| 駅前で待ち合わせ。 菊丸と忍足の家の真ん中……よりも、ちょっと忍足の家側寄りのその駅は、ある程度大きくて遊ぶにはもってこいだ。 二人が外へ遊びに出る時はたいがいここになる。 その駅前の小さな広場で忍足は菊丸を待っていた。 文庫本を片手にした忍足は、鬱陶しげに眉を寄せたままで本を読んでいる。 ずっと読んでいる。 そしてまた、完全にシカトされた女の子がすごすごと帰っていった。 まったく、何しとんねん。 忍足は声に出さずにまだ来ない菊丸に文句を言った。 すでに待ち合わせの時間からは30分が経過しており、その前から待っている忍足は3人の女から声をかけられていた。 どれも綺麗に無視しまくって、視界にも入れない徹底さに、どの子も敢えなくあきらめていったが。 菊丸の遅刻は初めてだった。 時間を守るというよりも、楽しみが待ちきれないから、という理由らしいが、少なくとも今まで遅れたことはなかったのだ。 それが30分である。 これが菊丸が相手でなければ、忍足は10分も待たずに帰っていたところだ。 と、ふいに携帯が鳴った。 そうか携帯で連絡をとってみればよかったのかと思いながら忍足が取り出すと、通知を見るまでもなく菊丸で。 「もしもし」 『……俺』 「遅いやん。今どこ?」 『………………』 返事はない。 「菊丸? どないかしたんか?」 さらにしばらくの沈黙の後、菊丸はぼそりと言った。 『そこやだ』 「……なん?」 『そこで会うの、やだ』 忍足は小さくため息をついた。 この声はものすごく機嫌が悪いと見た。 また出がけに兄姉と喧嘩でもしたのだろうか。 「どこならええのん?」 これが菊丸でなかったら、忍足の方がキレるところだ。 そう考えて、忍足は『菊丸限定』のことが多いのだな、と今更ながらに苦笑した。 菊丸は気まぐれで我儘だと思われているし、以前は忍足もそう思っていたものだったが、ちゃんと菊丸を見ていたら、それが少し違うことがわかった。 気まぐれに見えても、我儘に見えても、それは菊丸の中ではちゃんと理由のあることで、菊丸はそれに正直なだけなのだ。 それが見えないのと、その理由が見えにくかったり解りにくかったりするためにそう見えるだけ。 だからこそ忍足も菊丸の言うことを聞いてやりたいと思うのだ。 ……甘やかしていると思わなくもないが。 菊丸が指定したのは、ここから遠くない、だが表通りには面していないチェーン系のカフェだった。 以前、二人で散策した折に見つけて、二人とも気に入った店だ。 (ちなみに忍足は雰囲気が、菊丸は値段と味が) 「先行ってる」 そう言って電話は一方的に切れた。 忍足は切れてしまった携帯を眺めて、またため息をついた。 なんだかよくわからないが、とんでもなく不機嫌なのはわかった。 せっかく一ヶ月ぶりにゆっくり会えるというのに、今日のデートの先行きが危ぶまれる。 今日はホワイトディで、一ヶ月前にお互いにプレゼントしあったチョコレートのお返しを、これまたお互いに選ぼうと言っていたはずだったのだが。 それでも忍足はすぐに立ち上がり、新たな待ち合わせ場所に向かった。 その喫茶店はセンターの大通りと平行にある路地にあった。 路地に入るとすぐにオープンテラスに陣取った菊丸が見える。 忍足は少し足を早めたが、わずかに躊躇してスピードを落とした。 通りを歩く人間が菊丸にチラチラと視線を向けている。 よく見れば、オープンテラスの他の客も含め、菊丸は周囲の人間の注意をかなり引いているようだった。 花があるのだと思う。 明るい顔立ちに、よく動く感情を素直に表に出す表情。群集の中にあっても、決して埋没しない個性。 そういったものが問答無用で人の視線を集めるのだ。 いつの間にか忍足の足は止まっていた。 二人連れの女の子が菊丸のことを示しながら何かを囁きあっている。 そのキラキラした目と笑った口元を見れば、話していることは容易に想像がついた。 しかも菊丸に目を向けているのは女だけではないのが、余計に忍足を苛立たせる。 だが忍足はそんな感情を表に出すことなくゆっくりと、そして真っ直ぐに菊丸に歩を進めた。 「菊丸、お待っとうさん」 斜め後から親しげに肩に手を回す。 牽制と見せびらかし。両方の気持ちで。 「忍足」 見上げてくる菊丸の顔には、さっきまでほどの不機嫌さはなかったが、やはりいつもと同じような笑顔はなかった。 菊丸のグラスに3cmばかりしかコーヒーが残っていないのを見て、忍足は立ったままそれに手を伸ばした。 「これ、もろてもええ?」 「いいけど……だったらなんか頼めば?」 「ええよ。そんな欲しいわけやないし。飲んだら行こや」 残りを一気に飲みきる忍足に、菊丸は上目に見上げて忍足の上着の裾を握った。 「映画行きたい」 「映画? ええけど、今見たいのあったん?」 ホワイトディのホの字も関係ない。 それに菊丸は映画よりビデオで見る方で(理由は大部分が財政面の問題だったが)、よほど見たいものでなければ映画館へ足を運ぶことはない。 そしてそれほど見たいものなら、デートの話の時に話題が出ないわけはないのだが、忍足は今この時までそんなことは聞いていなかった。 「ないけど映画がいいの!」 忍足には何が菊丸をそれほどまでに映画に駆り立てるのかはわからなかったが、考えてみると映画はいいかもしれない。 暗くて個人が目立たないし、すでに注目すべきものが決まっているし。 「ほんなら行こか」 菊丸が立つ間にグラスをカウンターに返しに店内へ。 表に出てくると菊丸はなんだか複雑そうな表情をしながら忍足を待っていた。 いつもより格段に口数の少ない菊丸は気になったが、菊丸が自分から話さない限り、聞いても答えないだろうということもわかっているのであえて聞かない。 それよりもこうして歩いている間にも、擦れ違う人間の菊丸に向ける視線が気になって気になって。 映画館のシートに落ち着いて、やっと忍足は肩の力が抜けた気がした。 並んだりしないで、すぐに入れるところがいいという菊丸の要望で入った映画館は小さいわりに客は6割程度しか入っていなかった。 肝心の映画も、そういえば名前を聞いたことがある程度だからあまり期待もしていない。 二人が入るのを待っていたかのように、館内が暗くなった。 最初の15分は他の映画の予告と近所の大手の店の宣伝。 毎回思うが、予告はともかく宣伝はいらないと思った。 むしろ『絶対行かん!』と思うのだから、逆効果だと思うのだが、毎回毎回懲りることなく宣伝は入り、そして毎回毎回同じくイラつくのだった。 一通り終わったのか、本編が始まる前の静けさと暗さが広がった。 その時、菊丸の気配がした。 「……ごめん」 肩が触れるくらいに体を寄せ、ぽつりと呟くように。 今日の待ち合わせと、強引に見たいわけじゃない映画に連れてきたことだと、すぐにわかった。 いつになく頼りなげな声に、『ええよ』と言う代わりに、手を伸ばして菊丸の手をぽんぽんと軽く叩く。 そして映画が上映されている間、ずっと手を握っていた。 映画は思っていたよりも面白かったような気がしたが、実のところほとんど頭には入っていなかった。 菊丸のことばかり考えていたから。 だから映画館を出ると、忍足はすぐに言った。 「なあ、帰らへん?」 もちろん忍足の部屋に、二人で、だ。 「うん。……俺もそれがいい」 あ、でも、と菊丸は少し考えて言った。 「ホワイトディどうしよう?」 忘れてなかったのか、と忍足は少し安心した。 「そうやなぁ……菊丸は俺が欲しいもんくれる気あるん?」 「あったりまえじゃん!」 勢い込んで返事をする菊丸に、忍足は思わず笑みが浮かぶ。 「ほんなら、飯作ってんか?」 「……そんなんでいいの?」 「あたりまえやん。自分の作る飯が一番美味いわ」 「そかにゃ……」 照れながらも嬉しそうな菊丸は、もういつもの菊丸で。 「あ、そんじゃさ、忍足はケーキ買って? そんで俺にお茶入れて欲しいな〜」 「そんなんでええのん?」 「へへ、忍足の入れるお茶が一番美味しいかんね」 きっちり逆襲をくらって、忍足は菊丸を軽く肘で小突きながらも、そういえば自分の中の色んなイライラがなくなっていることに気付いた。 そして、なんとなくだが、菊丸の不機嫌の原因もわかったような気がする。 どこのケーキがいいとか、何が食べたいかとか、他愛のない話をしながら店へ向かう。 きっと忍足と同じ。 苦い気持ちで始まったホワイトディは、やっと甘さを取り戻したようだ。 忍足はなんとなく、自分の分はチョコレートケーキを買おうと思う。 あまりにも今日にぴったりで、食べながら笑ってしまうかもしれないけど。 待ち合わせの時間から2時間ちょっと。 やっと二人のホワイトディは始まったのだった。 |
| SStop | Top | nfTop |