| 寝ていた菊丸がムクリと起き上がった。 そのままの姿勢でぼ〜っと半分閉じた目で中空を見つめている。 「……起きましたか? 菊丸さん」 隣でベッドにもたれて本を読んでいた鳳が本を傍らに置いて話しかけても、菊丸はぼ〜っとしたまんま。 「菊丸さん?」 顔を覗き込むと、菊丸は今度は鳳の顔を見つめ……。 「き、菊丸さん!?」 きゅっと寄せた眉。 僅かに尖らせた唇。 半眼。 どこをどうとっても機嫌の悪さを物語っていた。 いや、半眼は寝起きのせいもあるのかもしれないが。 「あ、あの……菊丸さん?」 「……むー……」 鳳を見る菊丸の目はすでに見つめるを通り越して睨む、だ。 しかしその顔は非常に……いや、異常なまでに可愛らしく、尖らせた唇などはまさに犯罪級。(見ている方が犯罪を起かしかねないほど、という意味の犯罪級だ) 「……鳳……キライ」 「!?!?!?」 ガーン! そんなありきたりでシンプルな擬音では表現できないほどのショックだった。 「ちょ、ちょっと待ってください! なんでですか! 俺のどこが嫌いなんですか!?」 鳳は必死だった。 かねてから片思いを続けていた菊丸と両思いになって数ヶ月。この上ないほどの幸せな時を過ごした結果がこれだというのか!? 「だって……だって……」 菊丸の顔がくしゃりと歪む。 「なんですか?! 俺に悪いところがあったんなら直します! 言ってください!」 「だって……鳳、カエルが嫌いなんだもんーっ!」 ………………。 一瞬の思考停止。 はっ! 呆然としている場合ではなかった。 「き、嫌いじゃないっすよ! 夏のあれはその、急だったから驚いただけで!」 シドロモドロ。 正直言って好きなわけでもないが。 「……ウソだぁ。鳳、カエルキライだもん。見たら腰抜かすんだもん」 それは青少年のプライドのためにも、即刻消し去ってもらいたい過去だった。 うっかり打ちのめされそうになった鳳は、できることならあの夏の日のあの瞬間をやり直したいと心から願った。 が、できるわけもなかった。 しかし打ちのめされたことによって若干落ち着きを取り戻した鳳は、そっと手を伸ばして菊丸の体を抱き寄せた。 「ヤだ。俺かえるー」 それは洒落ですか。 ここは笑うところなんですか。 鳳が取り戻した落ち着きは、本当に微々たるものだったらしい。 嫌がるように身じろぐ菊丸を、半ば強引に抱き込む。 「菊丸さん……」 ついでに体勢が落ち着かないので膝の上に抱き上げた。 いつもなら子供みたいで嫌だと文句を言う菊丸は、なぜか今日はそのことに関しては文句を言わなかった。 「菊丸さん……なんで俺がカエルが嫌いだとダメなんですか?」 静かに、静かに。 ひとまず暴れるのを止めた菊丸を興奮させないように。 まずは原因の究明から始めることにした。 「だって……だってさ……」 菊丸が泣きそうな顔で鳳を見上げる。 鳳はとりあえず覚悟をした。 何を言われても動揺しないように。(そして反論して丸め込めるように!) が。 「もし……俺が悪い魔法使いにカエルにされちゃったら、鳳カエルキライだから絶対キスしてくんないんだもん」 ………………………………。 時計の秒針が半周した。 「……え?」 「だから俺はカエルのまんまで、鳳は俺のコトキライになっちゃうんだー」 グスグスグス。 恐ろしいことに菊丸は本気だった。 またもや鼻をグスグスやりだした菊丸に、鳳は懸命に意識を現実に戻した。 そしてこれだけは言わなくてはと思った。 「菊丸さん……俺は……俺は菊丸さんなら、カエルだろうがオケラだろうがアメンボだろうがキスできます!」 更に恐ろしいことに、鳳もまた本気だった。 「……ホント?」 「はい!」 「ホントにホント?」 「はい。本当に本当です」 ふにゃりと菊丸の顔が笑み崩れた。 ふわふわとした夢見るような笑顔で菊丸は鳳の首に腕を回す。 「じゃあさ……練習、しよ」 さすがの鳳でも、なんの練習かなんて聞くような野暮なことはしなかった。 「ん……もっと」 甘い声でねだられれば、もう理性は崩壊寸前。 いつもよりも甘く柔らかな雰囲気に、もしかして! と鳳は僅かに緊張した。 もしかしてもしかすると、今日こそは一歩進んだお付き合いへ!? ゆっくり唇を離すと菊丸は鳳の肩口に頭をもたせかけて体の力を抜いた。 こ、これはいわゆるOKの合図というやつなのか? ドキバクと高鳴る胸を必死で押さえ込みつつ、鳳は菊丸の肩に手を置いて菊丸の体をそっと起こした。 そして……。 「……こんなことじゃないかと思ってたよ」 鳳の強がりが虚しく響くほど、菊丸はぐっすりと熟睡していた。 「ちくしょう……」 それでも根がいい人の上に菊丸にベタ惚れの鳳は菊丸の安眠を守るために、そのままの姿勢で約1時間をすごしてしまうのであった。 ちなみに。 すでに予想はついているかと思われるが、次に目を覚ました時に、菊丸は一連の言動を綺麗さっぱり忘れ去っていた。 そしてその後、寝ぼけた菊丸の凶悪なまでの可愛さと、あの時点で寝かさなければ先に進めるのではという不埒な思惑によって、鳳は菊丸の寝入りばなを起こしてみたり、熟睡しているのを起こしてみたりと試行錯誤を繰り返しては、菊丸に怒られるということを繰り返すのだった。 かねてから片思いを続けていた菊丸と両思いになって数ヶ月。 しかし何ヶ月、何年経とうが、鳳が菊丸に振り回されることは変わらないようであった。 |
| SStop | Top | nfTop |