「うっわー、キッレー!」
通路を進んで、いきなり広がる光景に、菊丸は歓声をあげた。
そこはいささか狭く窮屈に感じる通路を抜けたからか、余計に広く、明るく見えた。
ね? と仰ぎ見られて、しかし自分は黙って頷くだけで。
確かにそう思っているのに、いい言葉が思い浮かばない自分を歯がゆく思う。
だが菊丸が一層嬉しそうに笑ったので、少し気分が浮上した。

樺地が菊丸に誘われて連れてこられたのは、この海沿いにある水族館だった。
細かく区切られた水槽の中に個別に入れられている場所もあったけれど、ここの一番の売りは海の中に作られたガラスのドームだ。その中から見る海の中は筆舌に尽くしがたいものがある。
もちろん区切られて魚が入れられているのだろうが、一見そうとは見えないようになっているのだ。

「知ってる? 熱帯魚ってすっごくキレイな色とか形してるじゃん? 形とかも変なのとかいっろいろ」
ガラス越しに魚を見上げながら菊丸が言った。
そういえば、今まで通ったところには、そういった熱帯魚のコーナーもあった。
ここに来てすっかり忘れてしまっていたが。
だから樺地は頷いた。
「あれってなんであんなに色んながいるんだと思う?」
自分たちの目の前を、銀色の小魚が群れをなして通り過ぎる。
それは特殊な色はなかったが、とても綺麗なものだった。
「たっくさんいる魚の中から、自分と同じ種類がわかるようになんだって」
一瞬それに気を取られた時、菊丸の声がした。
大石から聞いたんだけどさ、と菊丸は笑った。
「……形がなきゃわかんないのかな」
ポツリと呟くように言った菊丸の顔は、海でも魚でもなく他のものを見ているような気がした。
何か言わなきゃと思って、でも何を言っていいかわからなくて、樺地は菊丸を見た。
自分の中に渦巻いている、言葉にならない気持ちや感じたこと、思ったことが伝わればいいと。
視線を感じたのか、菊丸は樺地を見上げ、そして小さく笑った。
「カバジー、優しいにゃー」
自分のどこが、と思ったが、菊丸の目はお世辞や皮肉を言っているものではなく、樺地はむしろ困惑する。
「いっぱい色んなコト考えてくれたっしょ?」
そっと、ほんの少し寄り添う程度に菊丸がもたれてきて、樺地は困惑を通り越して緊張した。
もちろん傍目にはわからないが。
「最初はカバジーがなに考えてんだかさっぱりわかんなくてイライラしてたけど」
ごめんね、と菊丸は目線だけで謝りながら続ける。
「よ〜っく見てると、カバジーが色んなコト考えてんのわかるよ。そんで考えすぎちゃって言葉になんなくなっちゃうのも」
たまにホントに何にも考えてなかったり、わかってなかったりするのはご愛嬌である。
そこまで気がついていたら恥ずかしいかもしれない、と樺地はこっそりと思った。
「カバジーの側にいるとね、なんかすっごい安心っていうか、ほっとするっていうか、なんかそんな感じすんだ。俺まで優しくなれるよーな気がする」
ふにゃんと柔らかく笑う菊丸が、なぜか初めて見るくらい綺麗に見えた。
菊丸はどちらかと言うと『綺麗』よりは『可愛い』というタイプなのはわかっていたが、その時の樺地の中に浮かんだのはどういうわけか『綺麗だ』という方で。
「最近ではカバジーが考えてることとか当てるのも楽しみってい…」
「……き、れい…です」
楽しげに言う菊丸に、本当にぽろっと言葉が口からこぼれた。
菊丸は嬉しそうに笑った。
「うん。すっげーキレイ! だからまた一緒に来よーなっ!」
……違う。
いや、勘違いされてよかったのかもしれない。
そして樺地は、自分を理解しようとしてくれる菊丸のためにちゃんと言葉を口にしようと思った。
「……は、い」
「へへ……あんがと」
言う前に言われてしまった。
もしかしたら、自分は『生麦生米生卵』から始めるべきなのではと、樺地はようやく思い至った。


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架空の水族館にて。
なんだか色々と意味不明で書ききれない部分もありますが、なんだかもう樺菊書けただけで満足かも(おい)。