| 日本の夏は暑い。 しかも、ただでさえ湿度が高く不快指数が高いというのに、ここ数年に亘って気温は上がる一方である。 今日もご多分に漏れず、ただでさえイライラしそうな天気だというのに、これ以上はない機嫌の悪い顔で跡部はどっかりとベンチに腰を下ろした。 「へ? あ、跡部!?」 隣で目をまん丸にして跡部を見るのは、青学のにゃんこ先生こと菊丸英二である。 その向こうでは、二人よりも明らかに年上の男がスタバのプラスチックカップを持ったまま、やはり目を丸くしていた。 「ひ、久しぶり。や、でも、その……会うの週末じゃなかったっけ?」 妙に慌てている菊丸にまた跡部はムカつく。 「英二、友達か?」 菊丸の連れの男が聞く。 「あ、う、うん……トモダチっていうか、トモダチっていうか、その……えと、仲いい……デス」 「本当かよ」 ぼそっとつぶやいた跡部に、菊丸がぎょっとした顔をする。 「知らねぇ間に他の男とイチャイチャされてるってのは仲がいいってのかね」 けっと吐き出さん勢いだ。 はっきり言ってとても態度が悪い。 「ちょっ……イチャイチャってなんだよ、それ」 今度は菊丸が眉を逆立てた。(菊丸の場合は尻尾かもしれない) 「してんじゃねぇか。俺には普段、コーヒー一本と言えど奢らせたりしねぇくせに、甘えた顔でねだりやがって」 「ど、どっから見てたんだよ! まさかずっと後つけてたわけ!?」 跡部、それには答えず 「まさかたぁ思うが、そっちが本命で俺が浮気だってことはねぇだろうな」 「っ!?」 菊丸が驚愕に目を見開いた。 カップを持ってる手が震えているのが跡部にもわかった。 その後ろで、知らん男もまた全身をわなわなと震わせていたが、こっちはもうはっきり言って目に入っていなかった。 跡部とて本気でそこまで思っていたわけではない。 しかし、さっきの男に甘える菊丸の表情だとか、跡部が現れてからの跡部との関係を濁すような菊丸の態度に若干不安になったとしても、それは仕方がないのではなかろうか。 「あ……あ……跡部っ!」 菊丸爆発。 「跡部は俺がそーいうヤツだと思ってたんだ!」 「そーいうってどーいうだよ」 片手をベンチの背にかけて足を組んでいる跡部は、ものすごく態度が悪い。 「跡部、ちょっとそこ座んなさい」 「座ってんだろうが」 「違う! ちゃんと手も足も下ろして姿勢正す!」 いつもの菊丸にはない勢いに、跡部がちらりと視線を向けると、菊丸はものの見事に座った目で跡部をにらみ上げていた。 ……なんだかちょっとヤバイ予感? 跡部はこんな菊丸は初めて見た。 うっかり勢いに飲まれて、組んだ足をそろえて、両手はおひざの上に。 「跡部はどーだか知んないけどね、俺は好きでもないヤツと付き合うなんて面倒なことはしないかんな」 ましてや、と菊丸は続ける。 「ほんっとーに特別に好きじゃなきゃ、キスなんてされたら、殴って蹴って噛み付いて、とにかくてってー的に暴れんだから」 跡部が菊丸にキスをした時は……おとなしかった。 その時のことを思い出してか、跡部はだんだんと機嫌が浮上していくのだが。 「キッ、キス!? え、英二! 付き合うってどうい」 「大兄は黙ってて。俺は今跡部と話してんの!」 ものすごく慌てふためいた男が菊丸を振り向かせようとするが、菊丸はそれをビシッとさえぎった。 しかし跡部はそれを喜ぶ余裕はなかった。 確か菊丸は五人兄弟で、兄二人姉二人。それぞれ区別するために大兄、小兄(大姉、小姉)と呼んでいたはず……。 跡部はものすごく自分の旗色が悪いことを認識した。 「絶対跡部とのコト知られたら反対されるから、少しずつ跡部のいいトコとか話して認めてもらおうって思ってたのに」 今までの会話から、確か一番菊丸を可愛がっているのが一番上の兄だったはず。 「俺は跡部のコト信じてるから、跡部がすっごい女の子にキャーキャー言われてモテんのガマンしてんのに……」 滅多に言わない菊丸の『好き』という言葉と、家族にも認められたいという菊丸の『本気』に、跡部は胸が熱くなり、今更ながらにこの男前なニャンコに惚れているのだと実感した。 だから……。 「おい……俺だって惚れたりしてなきゃ付き合ったりしねぇぞ」 うっかり思いっきり下手に出る跡部だった。 「どーだかね。俺のコト疑うってことは、自分に身に覚えがあるからじゃないの」 ぷいっ。 「馬鹿。そんなヒマがあったら俺はテニスをするぞ」 「……俺、浮気って大っ嫌いだかんな」 「しねぇよ。俺がテニスの時間削っても会いてぇのはお前だけだ」 「ホント?」 「ああ、本当だ」 「もう俺のコト疑ったりしない?」 「ああ……もうしねぇ。悪かった」 「跡部ぇ」 菊丸の声から段々角が取れて甘くなる。 それに呼応するように跡部の手はゆっくりと菊丸の肩に伸び……。 「話は終わったのか」 地獄の底から響いてくるような声だった。 菊丸はビクッとして慌てて振り返る。 もちろん跡部の視線も同じだ。 「英二、ちょっとそこに座りなさい」 「もう座ってるじゃん」 「そうじゃない! ちゃんと姿勢正す! もっと離れて!」 もちろん離れるのは跡部とだ。 跡部はなんとなく、いつも菊丸が怒られる時のパターンがわかったような気がした。 (身をもってわかったとも言う) 「……いや、そうだな、英二は先に帰ってなさい」 大兄の矛先は跡部に向かったようだった。 「まさか俺と話をするのが嫌だとは言わないな?」 もちろん思いっきり嫌だったが、それを言ったら菊丸との未来は暗そうだ。 跡部はきっちりと姿勢を正した。 「ほら、英二は帰れ。お前とは後でだ」 きっちりと菊丸に釘を刺すのも忘れない。 菊丸は少し考えてから、立ち上がった。 その時にちかりと目が瞬いて、跡部はなんだか嫌な予感が背筋をはしった。 「跡部」 素早く跡部の耳元に顔を寄せ。 「英二!」 「ちょっとだけ!」 両手で口を覆って囁いた。 「跡部の焼きもち見れてホントはちょっとだけ嬉しかったよん。でも、やっぱ俺少しムカついたから、ペナルティは受けてね」 チュッ。 囁きの終わりに頬に軽い感触。 きっちりと兄に見える角度で。 「………………英二ーっ!」 わなわなと震える兄の体から、怒気が湧き上がるのが見えるような気がするほどだった。 菊丸は慣れているのか、兄の声が出る頃にはすでに公園の出口まで走っている。 「あーとべっ!」 怒られている(後で更に怒られるのが確定している)のに、菊丸はにこにこと跡部に向かって手を振った。 「俺のコトあきらめたら、俺、泣いちゃうかんね」 パチンと綺麗なウィンク。 「だから、がんばって大兄説得してね〜♪」 ヒラヒラと手を振って、菊丸は軽い足取りで歩いていった。 残された跡部に道は残されていない。 なぜならば跡部は、誰に言われようと(たとえ本人にでもだ)菊丸をあきらめる気は全然まったく毛頭ないのだから。 その日、跡部が家に帰りついたのは、もう夜も更けてからだったそうだ。 |
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