天下無敵のゴールデンウィーク。
天気はよいし、気温も高くもなく低くもなく、絶好のデート日和だ。
というわけでデートである。
いや、『というわけ』だろうがなかろうがデートするんだけど。
跡部の家と菊丸の家のちょうど中間点にある繁華街。
どこが目的地というわけでもなくそぞろ歩く。しかしそれは何にでも興味を示す菊丸のおかげで退屈なものではなかった。
だからそれはいいのだ。
たとえ、もう少し金はかかるがキッチリしたデートがしたいと言っても、金がないから嫌だと言われ、それなら出すと言っても、それはもっと嫌だと言われたとしても。
そしてそぞろ歩くうちに『いいな』と言う物を買ってやると言うたびに『いらない』と言われたとしても。
そんなことは些細なことなのだ。
だから今、せっかくのデートだというにもかかわらず、とんでもなく機嫌が悪いのは、菊丸が原因ではない。
……ある意味では菊丸が原因だとも言えるのだが。
「英二、偶然だね。これからどこか遊びに行こうか」
「あ、不二ぃ」
とか
「こんなトコで菊丸クンに会えるなんて、俺ってば超ラッキー♪ おもしろいトコ知ってるんだけど、一緒にどう? 絶対菊丸クン気に入ると思うなぁ」
「千石じゃん、ひっさしぶりー」
とか
「英二、一緒にボーリングに行かないか」
「あはは、大石そればっか」
とか
「なんや菊丸やん。ちょうどええとこで会ったなぁ。映画見に行かへん?」
「映画ぁ? そういえば忍足って映画好きなんだっけ」
とか
「俺は英二がいればどこでも超楽Cーっ!」
「ジローはどこでも寝てるから一緒なんじゃないの〜?」
とか
「ダメだよ菊丸君、俺をフリーにしちゃ」
「……会っていきなり意味不明だよ、佐伯ぃ」
とか
なんだって、行く先々で顔見知りに会うのやら。
しかもこぞって菊丸を連れて行こうと策を弄する。
想像していた以上に交友関係の広い菊丸に、跡部は密かに奥歯をぎりりと噛み締めた。
そのたびに跡部が『行くぞ』と無理矢理引き剥がすことになるのだ。
菊丸がニコニコと『そんじゃ、まったね〜』とあっさりついてくるからまだ我慢もできるというものの。
しかし……しかしだ!
すでに勝負はついているはずなのに、未練がましい奴ら(跡部談)は、その後さりげなくついてきているのだ。
あちらこちらからビシビシと感じる視線でそれがわかる。
視線が物質化することがあったら、とっくの昔に跡部は出血多量で死んでいるだろうと思うほど痛い視線だった。
それだけではない。
「なあなあ、跡部ぇ、喉渇かない? 喉」
少し上目遣いで伺うように、でも甘えるニュアンスは隠さない表情は、いい加減見慣れてきたはずの跡部でさえ一瞬クラリとするほど可愛い。
それが自分に向けられているというのは、まさに至福。
……いささか大げさかもしれないが。
しかしその幸せな気分も、ザクザクと刺さる視線に軽減され、おまけに擦れ違う男の菊丸を見つめるデレッとした顔に霧散する。
女の子を連れている分際で、そんな顔で人のものを見るなと言いたかったが、隣の女もまたうっとりとした夢見るような目で菊丸を見ているのに気付いて『ああ、そーかよ!』な気分になる。
確かに菊丸は可愛い。
普段は決して口には出さないが、跡部だってそれは認めるのはやぶさかではない。
それが他の人間を魅了するのだって嫌ではないのだ。いつもならば。
だって、そんなに魅力的な人間は『自分のもの』なのだから。
だがそれが菊丸だというだけで、その『いつも』は『いつも』ではなくなり、跡部はまたどうしようもないムカつきに苛まれるのである。
「ねー、跡部ってば!」
ゆさゆさと腕を揺さぶられて跡部は我に返った。
「……何がいいんだ」
恥ずかしい事を考えていたせいで、つい口調がぶっきらぼうになる。
だがそんな跡部を一向に気にすることもなく、菊丸は楽しそうに『あれもいいし、これもいいし』と跡部に話しかける。
「よし、決めた!」
辺りをキョロキョロしながら思案していた菊丸は重大な決意をしたような顔で頷いた。
「やっとか。……で?」
「あのね、アイス! アイス食べたい!」
「バカか。そんなもん食ったら余計喉が渇くだろうが」
「え〜? だって食べたいんだもん」
「後でやっぱり喉渇いたって騒ぐなよ」
「やった! 跡部、大好き〜♪」
仕方ねーなと肩をすくめた跡で、跡部は『おや?』と思った。
菊丸は奢ってもらったり、物を貰ったりするのが大好きで、そういう時にはすぐ『大好き』だの『ラブー♪』だのと言う。
だが、それは友達の場合で、むしろ恋人として付き合うようになって、後紅はそういうことを言うことが格段に減った。
奢られたがらないし、貰いたがらなくなったせいだとも思われるが。
しかもこういう人が大勢いる場所で、こんなにあからさまに甘えるようなことはしない。
もしかして……。
跡部は、菊丸がこちらを伺っている視線(知人・非知人問わず)の視線と、その視線の意味を感じて、それに対する意思表示なのかと思ったが、すぐにそれは自分の希望的観測であると思いなおした。
菊丸は自分がそういった対象に見られるということに非常に鈍い。
『トモダチだもん』という、なんの理由にもならない理屈が、菊丸の中では確固とした理由としてまかり通っているのだ。
それでは突然のこの態度はなんなのだろうと考えたが、菊丸特有の気まぐれだろうとしか思えなかった。
ウキウキとした足取りで喫茶店に向かう菊丸の後をゆったりと追いながら、跡部はこれでいい加減諦めやがれ、と心の中で未だに刺さる不特定多数の視線(しかもその鋭さ・激しさは増すばかりだ)の主に対して呟いた。

しかし跡部は知らなかった。
そして跡部を睨みつけつつも、菊丸を見つめる視線の主たちも知らなかった。
知ったら膝を突いて打ちひしがれるほど脱力してしまうだろう菊丸の気持ちを。

『もう、みんな俺をダシにして跡部と仲良くなろうとするんだもんな! 擦れ違う女の子もみんな跡部見てうっとりしちゃってるしさ! ホントやだ。ムカつく。跡部は俺のなんだからなーっ!』

ある意味、跡部も菊丸もこれはこれで幸せなのかもしれない。


SStop Top nfTop