電車が止まって乗客が乗り込んできて、電車はまた走り出す。
別の路線と交差する先ほどの駅で、乗り換えの乗客も加わっていっそう車内は人でいっぱいになった。
もはやぎゅう詰めと言ってもいいだろう。

「跡部、だいじょーぶ?」

自分もしっかり押しくらまんじゅうの一員なのに、菊丸が跡部を心配するのは、おそらく跡部がこんなに込んだ電車に乗ったことがないと思ったからだろうか。

実際、ここまで込んだ電車に跡部は乗ったことがなかった。
テニス部関係で大勢で移動する時以外は、運転手付の車で移動すればいいのだし。
今日だって、本当は車で行くはずだったデートだが、菊丸の激しい希望で電車を使うことになったのだ。

「大丈夫に決まってんだろうが」

ドアに肘をつく形で跡部を見上げ、菊丸は嬉しそうに笑った。

「今日は楽しかったにゃ」

「ああ」

跡部としても面倒なだけなはずの電車での移動も、菊丸とならばそれほど悪いものではない。

しかし現状として一つだけ不満のあった跡部は、次の駅に着いて降りる客が降り、再び乗る客が増える前に菊丸の腕を引いて強引に場所を入れ替わった。
跡部がドアに肘を突くのを待ちかねたように、また車内は押しくらまんじゅうになる。
背中に、そしてそれを支えるための肘と足に、かなりの圧力がかかった。

「跡部ぇ」

不満そうに少し唇を尖らせて菊丸が睨んでいる。

「俺、女の子じゃないよ」

「馬鹿か、お前は」

即答だった。

「お前は俺が女に見えるとでも言うのかよ」

実際さっきまで、この圧力に耐えていたのは菊丸の方なのである。
乗り込むなりさっさとポジションを決め込んでいたのは、後の込みようを予想してだったのだろう。

「や……それはちょっとムリがあるかにゃ」

確かに跡部は綺麗と形容される顔立ちをしているが、テニスのために鍛え上げられた体は意外とがっしりとしている。
そしてそれを誰よりわかっているのは菊丸なわけで。

それでもまだ不満げな菊丸に、跡部は小さく笑った。

「くだらねぇ事を考えてんじゃねぇぞ」

と言えば、菊丸の顔はさらに不満そうにふくれた。

「くだんなくにゃい!」

菊丸の考えていることはだいたい想像がつく。

それが悪いと思っているわけではない。
ただ、ひどく簡単なことを菊丸がわかっていないだけなのだ。

「お前……やっぱり馬鹿だな」

そう言うと菊丸は予想通りに眉を吊り上げた。

跡部は菊丸のこの怒った顔が嫌いではない。
というよりも、むしろ好きだ。
これを見たさに必要以上に挑発してしまうのは、付き合うようになってからも、そうそう止められるものではなかった。

菊丸が自分で気がつくまで放っておくのも面白いが、しかしあまり遊びすぎると本気で機嫌を悪くするのは目に見えていて、それはデートの締めくくりとしては美しくない。

「おい……」

呼びかければ跡部を見上げるきつい目に薄く笑いながら菊丸の耳元に顔を寄せる。

「『守りたい』なんて、自分だけだと思うなよ」

相手が男だろうが女だろうが、強かろうが弱かろうが、そんなことは関係ない。
大事に思う相手ならば、少しでもかかる負担を減らしたいと思うのは当然のことだろう。

菊丸がそう思う分だけ、もしかしたらそれ以上に跡部もそう思っていることに気づかない菊丸が馬鹿なのだ。

3.2秒後、菊丸はばふーっと湯だった。
『あう』とか『にゃー』とか言葉にならない菊丸に跡部は満足する。

菊丸の怒った顔が好きな跡部は、菊丸の照れてうろたえる顔もたいへん気に入っているのだ。

「……跡部のバカ」

ひとしきり狼狽しまくった菊丸は、まだ赤い顔で跡部を睨みながら跡部の上着の裾を握った。

「そーいうのは二人のときに言え」

確かに少しもったいなかったかもしれないと思いつつも、素直に菊丸への気持ちを伝えるのは癪に障る。
だから、フンと鼻で笑うのだ。

「気が向いたらな」



菊丸の降りる駅まであと2駅。


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