慈郎はよく寝る。
とにかくヒマがあれば寝ている。いや、ヒマがなくても寝る。
万事マイペース。
いつでも我が道を行くその日常は、ある意味跡部と並べても引けをとらないほどだ。
それは氷帝学園内では、もう当たり前のことと言っていいほど周知の事実だった。

むくりと。
眠っていたはずの慈郎が起き上がった。
しかしまだ練習は慈郎の番ではなく、周りの人間は何事かと慈郎を見る。
「来た! 俺、行ってくる!」
起きぬけなのにすでにハイテンション。
滅多にないけどたまにある慈郎のこれはチームメイトの好奇心をいたく刺激した。
いきなり走り出した慈郎を後を追う数名。
レギュラーを抜けた後だとはいえ、それはいかがなものだろうかと思ったり思わなかったり。
ともあれテニス部の練習は何事もなかったかのように続けられていた。

慈郎の後を尾行けるのは簡単だ。
なにしろ慈郎は自分の興味のあること以外はまるで目に入っていないから。
まっしぐらに走る慈郎はまったく尾行者に気づくこともなく、氷帝学園の隅にある林のような一角へと走りこんでいった。
広大な敷地を誇る氷帝学園恐るべし、といったところだが、その場所は本当に端の端で、一行は普段は来ることのない場所に慈郎を見失わないように追って入り込む。
とはいえそれほど広いわけでもないらしく、少し行けばすぐに塀が見えた。
そのすぐ脇の、少し木々の途切れて日当たりのいい草の上に慈郎は座っている。

「……なんや、昼寝の場所変えただけかいな」
「でも寝てねえぜ?」
「いや、あの顔はなんか待ってるって感じじゃない?」
「そーかぁ?」
「あ、なんか来た!」

忍足、跡部、滝、宍戸、向日の順だ。
発言はしていないが、これに樺地と鳳がオプションとしてついてきている。
(どっちが誰のオプションかは言わずとも知れたことである)

その一行の目の前(とはいえ木の陰なのだが)で、塀の上からひょっこり頭が出てきた。
見覚えのあるそれは、またたく間に塀を乗り越えて軽やかに降り立つ。

「エージ♪」
「ジロー、またここにいんの? 練習はどしたんだよ〜」
「エージが来たから走ってきたんだよ!」
「あはは、まあちょうど会えたからいーけどね」

全然信じてない顔で青学の軽業猫こと菊丸英二は二カッと笑った。
塀から降りるまでは咥えていたビニールの袋(おそらくコンビニの)を軽く上げて、慈郎の隣に座る。

「差し入れ。コンビニでポッキーの新しいのいっぱいあってさ、ジローも好きかにゃ〜って」
「好き好き! でも一番好きなのはエージ♪」
「はいはい。そんなコト言わなくたってあげるってば」

ガサワサと袋を鳴らしながら取り出したのは、これでもかというほどのポッキーたち。

「こっちがデコレの新しいのでイチゴとキャラメルみたい。それからムースポッキーのロイヤルミルクティと……んん? マイルドショコラだって。それからポッキーG」
「すっげー! いっぱいあるな〜」
「どれにしようか迷っちゃってさぁ」
「選びきれなかったんだろ〜」
「へへ、アタリ」

なんだかずいぶんと仲がいいらしい。
二人で頭を並べて笑いあっている。

「ねーねー、そのエージが食べてるヤツ美味そう。ちょーだい」
「はい」

袋を差し出す菊丸。

「そーじゃなくてさぁ」

慈郎はあ〜ん、と大きく口を開けて顔を軽く差し出す。

「……も〜」

そう言いながらもポッキーを一本取り出して食べさせる菊丸の顔は決して嫌そうではなかった。
もぐもぐとポッキーを嬉しそうに食べた慈郎は、今度は自分がポッキーを持った。

「俺も俺も!」
「え〜!?」
「いいじゃん。ね? はい、あ〜ん」

菊丸は照れながら小さく口を開けた。

「あ〜もう、エージ、超かわEーっ!」

慈郎はぎゅうっと横から抱きついた。

「ちょっとジロー! ポッキー折れるって、もう!」

わたわたと慌てながら菊丸はポッキーを避難させる。
なんというかもう……ラブラブ? な感じでいっぱいだった。

跡部はミシリと小枝を握り締めた。
我慢できるか、この野郎。
その顔にはそう書いてあった。
なにしろ跡部も菊丸を気に入っている一人である。
そしてそれは、ギリッと噛み締めた歯を鳴らした忍足も、ぐうっと喉を鳴らした向日も、別に音はさせてない他の面々も同じだった。
別の学校だとか、菊丸があまり氷帝を好きじゃないとか、そういうので二の足を踏んでいただけなのに。

「ずいぶんと楽しそうじゃねえか。アーン?」

跡部は今まで隠れていたことは微塵も感じさせずに、ズカズカと二人に近づいた。
そして木の陰に残ったメンバーは『それじゃどっかのチンピラだ』と頭を抱えて、仕方なく他のメンバーも出ていくことにする。
跡部だけでは警戒心の強い猫が逃げてしまいかねなかったので。

「ぎゃあ! 跡部……と、なんかいっぱいいるー!」

慌てて慈郎の後ろに隠れようとする菊丸だった。

「なに、こそこそしてやがんだ」
「だって……だってー」

一応、他校に忍び込んだ身としては、あまりどうどうとしていられるものではない。らしい。

「そんな怯えんでもええやん。なにも取って食ったりせんし」
「うー」
「そうだよ、ほらおいでおいで」

一見……いや、優しい忍足と滝の態度に、少しずつ顔を覗かせる菊丸。
まるっきり、どう見ても、野良猫を懐かせようとしているようにしか見えなかった。

「もっと普通に遊びに来りゃいいじゃねーか」
「そうですよ! 菊丸さんならいつでも大歓迎です!」
「……そかにゃ?」

じりじりと慈郎の後ろから出てくる菊丸に、色んなジレンマから素直に賛同はできない向日は、こっそりと背の高い鳳の後ろで激しく首を縦に振っていた。

氷帝メンバーズ(除慈郎)の視線が跡部に集まる。
その視線は『ここまで懐かせたんだから、お前もなんとか言え』と如実に物語っていた。

「……しょーがねぇな。樺地」

パチンと指を鳴らすと、樺地はいつものように一言で返事をしてどこかへ向かう。
わずかな時間で戻ってきた樺地は、なんだか大荷物を抱えていた。

「……やるねぇ、跡部」

見る見るうちに、その場にはシートが敷かれ、お茶の用意ができた。
どこからそんな用意を……という疑問は、至極当たり前という顔をした跡部の前では無駄だと、その場にいる菊丸以外の全員が思った。

「な、なに? なに?」

一人目を丸くしている菊丸の肩を、慈郎がちょんちょんと突付く。

「ポッキー食べるのに、飲み物あったらいいじゃん」
「あ、そっかぁ。……って、跡部が飲み物くれたの?」
「そうそう。だからエージ、あ〜ん」

何が『だから』なのかわからないが、思わずつられて口を開いた菊丸に、慈郎はポッキーデコレ・ガトーオフレーズを差し入れる。

「美味C〜?」

こくこく。

「んじゃ、俺も〜。あ〜ん」

今度は口を開けた慈郎に、菊丸がムースポッキー・ロイヤルミルクティを差し入れた。
はっきり言って、菊丸は唐突な話の流れに飲まれて、いまだに状況をよくわかっていなかった。

「……ジロー」

何かを押し殺した声が、拳までふるふる震わせていた。(×氷帝人数分)

「なにやってんの〜? ほら、お茶飲もうよ」

へにゃ〜っと笑う慈郎に、微妙に張り詰めていた空気が緩む。
ボレーが天才的な万年寝太郎は、場の雰囲気を和ませるのも天才的だった。
かくして慈郎は場の雰囲気を和やかなまま、『エージは俺の。手を出すな』の主張をするという偉業を成し遂げたのだ。

やられた、とは思っても、仕切りなおしてまでやり合う気にはなれない。
だってそんなことをしたら、せっかく落ち着いた猫を、また警戒させることになるだろうから。



氷帝学園の端にある、滅多に人の寄り付かない林(らしきもの)の一角。
そこではたまに、お茶会が開かれているらしい。
そんな噂が学校内に広がるのには、さほど時間はかからなかった。


SStop Top nfTop