電話の向こうから、とても可愛い恋人の、とても可愛くない言葉が聞こえる。
「絶対明日はムリ。前から約束してたんだから、そっちが優先なの! わかる?」
「わからねぇ。絶対来い」
「ヤダってば。俺だって楽しみにしてたんだかんね」
「俺が来いって言ってんだから来い」
「もー、跡べーワガママ! どーせ世界は俺を中心に回ってんだくらい思ってなじゃないの」
「当たり前だろうが。俺を誰だと思ってんだ」
「はいはい、天下の跡部様ですぅ」
「とにかく来いと言ったら来い」
「ヤダ! 世界が跡べーの周り回ってんだから、俺くらい回らなくたっていいっしょ」
「お前じゃなきゃ意味ねぇんだよ!」
「っ!」
電話口で息を飲む気配がした。
……うっかり売り言葉に買い言葉で恥ずかしいことを口に出したような気はしたが、そんなことに構ってる場合ではなかった。
「と、とにかく、明日はダメ!」
「なんだと?」
「いい子にしてたらお土産買ってきてあげるって」
「お前、この俺を子ども扱いする気か!」
「ふ〜ん、いらないんだ、お土産。もれなく試合観戦後の俺がついてくるんだけどな〜?」
「く……」
こんなことで懐柔されるというのも悔しいが、意外に自分のペースには頑固な猫は、こうと決めたら譲らない時がある。
「お土産付きの俺と、お土産も俺もなし、さあどっち? 制限時間は30秒〜♪」
本当に時計で計ってるわけでもないくせに、わざわざ『チッチッチッ……』と秒を刻むフリまでして。
「……今回だけだからな」
「へへ、あんがと。……跡部大好き」
この時点で機嫌の七割が直ってしまったことは絶対に秘密だ。
「そんじゃ、明日、駅についたら電話すんね〜」
「なるべく早くだぞ」
「わかってるって。俺だって会いたいんだぞ?」
「お前……そう言えば許されると思ってんな?」
「そんなことないって。本心だよ、本心。じゃ、また明日〜」
そそくさと切れた携帯電話片手に跡部はため息をついた。
世界が自分中心に回ってるなんて、そんなわけないととっくにわかっている。
ちっとも言う事を聞かない猫だけど。
我儘を言われようが、爪を立てられようが離す気などこれっぽっちもない。
菊丸こそが、跡部の世界の中心なのだから。



電話を切った菊丸に不二が声をかけた。
明日のために菊丸が不二の家に泊まりにきていたのだ。
「よかったの?」
「ん? うん。明日のこの試合、俺すっごい楽しみにしてんだもん」
「それはそうだろうけど……」
「……あのねぇ、不二」
菊丸が携帯を充電器に差し込みながら不二を振り返る。
菊丸は幸せそうに笑っていた。
「俺ね、跡部すっごい好き。すっごい会いたい」
「……うん?」
だったらなおのこと、跡部の誘いを断ってもよかったのだろうか?
不二は首を傾げつつ先を促した。
「俺はず〜っと跡部を好きで、跡部にも好きでいて欲しいんだ」
だからね、と菊丸は不二の隣に座って足を投げ出して続ける。
「俺は俺を優先させんの。そりゃ跡部に会いたいのもホントだけど、この試合はどうしても見ておきたいし、そりゃ俺が試合より跡部に会いたかったら跡部んトコ行くけど、そうじゃなくて『好き』だけを理由に跡部んトコに行くのはダメ」
「ちょ、ちょっと待って英二」
思いついたままに話す菊丸はいつものことだけど、ちょっとわかりにくい。
「んーと……だから、『好き』だけが理由で跡部優先させちゃったら、やっぱり俺ん中に跡部のためにガマンしたってのがちょっとずつ溜まったりして、そんでもしかしたら、いつか跡部のコト嫌いになっちゃうかもじゃん?」
「……なるほど」
「それに、やっぱそーいうのは俺のキャラじゃないし〜♪ そんな風に俺が変わっちゃったら、跡部の好きな俺じゃなくなっちゃうじゃん。そしたらやっぱダメっしょ」
「英二……ちゃんと考えてるんだね」
よしよしと頭を撫でると、菊丸はそのまま不二にもたれてふて腐れた顔をする。
「言ったな〜。俺だって考えてんだよん」
「それにしても英二、ずいぶん跡部のあしらい見事だったね」
「そう? あれ姉ちゃん仕込みだから」
あはは、と笑う菊丸に不二はぎょっとして菊丸の顔を見た。
「まさか……英二、跡部のこと言ったの?」
「言ったよ〜ん。だって俺絶対隠してなんかおけないし、みんな大好きだから隠し事したくもないし」
ちょっと勇気はいったけど。
と菊丸は笑ったが、家族が好きなら好きな分、余計に勇気が必要だったと思う。ある意味、家族への裏切りなわけだから。
でも、それを実行してしまうほどの、跡部への気持ちと、実行できるだけの、家族の愛情を信じられるという菊丸の強さに、不二は感心した。
「跡部もね、一回俺んち来て挨拶したんだよ」
「……そうなんだ」
それはものすごい勇気だ。
猫っ可愛がりして大事に大事にされてる末っ子の交際相手として挨拶するだなんて(しかも男が!)、虎の巣穴に入って虎の子をとってこいと言われた方がまだマシだと不二は思った。
それでも挨拶をしたということは、跡部は跡部で本気なのだと不二は今更ながらに安心した。
「よく許してもらえたね」
「ん〜、兄ちゃんたちは、まだ俺の顔見ると、なんか言いたそうにしてるけどね。姉ちゃんたちが味方してくれたからさ」
どこの家でも女性の方が強いらしい。
「そっか。……よかったね」
「へへ。うん。姉ちゃんたちには色々教え込まれたけどね。最初のシツケが肝心とか。基本は飴とムチだとか。男の俺が姉ちゃんたちの教えってのもなんか微妙だけどさ〜」
「……そ、そう」
不二はちょっとだけ跡部に同情した。
「じゃ、そろそろ明日のために寝ようか」
「うん。不二も、心配かけたみたいで……えーと、あんがとね」
「今更でしょ。僕は英二の親友なんだし?」
「不二にコイビトできたら俺も応援するかんな」
「………………ありがと」
それこそなんだか色々微妙だったが、不二はとりあえず礼を言っておくことにした。
「電気消すよ」
「ん。おやすみ〜」
「おやすみ」


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最初は電話を切った段階で話を終わろうと思ったのですが、それだと菊丸がただのワガママさんになってしまうので。