菊丸は呆然と立ち尽くしていた。
時は放課後。
場所はテニスコート脇。
不二が練習試合を終えて近づいてきた。
「英二、どうしたの?」
今日は氷帝との練習試合の日なのだ。
「……あ、不二。どだった、試合」
「うん。まあ、いつもの通りだよ」
ということは勝ったのか。
「ぼんやりしていたみたいだけど、どうかした?」
菊丸は手のひらの上に飴を乗せたままで不二に向き直った。
「それは? ……飴?」
「どうしよう不二ぃ〜」
菊丸はいきなり不二に泣きつく。
「ど、どうしたの英二」
「さっきさ、俺、ランニング後にドリンクでむせたじゃん」
試合前のアップの時の話だ。
「なんか跡部がさっき来て、風邪かって言ってこれくれたー!」
跡部はドリンクを飲むところは見ていず、むせて咳き込んでいるところだけを見て誤解したらしい。
そしてのど飴をくれたのだ。
「跡部がなんかくれるなんて、俺、犬に噛まれたり携帯をトイレに落としたり財布落としたり手塚にグランド50周させられたりするかもしんないー!」
要するに不吉だと。
跡部、えらい言われようである。
「……落ち着いて、英二」
不二は一瞬眉をひそめたものの、すぐに穏やかな表情で背中をトントンとあやすように叩いた。
「だってあの氷帝の、しかもあの跡部だよ?!」
「まあまあ」
不二は落ち着かせるようににっこりと笑った。
「跡部のことだからきっと、自分にうつされたら困るとでも思ったんじゃない? それじゃなきゃ、気まぐれで施しでもしたつもりとかね」
「えー!?」
菊丸はおびえていた表情を一転させて怒り出す。
「ムカつくー。やっぱ氷帝ヤなヤツ!」
菊丸は一旦身内に見なした者には恐ろしいほど無防備になる(無防備過ぎて手が出せなくなるという誤算はあったが)。
その前に。
不振を抱かれないように2年近くかけて、ゆっくりと教え込んだ氷帝のイメージはしっかりと根付いたようだ。
何しろまだ菊丸が1年の時から、試合の応援に行った菊丸を怪しい目で見ていた連中である。
複数の敵を一々駆逐していくよりも、菊丸本人の警戒を強めた方が手間が少ないのだ。
「ね、英二。そんなことより、早く着替えて帰ろうよ。宿題、困ってるんじゃない?」
「教えてくれんの?」
「もちろん。よかったら家においでよ。昨日また姉さんが何かお菓子焼いてたみたいだから」
「やった! 不二大好き〜!」
菊丸の背に手を添えてうながし、不二は歩き出した。
氷帝に対しての備えは万全。
不動峰は橘親衛隊だからいいとして、山吹とルドルフ・立海付属に六角が今後の課題だ。
「英二が僕のものになってくれるのが一番手っ取り早いんだけどね」
「……なんか言った〜?」
ぼそっと呟いた言葉は菊丸にはもちろん届いていなかった。
「ううん、なにも」
外的に対していくら万全でも、肝心の相手に何もできなければ意味はない。
策士策に溺れまくり。
不二は唯一、そんな自分には気づいていなかった。


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菊丸の氷帝嫌い発言をネタにしてみました。
つくづくうちの跡部様は不憫な人だ……