ノートを前にうんうん唸っていた菊丸がふと顔を上げた。
「解けた?」
「ん〜……もちょっと。なんだけど、あのさ」
大量に出た数学の宿題に、飽きて乾の気持ちを宿題から逸らそうという場合はもっと企んだような目をしている。しかし菊丸の顔は先ほどまでと同じように心持ち眉根を寄せて難しいことを考えている顔だ。すなわち宿題に関することなのだな。と乾はデータからはじき出した。
「えとさ、今、平方根とこやってるんだけど、平方根って……レンアイって感じしない?」
「……は?」
菊丸が突飛なことを考えつくのはいつものことだが、今日のこれはまたずいぶんと飛んでいる。
平方根=レンアイ?
乾はいつも思うことだが、一度菊丸の頭の中が見てみたいと思った。
「や、だからさ、なんて言うか……3が平方根つくと1.73うにゃうにゃって、割り切れない数になるじゃん」
「……ああ、そうだね」
『うにゃうにゃ』というのが菊丸らしいというかなんと言うか。
「だから3の平方根は√3だけど、実際はホントの数より微妙に多かったり少なかったりするわけで。そんで、それを二乗しても、すっごい3に近い数だけど3じゃなくなるじゃん?」
「まあ……そうなるかな」
乾にはまだ菊丸の言いたい事がわからなかった。
「だから、えと、3を俺にしてみるとして、√をレンアイって考えるとさ、なんかそうなるんだよ」
「……どうなるんだ」
「んーと、だから……3に√つけるみたいに、俺にレンアイをつけると、俺はレンアイがなくなって二乗しても、前の俺じゃないってコト」
乾は頭の中で菊丸の言ったことを整理して考えてみる。
「英二、それは少し違うと思うよ。……いや、結果的には同じなのかもしれないけどね」
「ん〜、どゆこと?」
「うん。だってまず、恋愛は二人でするものだろう」
問う目で見上げてくる菊丸の頭を軽く撫でた。
「だから平方根に置き換えるのなら、まず双方を足してからじゃないと。これは、いわゆる付き合った相手による影響というような形で捉えてみればいい」
「乾……俺の影響とかあんの?」
「そりゃあるさ。間違いなく、ね」
少なくとも菊丸と付き合っていなければ、おそらく平方根はあくまでも平方根であって、決して平方根と恋愛の類似性についてなど考えないだろう。
「そっか……」
菊丸が小さく、照れたような笑みを浮かべた。
「そして、恋愛は一瞬のことじゃない。継続によってプラスマイナスされることはいくらでもあると思う。だが……」
メガネを軽く押し上げる。
「その数値の変化は二人ともにもたらされるものじゃないか? ……英二は俺と一緒に変わっていくのは嫌かな」
「……やじゃない」
パタリと菊丸は机に伏した。
「ごめん、乾。俺、なんか……寂しかったみたい」
乾はまた頭を撫でた。
誰にも言えない恋愛。
おそらく親友と言っている不二さえ言ってないのだろう(なぜならば、不二が乾を見る目がまだ穏やかなので)。
罪悪感や、自分だけが変わっていくことに対する不安が菊丸を不安定にする。
「英二……。さっきも言ったけど恋愛は二人でするものだよ。だから不安になったり、心配なことがあったら、ちゃんと俺に言うように」
菊丸は机に額を擦り付けるように小さく頷いた。
「二人で考えていこう。どんなことも」
「……ん」
「まあ、俺のデータと、英二のデータで測りきれない行動力や思考パターンがあれば、たいがいのことは問題ないと思うけど?」
わざと冗談めかして明るく言えば、菊丸はパッと体を起こして
「そうだね」
と笑った。
「差し当たっては、まず宿題を片付けることじゃないかな」
「あ……」
忘れてた、と菊丸が小さく呟く。
ノートを覗き込むと、平方根の問題を見てから、ずっと恋愛との相似について考えていたらしい菊丸のノートには、まだ数行しか書き込まれていなかった。


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意味解りませんね……すみません。
数学苦手だったんです(違)