部活前、部室で各自着替えていると、唐突に手塚が菊丸に声をかけた。
「菊丸」
菊丸はポロを被っていた最中で、手塚の声に慌てて頭が引っかかって更に大慌て。
「な、なに手塚! 今日はまだ俺なんもしてないよっ!」
振り返ろうとして肘を棚にぶつけ、情けない声を上げた。
手塚はと言えば、自分が呼べば怒られるとしか思っていないのかと、密かにため息をつくばかりである。
「いいから落ち着け」
さりげなく引っかかっている服の後の方を引っ張って頭を出してやると、菊丸は照れくさそうに笑った。
「サンキュ。……で、なに?」
「ああ、いや……たいした事ではないんだが……」
自分から話しかけたくせに、手塚は妙に歯切れが悪い。
「お前は饅頭は好きか?」
「……はぁ?」
「いや、だからその……祖父の知り合いが温泉に行って土産を持ってきてくれたのだが、うちにはあまりこういったものを食べる人間は少なくてだな」
手塚はカバンのポケットから、どう見ても温泉饅頭を二つ取り出した。
「くれんの?」
菊丸は首を傾げて手塚を見上げた。
「ああ」
「サンキュ! 練習終わったら食っべよ〜っと」
菊丸はウキウキとした様子で饅頭を自分の棚の奥に仕舞いこむ。
それを手塚はほっとしたように見ていた。
「いいな〜、エージ先輩」
「へっへ〜、いいだろ〜」
「先輩、俺にも一口!」
「や〜だよん。桃の一口、超デカイじゃん」
「そんなこと言わないで〜」
早速食べ物の匂いを嗅ぎつけた桃城と菊丸のやり取りを部室中が笑いながら見ていた。

そんな中。
「まったく、なにやってんだか、あの二人は」
不二がため息をついた。
「いや、かなり興味深いけど?」
乾はデータを書き込んでいた。
「乾にとってはそうかもしれないけどさ、今更餌付けってどういうことって思わない?」
「まあ、確かに今更だな」
乾は笑いながら頷いた。
「しかも饅頭ってどういうこと、饅頭って」
「英二の好みは和菓子よりも洋菓子、特に饅頭の類は昔食べ過ぎたとかであまり好きではない」
詳細というにはかなり行き過ぎているデータを読み上げる。
「そして手塚家では祖父と父が甘党というデータもある」
「……わっかりやす〜い」
不二は遠い目をして投げやりに呟いた。
「まあ、今更餌付けをすることから言っても、あの二人が早急にどうにかなる可能性は30%と言うところかな」
「30%もあることが僕にはビックリだけどね」
「だが現実問題として二人のベクトルは同レベルだと思っていい」
不二は眉をしかめた。
「残念だったな、不二」
「君もだろう」
「まあね。でも諦めるつもりはないよ」
乾の眼鏡が光った。
「それは僕だって」
不二も不敵な笑みで返す。
「もっとも、俺達だけでもなさそうだがな」
乾はゆっくりと部室内を見回した。
一見和やかに笑っているようで、突然の手塚の行動の意味を見出そうと油断なく観察する目。
それに気付かないのは、当事者二人だけであった。
仕方がないのである。
何しろ二人は、周りよりも相手のことしか見ていないのだから。


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