それは朝練の時に始まった。

「かっおるちゃーん、ちょっといいー?」
ストレッチをしていた海堂に、大石と話をしていた菊丸が大きな声で呼びかけた。
手塚は機能停止し、桃城はぶはっと吹き出してダンクスマッシュをあらぬ方向へ飛ばし、驚愕に叫びかけた河村は「バーニ」まで言ったところで飛んできたダンクスマッシュに吹き飛び、大石は即座に激痛を訴える胃を抑え、乾は勢いあまってノートにシャーペンで穴を開け、不二は開眼した。
唯一、平静を保っていたように見える越前ですら、サービストスを海堂に投げつけるという、わけのわからない行動に出て、冷静だったのは表面だけだったことを知らしめた。
「……菊丸先輩」
マッハスピードで菊丸に走りより、フシュ〜っと何かを吐きながら海堂が地を這うような声で話しかけると、菊丸はニコニコと満面の笑みを海堂に向けた。
「なに?」
ニコニコニコ。
その一点の曇りもない笑顔に海堂及び青学の面々は悟った。
菊丸は怒っている。
「いや…………なんでもないっス」
頬を膨らませて怒る菊丸は怖くない。
にっこり笑って怒る菊丸には逆らうな、というのが青学では常識だった。
それは例え恋人として付き合っている海堂であっても、いやだからこそ余計にである。
「ねえ、英二。どうしたの?」
長い付き合いで、即座に開いた目を閉じ直した不二が菊丸に訊ねた。
菊丸は待ってましたというように不二に泣きつく。
「聞いてよ、不二ぃ。海堂ってば、ひどいんだよ〜」
「うん。それは海堂が悪いね」
即答だった。
「ふ、不二……英二から何か聞いていたのか?」
大石が恐る恐る訊ねると、不二は笑って
「まさか。でも英二と海堂だからね。どちらかが悪いとしたら海堂しかありえないじゃない」
普通は逆だ。
とは、その場の誰もが言えなかった。
それにもし自分が同じ立場に立ったら、やっぱり菊丸の肩を持ってしまうだろうという自覚もあったからだ。(もちろん全員がだ)
「……それはそれで、あんま嬉しくない」
じと目で不二を見る菊丸にも臆さず、不二は菊丸の頭を撫でる。
「それで、なにがあったんだい?」
「ん……あのね、昨日、海堂と一緒に帰ったんだけどさ、海堂ってば俺が話しかけてんのに可愛い子に見とれてんだよ」
「そ、それは……っ!」
反論しようとした海堂を、不二は目線だけで黙らせた。
「うわ、最低」
「そいつはいけねーなぁ、いけねーよ」
「海堂がそういうタイプだったとはな。データを付け加えておかなければ」
ここぞとばかりに口を出す面々。
「で、でも先輩だって可愛いって見てたじゃないですか。しかも抱かせてもらって」
「「「「「「「だっ!?」」」」」」」
「だから海堂にだって触らせてやったじゃん!」
「そりゃそうっスけど」
「そうでもしなきゃ、海堂が自分から話しかけて触らせてもらうなんてできっこないじゃんか」
「え? ……俺の…ためっスか」
「あ……」
赤い顔でそっぽを向く菊丸に、なんだか一同は話が見えてきた気がした。
「……英二、つかぬことを聞くけど、その可愛い子って……」
「豆芝刈りのポメラニアン。こんなちっさいの」
菊丸はご丁寧に手で大きさを作って見せたが、はっきり言って『もう勝手にしてくれ』な雰囲気が辺りを満たしていた。
「とにかく! 今日は海堂は一日『薫ちゃんの刑』決定なの!」
ぷいっと顔を逸らせて菊丸はコートへ走って行ってしまった。
後に残されたのは、『海堂気の毒に』が半分、『気の毒だが、あんな可愛い焼きもち妬かれやがってコンチクショウ』が半分の、いろんな意味で痛い視線にさらされる海堂だけであった。



「で、本当のところはなにがあったの?」
昼休み、弁当を広げるなり不二に聞かれ、菊丸は取り出しかけた箸を落とした。
間一髪机から転がり落ちる前にキャッチする。
「……だからヤなんだよな、不二って。全部お見通しなんだもん」
「ふふ……今更でしょ?」
にこやかに明太子入り竹輪(おそらく激辛)を口に入れる不二に菊丸はため息をついた。
「別に……昨日さ、二年の子に告られたわけ」
「へー、また?」
「そう、また」
話題のせいか、あまり美味しそうな顔もせずにおかずを咀嚼する菊丸。
「でさ、なんてゆーか、タイミング悪く見られちゃったんだよね」
「海堂に?」
コクリ。
口におかずとご飯をいっぺんに入れた菊丸は頷いて返答。
飲み込んで。
「でも、その後も帰りも、海堂なんっにも言わなくてさー」
自棄になったように口にご飯を詰め込む。
喉に詰まらせかけ、牛乳で流し込む菊丸を見て、不二はちょっとだけ眉をしかめた。
不二にはご飯と牛乳の組み合わせは許せないらしい。
「聞かれたらなんて答えようかとか、ずっと考えてたのに、なんか気にしてるの俺ばっかって感じでムカついちゃったんだよね」
だから八つ当たり、と菊丸は舌を出して笑った。
不二は肩をすくめる。
気にしてないわけがない。
どうせ海堂のことだ。何て聞こうかとか考えまくって、しかも聞いたら信用してないように思われるんじゃないかとか、色々といらないことを山ほど考えてしまっただろうことは想像に難くない。
だが、そんなことを言うつもりはさらさらなかった。
一番の親友で一番側にいるはずだった自分を、二番目にしてしまった可愛くない後輩をフォローするなんて真っ平ごめんだ。
それに、なによりも……その方が面白いことに間違いがない。
不二はそっと自分の弁当箱の中で唯一辛くないデザートのリンゴを菊丸の弁当の蓋に置いた。
「気晴らしなら付き合うし、気にすることないよ」
「不二ぃ……」
感動する菊丸は、そんな不二の気持ちには全然これっぽっちも気付く気配はなかった。


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ちなみに菊丸は他の人間が海堂を名前で呼ぶと怒ります。