試合の申し込みをした帰りだという。
「ちょお挨拶でもしとこうかな思てん」
せんでいい!と一人を除く全員が思ったのだが、その唯一の例外は突然現れたライバル校の登場にも、聞ける相手が増えたというだけのようで。
ととっと駆け寄って忍足を見上げた。
「なあなあ忍足ー、なんで弓が壊れるんだと思う?」
「……はあ?」
「や、だからさー、弓が壊れるんだよ。弦でも矢でもなくて」
ライバル校とは言え、忍足も菊丸に浅からぬ気持ちを抱いている一人である。さすがに菊丸の唐突さは把握していた。
「なんやわからんけど、ええから落ち着いて説明してみい」
かくかくしかじか。
「はー、なるほど?」
一通り説明が終わると、忍足は納得した顔で頷いた。
「忍足わかんの?」
今までのこともあってか、菊丸は不安そうに訊ねる。
忍足は鷹揚に頷いた。
「俺はそれ系のゲームはようやらんけど、あれやろ、簡単なことやん」
部屋中の視線が集中した。
わかるのか、あれが!
「せやって戦っとるんやろ? そんで矢ぁがなくなった。でも敵が攻撃してきたら、じぶんならどうする?」
「え? どうするって……」
菊丸は首をかしげる。
「殴るやん、弓で」
「ああ!」
「したら弓て殴るもんやないから、どうしたって壊れるやろ」
「そっかー!」
目を丸くして感心する菊丸。
一部そのゲームをやったことのある人間は、毎回それなのか、とか、1マス離れた弓同士の戦いの場合はどうするのだ、とか突っ込みどころは満載だったのだが、せっかく納得した菊丸に『じゃあ、なんで?』と問題を蒸し返されても答えられないことがわかっていたので不本意ながら黙っていた。
「さっすが忍足。やっぱケチっていうか、使えるもんは壊れるまで使え! って徹底してる関西人だよにゃー」
うっとりと忍足を見上げる菊丸に、青学テニス部レギュラー全員がまずい!と思ったが、今更どうすることもできず。
「……なんやごっつ関西への偏見でムカつくけど、まあ納得したならええわ。ほな俺はこれで」
「あ、俺も帰る! 忍足駅だよね、一緒行こ!」
バタバタと荷物を持って部屋を出る菊丸だけに見えないよう、忍足がフッと勝ち誇った笑みを浮かべて扉を閉めた。


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こじつけですか? こじつけですね。
だって考えつかなかったんですものー!
えー、蛇足部分がちょっとだけあります。お題で考えたらキリがよかったんだけど、菊丸アイドル話ならつけちゃおっかなって思った部分。
ホントにちょこっとなんですけど、よろしければどうぞ。→