その日、日吉は待ち合わせをしていた。
場所は某駅前、広場の時計下。
ありがち。
性格的に遅刻は好きじゃない日吉は、かなり時間ぴったりに待ち合わせ場所についた。
しかし……。

「お前、バッカじゃねーの」
「なんだよ、宍戸のがバカなんじゃん」
ケラケラと明るく笑っているのは日吉の待ち合わせ相手で、その相手をしているのは自分ではなかった。
宍戸亮。
自分の通う氷帝学園の三年。実力は自分の方が上で、日吉と同学年のデカい犬の飼い主。
日吉は宍戸に対して碌な見解を持っていないようだった。
「そんなこと言ったってよぉ、だいたいお前は」
「だから、そんなことないってば」
待ち合わせをしているのは自分なのに。
正直、頻繁に会うというには辛い距離で、今日は久しぶりにゆっくりと、丸一日使って会えると、たとえ表面上には出なくても楽しみにしていた逢瀬。
なのに今、菊丸が話しているのは自分ではなくて宍戸で、しかも楽しそうに笑っていて。
ただでさえ、いいと言われたためしのない目つきが、さらに凶悪になっていたが、それは日吉の自覚範囲外だった。
「あ、日吉!」
ぶんぶんと菊丸が手を振る。
「……おはようございます」
「おはよーございます」
律儀に頭を下げる日吉に、菊丸もマネをして頭を下げてご挨拶。
「なんだ、待ち合わせって日吉じゃねぇか」
宍戸は『よぉ』と軽い挨拶もそこそこに、なんだか失礼な発言をする。
「なんだよ、いいだろ。俺の待ち合わせなんだから」
「二年坊主となにするってんだよ。……ああ、お前は中身がガキだからちょうどいいのか」
「なんだとー。日吉のが全然宍戸よりオトナですー」
「どこがだよ」
菊丸は日吉そっちのけで宍戸に文句を言う。
日吉は小さくため息をついた。
「お前も下克上狙われてんじゃねーの」
「ふーんだ。下克上上等! 強い奴に勝ちたいって思うのは当たり前だろ」
「そりゃそーだけどよ」
「だいたい宍戸だって去年の今頃はすっげー跡部に対抗意識燃やしてたじゃん」
「ばっ、バカ! それ言うなって!」
菊丸の視線は宍戸に向いたまま。
今日会ってから菊丸が日吉の方を見たのは挨拶した時だけだ。
「あれだって同じだろ。宍戸の頭ん中に『下克上』って言葉がなかっただけじゃんか」
「うるせぇ。そんくらい俺だって知ってたっての」
「知ってるだけで、身にはついてないんだよにゃー?」
ケラケラと笑う菊丸は実に楽しそうだった。
日吉は再びため息をつき、今度は肩もすくめた。
「すみませんが」
声をかけると、二人いっせいに日吉の方を向いた。
「楽しそうなところ、お邪魔そうなんで俺は失礼します」
そのまま来た道を戻ろうと振り返ると、その瞬間、後頭部に激しい衝撃。
頭を押さえながら振り返って足元を見ると、なにやらカバンが落ちていた。
すると今の衝撃はこれが後頭部にぶつかったのかと日吉は納得した。
「……菊丸……それ、俺のカバン……」
「日吉のバカっ! 日吉が帰んなら俺も帰るっ!」
菊丸は日吉を睨みつけながらそう言うと、足音も荒く日吉が向かおうとしたのと反対方向へ歩いて行ってしまった。
それを呆然と見送ってしまった日吉は、心底あきれ果てた声に意識を現実に戻した。
「ガキ。お前、激ダサ」
宍戸は落ちていた自分のカバンを拾い上げて冷ややかな視線を日吉に向ける。
「菊丸さんが帰ったのを俺に当たるのはお門違いだと思いますけど」
「バーカ、お門違いなワケあるかよ。お前のせいじゃねーか」
日吉は眉間に皺を寄せて宍戸を睨んだ。
「お前、俺と菊丸ばっか話してて妬いただろ」
「………………まさか」
肩をすくめて見せれば、宍戸の視線はさらに冷ややかになるばかり。
「そう思ってるんなら別にそれはそれでいいけどな。だけど……」
宍戸の目がきつく日吉を睨みつけた。
「油揚げを狙ってるトンビはどこにでもいるってコト忘れんなよ」
「っ!」
宍戸は息を呑む日吉に、なんだか少しばつが悪そうに目線を逸らした。
「わかってんならとっとと行け」
「……え?」
「あーもう! バカか、お前は!」
宍戸が苛立ったようにぐしゃぐしゃと己の頭をかき回す。
「いっくらあいつがバカだからって」
「菊丸さんは馬鹿じゃありません!」
「ったく、だーから、それがわかってんだったらなんでわかんねぇんだ。どんなに逆上してようと、本気で家帰るって奴がなんで駅と反対方向に歩いてくってんだよ」
「……あ」
日吉が来たのは駅からで、確かに菊丸はそれとは逆の方向に向かっていった。
それがなんの意味を持つのか。
わかった瞬間、日吉は菊丸が歩いていった方に向かってダッシュした。
そしてすでに意識が菊丸へのみ向かっている日吉は、残された宍戸が深く深〜くため息をつき、
「あーあ、俺も激ダサか」
と一人呟いていたことを知らなかった。
もっとも知ったところで『だからなんだ』としか思わなかったとも思われるが。

ちなみに、日吉を焚きつけて追いかけさせたのは、宍戸もまた油揚げを狙うトンビだから……ではなく。
わかっていながら面白がって、いらない茶々を入れた自覚があったからである。


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