| 朝一番、教室に入るなり不二は菊丸に呼び止められた。 呼び止められたという生易しい言い方が当てはまるのならば、だったが。 「不ー二ー、不二不二不二っ! ちょっとこれ見て!」 連呼だ。 目をキラキラさせて差し出したものは、手のひらに収まるくらいの箱。 中には綿が敷かれて、真ん中に卵が鎮座ましましている。 「…………卵?」 「うん、そう!」 質感が微妙だが、それは卵にしか見えず、またその通りだと言う。 「わかんにゃい? ちょこっと触ってみて」 妙に嬉しげな菊丸が気にはなるものの、恐る恐る指先で触れてみれば、手触りまで妙。 「っていうか、柔らかい!?」 「にゃっはは〜♪ これ、柔らかい殻の卵! すごいっしょ? ビックリした? ビックリした?」 ふにふにと卵を突付く不二に、菊丸得意満面。 「うん。ビックリしたよ。英二、よくこんなの知ってたね」 「へへっ、不二がビックリしたんだもん、今度こそ!」 ぐっと拳を掲げる菊丸を、不二は首をかしげた。 「英二、それ……」 「それじゃ、いってきまーすっ!」 すでにいない。 不二は朝っぱらから高い菊丸のテンションにため息をついた。 「……まあ、そんなとこも可愛いんだけどね」 という一言がもれなくつくのだが。 菊丸が向かうのは理科室。 この時間なら絶対そこにいるはずだった。 ガラっと音を立ててドアを開くと、案の定、主のような顔をしておそらく今日の乾汁の材料であろうものを整理している乾がいた。 「いーぬいっ」 「おはよう、英二」 「はよっ!」 菊丸は元気いっぱい満面の笑みで箱を差し出した。 「ん……?」 乾は卵をまじまじと見、次に指先で触れる。 「な、乾、これなら……」 「英二、こんなのよく知ってたね。これ、酢で殻を溶かした卵だろう?」 ガーン! 頭の上に書き文字まで現れそうなほど驚く菊丸。 「にゃ、にゃんで知ってんの〜?」 半泣きである。 乾の言う通り、この謎な卵は濃い酢で表面の殻を溶かし、中の薄膜が強化された卵だった。 本で読んだ時、これなら絶対乾も知らないだろうと思って、わざわざ3日かけて作ったものだったのに。 「ん、まあ本で読んだんだよ」 不思議なものを見れば実験してみたくなるのは当然で。 「うう……」 「残念だったね」 室内だというのに、なぜか逆光で乾のメガネがキラ〜ンと光った。 「うー、負けにゃい! 次こそ見てろーっ!」 菊丸は走って理科室を出て行った。 「…………まったく、よくこんなのまで調べたよ」 一人になった理科室で乾は小さくつぶやいた。 口元が笑ってしまうのはしかたがないこと。 菊丸が好きだと言ってきたのは少し前のことだった。 あっけにとられて黙り込む乾に、なにをどう勘違いしたのか、乾が知らなくてビックリするようなものを持ってきたら好きになってと菊丸から条件を出してきた。 乾にはすぐわかった。 だから今の国語の授業で竹取物語をやっているだろうと訊ねると、菊丸は目を丸くしてなんでわかるのかと聞いた。 あまりにもわかりやすすぎだった。 本当は……乾も菊丸のことを思っていた。 しかし、乾が色々なことを考えて躊躇している間に菊丸は真っ直ぐに向かってきて。 先を越されてしまった悔しさと、菊丸に追いかけられるという嬉しさに、いまだに菊丸の誤解を訂正できずにいる。 それに菊丸が持ってくるものも実際面白いものだったので。 次は何を持ってくるのだろうと密かに楽しみにしてしまっているのだ。 乾は予鈴を聞きながら、菊丸のためだけに開発している、栄養たっぷり(しかも味もばっちり)乾汁の材料を片付けた。 当初の予定通り、美味しい(飲んでも倒れないではなく、あくまで美味しいと言える)乾汁を作り上げたら、それを菊丸に渡して今度はこちらから告白しよう。 その時のことを思って乾は小さく笑みを浮かべた。 そして菊丸が忘れていった柔らかい殻の卵を取りあげる。 菊丸からもらったものは(ショックを受けた菊丸は毎回ものを置きっぱなしで走っていくのだ)全て大切に保管してあった。 それも一緒に告白しよう、と乾はそっと卵を撫でてから、丁寧に隅の薬品用の冷蔵庫にしまった。 |
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| お題……難しいです(しく) ちなみにこの柔らかい卵を私が作ったのも中学生の時でした。 |