足踏み足踏み。
「海堂、早く〜!」
言い終わる前に菊丸はさっさと中に入ってしまった。
前から楽しみにしていたと言う、某遊園地の期間限定ミラーハウス。
それは昔からあるミラーハウスと同じ形式のものだったが、なにしろ規模が違う。
まあ、とは言っても売り言葉が『従来の3倍!』なので、好意的に多目に見積もっても従来の2.3倍というところだろうか。
海堂の父親がこの遊園地の優待チケットを持って帰ってきたのを、海堂がもらったのだ。
菊丸を誘うために。
付き合いはじめて一ヶ月。
二人で会うことと言えば、海堂の練習に菊丸が付き合うか、さらにその帰りにファーストフードで軽く食べるくらいのもので、学校もテニスも離れていうのはこれが初めて。
『ぎゃー、海堂カッコいい! 俺ももちょっと大人っぽいカッコしてくればよかったかなー。これじゃ海堂のが年上に見えちゃうよー』
『…………な、何を話せばいいんだ』
などと内心の葛藤のあまり空回りする会話。
なんてことがあったとしても、とにかくデートなのである。しかも嬉し恥ずかし初デート!
ドキドキワクワク、心臓のスピードに合わせてテンションまでスピード上げて、今やもう立派なハイテンション。(特に菊丸)
海堂がチケットを見せて入った時には、すでに菊丸の姿は見えず、離れたところから菊丸の『変なのー!』だの『うわっ!』だの笑い声だのしか聞こえなかった。
「海堂、海堂ー!」
「こっちっス」
「こっちってどっちー!」
海堂はなんとか菊丸を探そうとウロウロ。
菊丸も海堂と合流しようとウロウロ。
しかし道はいくつにも別れていて、菊丸なんて入った通りに戻ったはずなのに、なぜだか奥に進んでたり。
「海堂ー!」
「ど、どこっスか!」
「……俺がいっぱいいるトコー」
「……わ、わかんねぇっス」
迷うこと十数分。
菊丸はやっと見えた海堂にダッシュした。
ゴン!
「った〜!」
額を押さえてうずくまる。
わかりきったことだが、鏡にうつった海堂だった。
菊丸から見えたということは、当然海堂にも菊丸が見えるわけで。
「菊丸先輩!」
ゴン!
「ぐっ!」
二人そろって仲良く額を押さえてうずくまった。
なんとか見えたお互いの姿を頼りに合流する。
「頭、大丈夫っスか」
「へーきへーきのへのかっぱー♪ 海堂は?」
涙目だけど。
「全然平気っス」
額赤くなってるけど。
「……へへ、おそろい」
自分の額と海堂の額をそっと突付いて菊丸は笑った。
海堂は赤くなり、言った菊丸もやっぱり赤くなる。
「……い、行こっか」
「うス」
菊丸は歩きかけた海堂を見て、少し迷ってから、そっと海堂のGジャンの袖を持った。
感触でわかったのか、海堂が立ち止まって袖を見る。
「えと……はぐれないように…てね」
照れ笑う菊丸を見て、今度は海堂が逡巡した後、パッとその手を振り解いた。
そして素早く、菊丸が振り解かれたのだと理解する一瞬前に、宙を泳ぐ菊丸の手をしっかりと握る。
かああ〜っと二人して耳まで赤くなったりして。
「……はぐれないようにっス」
「……そ、そだにゃ」
視線はあっちとこっち。
でも、どっちを見ても何重にも自分達が見えてしまって。
海堂は視線のやり場に困って、繋いだ手をGジャンのポケットにしまった。
ただ手を繋ぐだけよりも寄りそうほどに近い距離。
二人とも無言でぎくしゃくと歩き出す。
さっきまでの騒ぎが嘘のように辺りも静かで余計に話しづらい。
黙々と歩く。
袋小路に行き当たっても、分かれ道で当然のように海堂が進む通りに歩いても、ただひたすら黙って歩く。
「……不二に聞いたんだけど」
やはりと言うか、先に沈黙に耐えられなくなったのは菊丸だった。
「合わせ鏡って、あんまりよくないらしいんだよ。なんかの通り道になるとか」
「!?」
「こやっててもさ、いくつも見える俺達の、ホントはどれかがこっそり動いてもわかんないかもね」
「………………」
いくら沈黙に耐えられなくなったといっても、よりによってそういう話はいかがなものかと思う。
海堂はあまりこういった話が得意ではない(個人のプライドを尊重して控えめに表現してみました)。
そして、言った菊丸も実はあまり得意ではなかった。
また沈黙が落ちる。
だが今度はただの沈黙ではなかった。
二人で冷や汗をかきながら、微妙に微妙に段々歩く速度が上がっていく。
正面にうつる自分達にビクっとしてみたり。
それでもお互いにそれを笑い飛ばせる余裕もない。
最後の方はもう競歩と言ってもいい速度で、やっとのことで二人は外に出た。
「……はぁ」
「……っふー」
ほぼ同時にため息をついて、お互いに顔を見合わせる。
「……くくっ」
「……ふっ」
今度は二人で同時に笑い出した。
ひとしきり笑って、ふいに聞こえた子供の声に、慌てて手を離した。
もじもじもじ。
二人で斜め45度の方向を向いて次の言葉を探した。
こっそり見えないように手をグーパーしていた菊丸に海堂が気付く。
「……先輩、それ」
「あ、なんでもない、なんでもない」
慌てたようにぴらぴらと振るその手は明らかに真っ赤になっていて。
「す、すんません!」
海堂があまりに強い力で握っていたためだとすぐにわかった。
「謝んな」
菊丸は軽く腕で小突く。
「言って……くれればよかったのに」
「だって言ったら海堂、手ぇ離しちゃっただろ。だからいーの!」
「あ……」
また二人の頬が染まり直す。
「えと……んーっと……今日は誘ってくれてサンキュ。すっげー嬉しかった」
「や……俺の方こそ……」
「だから…その…………ジュースおごるっ!」
ダッシュで売店に走る菊丸。
先に沈黙に耐えられなくなったのも菊丸だったが、照れくさいのにも耐えられなくなったのは菊丸が先だった。
一瞬あっけにとられた海堂は、たぶん普段の海堂を知る人(特に桃城辺り)には想像もつかない柔らかい笑みを浮かべて菊丸の背中を見る。
菊丸が振り返って大きく手を振った。
「海堂ー! なにがいい?」
「今行くっス」
まだまだぎこちない二人だけど、これからゆっくりでも近づいていければいい。
海堂はそう思いながら菊丸へと走った。


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ミラーハウスは合わせ鏡だらけってことで(汗)
海菊は初々しいのがいいです。いまどき中学生でもこれあり!?とか思うほど。