「次のデートは杏ちゃんも一緒に遊ぶ!」

菊丸がそう宣言したのは、夕暮れも過ぎて少し薄闇の人気のなくなったテニスコートのベンチという、恋人同士が二人っきりでいるには、かなりいいムードな時・場所だった。
まあ、無理に連れ出した以前から菊丸の機嫌はすこぶる悪く、しかもジュースを賭けてのミニゲームにも負けたという、最悪のコンディションだったのは否めないが。
しかしキスの間はおとなしかったのに。
橘桔平(15歳までカウントダウン中)は内心で『やれやれ』とため息をついた。

待ち合わせ場所にまだいないからと、飲み物を買いに行こうとしたら妹と話している菊丸を見つけた。
なにやら色々と吹き込まれたらしい。
正直に言って、九州にいたころは付き合ってくれと言われたことが2〜3……とは言わずあったのは否定できないが、結局のところテニスと同程度でも夢中になれる気持ちを持ったことはなかった。
一度、年下のおとなしそうな子のときに妹を同伴させたこともあった。
相手はどうも自分から言ってきたにもかかわらず橘にビクビクしているようだし、話題にも困っていた。つまるところ気遣いするのにもうんざりするほどお互いに気をつかいまくって疲れ果てていたのだ。
妹と同じ年だったし、女同士いれば気も楽だろうし適当にやるだろう。自分はそれに付いて行けばいいやと、思いついたときは我ながらナイスアイディアと思ったのだが、妹には散々文句を言いまくられた挙句に迷惑量まで持っていかれ。
もちろんその女の子にもフラレた。

そこまで考えて、なるほどそれか、と合点がいった。
「駄目だ」
「えー、なんでー!?」
「お前といるのに、なんで杏と一緒じゃなきゃいけないんだ」
「でも……だってー……」
「とにかく駄目だ。ただでさえ、ゆっくり会える時間は貴重なんだぞ」
「………………」
「わかったな」
「……やだ」
「なに?」
菊丸は今まで見た中で最高の仏頂面をしていた。
そして妙に座った目をして迫力がある。
これが純粋培養の末っ子の駄々か。
「絶対杏ちゃんも一緒。じゃなきゃデートしない」
それだけ言って、ぷいっとそっぽを向く。
しかし橘桔平とて一人の妹を持つ兄だ。これくらいの我がままに振り回されるようで兄は務まらないのである。
「菊丸、俺はいつでもお前と一緒にいたいし、できればお前といるなら二人きりでこうして寄り添っていたいんだが……お前は違うのか」
杏が一緒にいれば、それはできないんだぞと言えば、菊丸はちらりと視線を向け、そして少し躊躇してから橘に向き直った。
そっと軽く体を預けてくる。
「俺だって……俺だってそうだよ」
「なら……」
「でもさ、俺、これからもずーっとたっちーと一緒にいるつもり……っていうか、一緒にいたい。そしたらやっぱりたっちーの大事な妹の杏ちゃんとは仲良くしたいじゃん。こういうのって気が早い? 変?」
体を預けたまま、おずおずといった感じで見上げてくる菊丸に、橘は言葉に詰まった。
「お願い」
完全に橘の負け。菊丸の勝ちだった。
妹にはびしっと厳しく(時にはなだめすかして)駄目を通せる橘も、菊丸にはひとたまりもなかった。
仕方がないのである。
普段は見せない強引な我がままを菊丸にだけは見せる橘だったが、菊丸の我がままには所詮勝てるわけがないのだ。
なにしろ菊丸の我がままというのは、兄妹(いもうと)の我がままではなく、恋人の我がままなのだから。



後日、菊丸の希望通りに三人で出かけ、菊丸を真ん中にして歩いた。
そして、我がままを通された報復というわけではないが、やはり会えたのに触れられないのが寂しくて、こっそり隙を見て手を握り、『女の子のときもやってたんだ!』と誤解されて恐ろしく拗ねられて機嫌を直すのに苦労するのだが。
それはまだ先の話だった。


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