「なあ、菊丸」
弁当を食べながら乾が話しかける。
「んー? なに、これ欲しいの?」
菊丸は食べようと箸でつまんでいた玉子焼きを乾の前に差し出した。
今日、菊丸がここ、半乾の私物化されている化学室で弁当を食べているのは、目の前の乾に呼び出されたから。
話があるから、ついでに一緒に弁当を食べないかと。
「ふふ〜ん♪ これは今日の俺のじっしん作〜♪ 美味いよ?」
「あ、ああ……いただきます」
一瞬戸惑った乾は律儀に軽く一礼して、菊丸が玉子焼きを自分の弁当に乗せるのを待つ。
「…………」
「…………」
差し出されたままの玉子焼き。
焦れた菊丸は乾の顔の前で玉子焼きを振った。
「ほらぁ、手ぇ疲れちゃうじゃん。早く早くぅ」
「え?! いや……それは……」
と言いつつも、箸を下げようとしない菊丸に、乾は意を決して玉子焼きに口をつけた。
「美味いっしょ?」
な? な? と速攻聞く菊丸だったが、乾はまだ咀嚼さえおぼつかない状態で。
手でちょっと待って、と菊丸を制して、乾は懸命に玉子焼きを食べた。
なぜこんなに必死に玉子焼きを食べなければいけないのだろうと悩みながら。
「うん、美味いな。今日は菊丸が当番だったのか」
「そそ。今日は割りと時間あったからさ、朝飯と一緒に作ったのさ〜」
卵料理は自慢だというだけあって、さすがに玉子焼きは美味かった。
そのまま、また二人はほぼ黙って弁当を食べる。
普段、不二と食べている時はうるさいくらいにぎやかな菊丸も、今日は勝手が違うのか、たまに他愛のないことを話すくらいだ。
ほぼ同時に二人共食べ終えた。
乾は弁当を片付け、迷っているように視線を泳がせる。
菊丸はそんな乾をじっと見上げている。
たまに菊丸はこんな風に何かをじっと見つめる時がある。
その目が見ているものが気になっていたはずなのに、いざその目を向けられると、菊丸の目は妙に澄んで見えて、乾は見透かされているような気分になって落ち着かなかった。
「話……あんじゃないの?」
「あ、ああ……」
半ば逃れるように席を立って背を向ける。
そのまま部屋の端にある小さな冷蔵庫へと向かった。
主に危険のない薬品を納めておく冷蔵庫の中から、ラップをかけたビーカーを取り出して机に置いた。
「ここに……新作の乾汁がある。名前はまだ決めてない」
菊丸の顔が泣きそうに歪んだ。
「え〜っ!? 新作乾汁(仮)の試し飲み〜!? 俺やだかんな! そんなの不二に飲ませろよ〜!」
泣きそう、というよりは、むしろもう恐怖に引きつっていると言ってもいい。
コポコポと炭酸でもないのに怪しく泡の浮かぶビーカーからラップを剥がしながら、乾は菊丸に近寄った。
「いや……少し違う」
トンと音を立てて菊丸の目の前に置いて、そのまま座りもせずに菊丸を見下ろす。
「もし……これを飲むのと、俺と……恋人として付き合う、どちらかを選ぶとしたら、菊丸はどちらを選ぶ?」
こんな時でさえ、予防線を張らずにはいられない自分を情けなくも思うけれど。
それでも友達……いや、ただの同じ部活のチームメイトとしてだけでも、菊丸に縁を切られるのは怖いのだ。
面白いデータが取れたよ、と冗談にできるように、わざわざ本当に新作の汁を作ってまで。
「そんなの決まってんだろ!」
言葉と同時に、菊丸は乾をキッと音がしそうな勢いで睨み上げた。
「俺なら今すぐこれを飲み干して、速攻トイレにダッシュするか、ぶっ倒れて保健室に直行するね!」
そんなに嫌なのか、と。
私情が入ってしまうために確率は予想できていなかったものの、こうまではっきりと言い切られるとさすがに胸が痛い。
早く冗談にしてしまわなければならないのに、うまく声が出ない。
「バッカじゃん、乾」
衝撃と焦りで固まる乾の耳に、言葉に反して妙に優しげな菊丸の声がする。
「データデータって言ってるけど、乾、自分のデータ取ってんの?」
菊丸の言ってる意味がよくわからない。
なぜここで自分のデータが関係してくるのか。
「あ、ああ……己を知り敵を知れば百戦危うからずの言葉もあるからね。俺のデータももちろん取ってるさ」
乾の声は妙にかすれていた。
菊丸は立ち上がって乾の正面に対峙する。
「だったらなんでわかんないかなあ」
腰に手を当てて、幾分苛立たしげに。
「こんなんで俺が乾の方選んだら、乾はいつまで経っても俺が乾を好きだって納得しないか、それか脅して付き合わせたって、やっぱりいつまでもグルグルしちゃうだろ!」
「……き、菊丸?」
乾は混乱した頭で菊丸の顔を見る。
「にゃに」
「今のは……」
「そんなことより!」
菊丸はぐいっと顔を寄せて、正面から乾の顔を見つめた。
「俺に、話があるんだろ。早く言え」
一言ずつ区切って。はっきりと。
まいった。
かなわない。
ようやく動き出した頭で、乾は全面降伏せざるを得ない自分を認識した。
幸いさっきのはノーカウントにしてくれるらしい。
乾は両の手をぐっと握り締めた。
「菊丸、お前が好きだ。俺と恋人として付き合ってくれないか」
やはり一言ずつ区切るように、もう自分を誤魔化す事もなく。
きっぱりと言った乾に、菊丸はやっと肩の力を抜いて破顔した。
「俺も乾が好きでした。だから『はい、喜んで』!」
それからちょっと照れくさそうに
「できれば乾汁は抜きのお付き合いでお願いシマス」
と囁いた。


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