うとうとと、菊丸が舟をこいでいる。
千石はそれをベッドの上から見るともなしに見ていた。
ベッドに寄りかかるようにしてテレビの方を向いている菊丸の顔は見えないが、寝ていることだけはしっかりわかる。
手元に開いた雑誌なんて、もう開いた最初から目になんか入ってない。
菊丸がどうしても見たい番組があるからとつけっぱなしのテレビが虚しくしゃべっている。
はあ……と、千石は今夜何回目になったか数えるのも嫌なため息をついた。
家では翌日が休みでもこんな時間にテレビなんか見せてくれないのだと、菊丸はここにくるたびに深夜番組を楽しみにしている。
ビデオに撮れば? という千石の言葉にも、オンタイムで見るのが醍醐味なのだと譲らない。
千石としては二人っきりの時間をもっと楽しみたかったのだが。

菊丸と付き合いはじめて三ヶ月。
並み居るライバル達を押しのけて、押して押して押しまくって手に入れたはずの恋人は、なんだかイマイチ心が見えない。
『好きだよ』と言えば、戸惑いながらも『俺も』と返してくれる(その顔がまたいいんだ!)。
キスをしても、まだ赤くはなるものの、人目さえなければキスを返してくれるほど(自分からした時に照れるあの顔が!)。
お泊りだって今日でもう五回目だというのに。
なのにまだ、ラブラブハニータイムなはずの恋人は指一本触れさせてくれないのだ。
一緒のベッドで眠るのに指一本触れられないこの辛さ!
(寝ちゃったのを十二分に確認してから、ちょっとだけ……はあるけど。それだってすぐに菊丸が目を覚ましかけて慌てて手を引っ込めたのだ)
もちろん、普通に手や肩に触ったりというのはありで。
指一本というのは、もっとセクシャルな意味でのことである。
「……はあ」
うたた寝している菊丸を起こさないように部屋を出て。
「ってわけなんだけど、どう思う?」
南に相談してみた。
ドアは開けっ放しにして菊丸の様子は見えるように。でも声で起こさないように。
『…………何時だと思ってんだ。頼むから寝かせてくれ』
南はものすごく機嫌の悪い声で言った。
「冷たいなー。こういう時に相談にのってくれんのも部長の役目じゃない?」
『知るか!』
「俺としては、早くこう、なんて言うの、身も心もラブラブ〜な状態になりたいんだけどさぁ」
『人の話を聞けーっ!』
「聞いてる聞いてる。だから南も聞いて? ほら、お相子」
『どこがだっ!』
「な〜んかこう、まだガードが固いっていうか、信用されてないっていうか」
『……自業自得だろ』
「え、どこが?!」
『どうせお前のことだから、二人で歩いてても女の子追っかけたりしてんじゃないのか』
「や、さすがにそれはないって。たま〜にうっかり可愛い子いたら目で追っかけちゃったり、可愛いな〜なんて言うけど、菊丸くんだってしょうがないなーって笑ってるし」
『や、それは人としてどうよ?」
「え〜? でも俺、その分もっていうか、もう一緒にいても菊丸くんの顔見るたんびに好きって言ってるよ?」
『……う(っそくせーだろ、それ!)』
「う? う、なに?」
『……なんでもない』
「とにかくさー、なんとかもう一段階でいいから先に進みたいな〜なんて」
『だから……そういうのは結局当人同士の問題だろう』
「や、だからさ、菊丸くんて、ああ見えて実はすご〜くナイーブだし、ちょっと聞きづらかったりするワケよ」
『とにかく俺に助言を求めても無駄だ』
「あ〜、南、まだ恋人できたことないしねぇ」
あはははは。
『っ! お前な』
「あ、菊丸くんが見たがってた番組始まっちゃう。じゃ、まったね〜」
ブツッ。
寝入りばなをたたき起こされた南には気の毒だったが、本命には尽くしちゃうよん♪』な千石は、ちゃっかり時間もチェックしていたのである。
携帯を充電器につっこんで、菊丸に近寄ってそっと肩に手をかける。
「菊丸くん、テレビ始まっちゃうよ」
「ん……」
こしこしと目元を擦る仕草が幼くてまた可愛い。
「ごめん、俺寝ちゃってた」
まだ眠そうな目でへへっと笑って、菊丸は膝を抱え直してテレビに注目した。
のもつかの間、まだオープニングの曲の途中だというのに、また菊丸はこっくりこっくり。
「……菊丸くん?」
「起きて……るー……」
返事だけはしっかりするのだが。
すっかり睡魔の虜になった菊丸は、もう膝に頬をつけて寝息までたてていた。
千石は起こすのはあきらめて隣に座ってテレビを見ることにする。
確かに面白い番組ではあった。
たまにぷっと吹き出すこともあったし。
でも、菊丸がここまで頑強に見ると言うほどではないと思う。
エンディングテロップを見ながら、千石は菊丸の肩をそっと揺らす。
「菊丸くん、テレビ終わったよ」
「……ん…………じゃ寝る……」
ゆらゆらと揺れながら、ベッドの這い上がる。
そのままタオルケットの上にころんと転がった。
「か、可愛い……」
まるで猫の子のようである。
「じゃなくて。菊丸くん、タオルケット、ちゃんとかけないと風邪ひくから。ね?」
なだめすかしながらタオルケットを引っ張ると、菊丸も文句を言うように唸りながらではあったが少しだけ体をずらして協力する。
やっとのことで引き出したタオルケットを菊丸の上にかけ、千石はベッドに肘をついて菊丸の寝顔を眺める。
滑らかそうな肌に惹かれて、そっと頬を突付くと菊丸はくすぐったそうに寝返りをうった。
無防備な寝顔。
「好きだよ、菊丸くん」
「うんうん……」
そっと囁くと、無意識なのか返事をする。
もしかしたら気持ちが聞けるかもしれないと、千石はそっと菊丸の耳元に顔を近づけた。
「俺のこと……好き?」
「うんうん」
「俺のこと……嫌い?」
「うんうん」
「だからさせてくれないの?」
「うんうん」
思わず肩を掴んでしまった。
「ど、どこ? 俺のどこが嫌い!?」
「…………眠いのに寝かしてくんないから」
じと〜っと菊丸が眠そうな目で睨んでいる。
今の勢いで起こしてしまったようだ。
「ご、ごめん……」
謝って一度は手を離したものの、ちょうどいいかもしれないともう一度手をかける。
「ね、ちょっとだけ。ホントに俺のこと嫌い? だから触ったりさせてくれないの?」
「うー……」
眉根を寄せて眠そうに唸るとこも可愛いけど。
「教えてくれたら寝ていいから。ね?」
ゆさゆさ揺さぶると、菊丸はものすごく不機嫌そうな目を開いた。
じっと見つめる目にはうっすらと涙が溜まっている。
眠いせい? と千石が首をかしげたとき、菊丸はぐいっと千石の手を押し返した。
「……千石なんてキライ」
「……どうして?」
ショックを押し隠してさらに訊ねる。
「……寝かしてくんないし、ホモじゃないもん」
「……は?」
「俺はホモじゃなかったけど千石好きになっちゃったからホモになっちゃったけど、千石はホモじゃないんだもん。千石は女好きなんだもん。俺眠いのに」
深夜に自室でホモホモと連呼されるのも微妙な気持ちだったが、それ以上に千石は菊丸の言葉にショックを受けていた。
「女の子好きなのに俺に好きって言う千石なんかキライ」
肩を掴んでいる手を無理やりはがして
「俺ばっか好きになってってズルイ。だから触んな」
触らなかったら、女じゃないって気がつかないかもしれないんだからと鼻をすすりながら、菊丸は手も足も使って千石を押し返した。
そしてぽろっと一粒こぼれてしまった涙を隠すように壁を向く。
そのまま隠れるつもりか頭までタオルケットをかぶって、ズリズリと足元に移動して丸くなる。
「……菊丸くん……」
思わず手を出すと、嫌がるように体を揺すって、更にベッドの足元の方へ移動する。
ぐすぐすと鼻をすする音が切なかった。
南の言っていた通りだった。
そっとしておくと、鼻をすする音はすぐにやんで寝息に変わる。
本当に眠かったんだね。
はっきり言って眠いがためのマジギレであったのだが、だからこそ逆に言ってることに嘘もないのだろう。
千石にとって女の子が好きというのは、本当にもう普通のことで。
女の子には実は失礼な話かもしれないが、可愛い犬や猫や子供なんかを見るのと変わらなかったりするのだけれど。
もっとも気持ちいいことが嫌いなわけもなく、お誘いがあればのっちゃっていた、というのも充分に原因の一旦ではあるのだろうが、ポジティブシンキングな千石は都合の悪いことは思い出さないようにしていた。
男の子だもんねぇと千石はタオルケットの固まりを見つめる。
あれはあれ、これはこれ、なんて千石が思っていただけで全然伝わっていなかった。
小さくため息をついて、千石は小さく笑った。
なんにしても理由はわかったわけで。
恋人を誤解させてしまったのは結局自分のせいだったのだけど、その誤解を解くのも確かに自分の役目なのだ。
「……菊丸くん、寝ちゃった?」
声をかけても無意識の返事もない。
熟睡してしまっているようだ。
「……ラッキーチャ〜ンス」
千石は起こさないようにそっとタオルケットに手をかけた。
タオルケットをはいでも菊丸が起きる様子はない。
それを確認してから、ゆっくりと抱き起こして元の位置に戻して、体を伸ばして寝かせる。
くたりと無防備な菊丸は動かしても眠ったまま。
泣き濡れた顔をティッシュで拭いて、ついでにそのままパジャマのボタンを外しだした。
どうせ言っても信じないだろうから。
本気をわかってもらうためなんだよ。決して常日頃からの煩悩を解消するためじゃないからね?
……まあ、やることは一緒なんだけど。
背中に手を入れて薄く持ち上げ、完全に上半身を脱がせる。
ちょっとしみじみ眺めちゃったりなんかして。
次に下半身。
上半身よりも楽に下着ごと引きずり落としてベッドの下へ。
「……うっわ〜、見ちゃった」
初めての恋人の全裸。
さすがに感動……する間もなく、己の体がヤバい方向へ向かうのを感じて、千石は裸の菊丸にタオルケットをかけてから、そっと部屋を抜け出した。
菊丸にわからせるより先に襲い掛かっちゃってもまずいし。
寝込みを襲うつもりではないのだ。
今のところ。
「や、まあ、俺も若いしね。しょうがないよ」
うんうん。
と、誰に対しての言い訳なんだか、ぶつぶつ呟きながらトイレへ。
そういえば南のに対しての見方も改めなければと千石は思った。
彼女も彼氏もできたことがないのに。
これからは『恋人もいないのにホモの気持ちのわかる男』として一目置こうと、本人が聞いたら泣いて嫌がるであろうことを考えながら部屋に戻った。
「さて、と」
ぽいぽいっと自分のバジャマも全部脱ぎ捨ててベッドにもぐりこむ。
壁に向かって寝返りをうっていた菊丸の首の下に静かに腕を差し入れて、起こさないように自分の方に向けて。
明日目を覚ましたら、俺の気持ちを全部わからせちゃうからね。
ぺったんこの胸にたくさんのキスをして、そのぺったんこの胸がどれだけ自分を熱くさせるのか、徹底的に教えてあげる。
ついでに
「俺の本気を信じなかったお詫びもしてもらうけどね」
千石はそっと囁いて、初めての生の温もりを堪能しつつ満足げな眠りについた。


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この話の気の毒大賞は南君ということで。
なんだか千石がロクデナシになってしまいました。
千石の声、めっちゃ好きなんですけどねぇ。