菊丸は車の後部座席でため息をついていた。
膝の上には巨大なバラの花束が乗っている。
菊丸はポケットから携帯を取り出して着信履歴から電話をかけた。
頻繁に連絡を取ってる相手なら電話帳を検索するより早いから。
「あ、もしもし、不二?」
隣の跡部がピクリと反応した。
「悪いんだけどさ、やっぱ拉致られたから練習休む。手塚には……うーん……あ、そうしてくれる? サンキュ♪」
通話終了。
跡部はむっつりした顔で前を見ている。
「……なに怒ってんだよ」
「別に怒っちゃいねぇ」
……怒ってんじゃん。
「んじゃ訂正。なんで機嫌悪いんだよ」
「……お前が俺からの誕生日プレゼントを受け取らねぇからだろ」
「あーとーべー」
菊丸はまたため息をついた。
「あんなたっかいモンもらえるワケないだろ。このバラだってすっげー高そうだし」
「別に高くねぇ」
「跡部にはそうでも俺には高いの! クソたっかいの!!!」
菊丸はプイと顔を逸らして窓の方を向く。
「それに俺、あんなのいらないもん」
わずかな沈黙を先に破ったのは跡部だった。
「……何が欲しいんだ」
菊丸がチラリと跡部を伺う。
「俺の欲しいモンくれんの?」
「ああ。なんでも買ってやろうじゃねえか」
跡部はヤケクソ気味に言った。
菊丸はう〜ん、と考え込んで、それから
「急に言われても、これっての考え付かないから、これから選びに行こう」
と楽しそうに言った。
「どうせ俺拉致るくらいだから、この後は空いてんだろ?」
前回もそうだったし。
読まれていることに顔をしかめた跡部を尻目に、菊丸は勝手に運転手に少し遠い繁華街に行ってくれるように頼んだ。
青春台からも氷帝からも少し離れた場所。

菊丸の興味はすぐに変わる。
雑貨屋を冷やかしていたかと思えば、すぐに次はCDショップと跡部は引きずり回された。
洋服を見て、ラケットやシューズを見た後はまた別の雑貨に気をとられ。
そのたびに『買ってやろうか』と言っては『いらない』と言われ。
「あ、跡部、跡部、ゲーセンある! 寄ってこ!」
ぐいぐいと腕を引かれて今度はゲームセンターだ。
菊丸は店内を楽しそうにキョロキョロして歩き、跡部はもう菊丸の後をついていくことだけを考えていた。
「あのクマ、大五郎に似てるー」
嬉々として菊丸がUFOキャッチャーにコインを入れた。
キャッチャーの景品にしては少し大きめのそのクマは、アームには引っかかったものの、バランスを崩してアームが上がる途中で下に落ちる。
「あー」
残念そうな顔をして、菊丸はもう一度コインを入れようとした。
「ちょっと待て」
跡部は菊丸の手を押さえて、素早く自分がコインを入れる。
そのままスティックを操り、見事クマは持ち上がったが、アームが横に動きだす勢いで落ちた。
「ちっ」
「おっしーい! もちょっとだったのに!」
横で菊丸が跡部の代わりに悔しがる。
跡部はコインを追加した。
実はムキになってます。
跡部はクマの大きさや形、バランスを真剣に考えてアームを下ろす位置を計算した。
結果、計算はバッチリだったのだが、アームの開きを計算に入れていなかったため、アームはクマの表面を滑って終わる。
「どんまい、どんまい」
菊丸が笑顔で跡部の背中を叩く。
跡部は無言でもう1コイン追加した。
今度はバッチリ。
アームはクマをガッシリ抱えて運んでくれた。
「やったぁ! 跡部すっご〜い!」
菊丸が手を叩いて喜ぶ。
菊丸にそう言われて跡部が喜ばないわけはなく。
「俺にかかればこんなもんだ」
跡部は取り出したクマを菊丸に押し付けた。
「ほら」
「え? いいの? 跡部が取ったのに」
「……俺がこんなもん欲しがると思うのか」
「せっかく取った記念じゃん」
「いいから」
「ありがと」
菊丸は嬉しげにクマを抱いた。
「んじゃ、お前の名前は……跡部小五郎に決定!」
イエーイ!とクマを万歳させる菊丸は、どう見ても中3男子とは思えないが、それが菊丸だというだけで納得させられる跡部だった。
「よぉーっし、次はプリクラ、プリクラ」
ご機嫌の菊丸は跡部の腕を取って今度はプリクラコーナーへ。
「男二人でプリクラかよ……」
「いーじゃん、記念記念♪」
菊丸はいくつかのプリクラを吟味して、文字が書きこめるやつを選んだ。
「はい、入って入って」
ぐいぐいぐい。
跡部が反論するヒマもない。
コインを入れるのも、機械を操作するのも慣れたもの。
「はい、笑ってー」
などと言われなくても、写真を撮られるのに慣れた跡部はしっかりカメラ目線で流し目を決めていた。
「バッチリバッチリ♪」
画面を見ながら、菊丸は付属のペンで画面になにやら書き込む。
少し待つとすぐにプリントアウトされてきた。
『あとべ クマ ゲット記念!」
ちまちまとした字が妙に笑える。
もちろん、ちゃんと二人の間には戦利品の跡部小五郎が。
跡部はそのプリクラを見て、少し考えた後、この機械に並んでいる人がいないのを確認してコインを追加した。
「ほら、もう1枚撮るぞ」
「えー? だったら別のにすればよかったのにー」
「もう金入れただろ」
文句を言いつつも、シャッターの合図の瞬間に、菊丸は跡部の首を抱えて頬をピタッとくっつけて笑った。
「お前……」
「へへー。跡部のビックリ顔〜♪」
「……ったく」
口では文句を言いながらも、跡部の顔は怒っていない。
跡部はペンを取り上げて、画面にさらさらと書き込んだ。
出てきたプリクラを菊丸に渡して。
「今日はクマなんかより、お前の記念だろうが」
プリクラには綺麗な筆記体でHappy Birthdayと書き込まれていた。
「跡部……」
菊丸は目を丸くした後、今日見せた中で一番大きな笑顔を見せた。
「あとがと! すげー嬉しい」
しかし。
「ウッソ、もうこんな時間?」
店内の時計を見た菊丸は慌てたように声を上げる。
「俺、もう帰る」
「おい」
「今日は家でお祝いしてもらうんだもん。特別製のエビフライなんだよ!」
力説されても……。
跡部は手早く付属のハサミでプリクラを切る菊丸を見て困惑していた。
今日、ここに来た理由を思い出したからだ。
「まだ、なんにも買ってねぇぞ」
菊丸はにやんと笑って
「欲しいものは、もうもらったもんね」
ねー? っと跡部小五郎に話しかければ、跡部小五郎が『うんうん』と頷く……わけはなく、菊丸が動かして跡部小五郎は頷くように動かされる。
「お前……そんなにそれが欲しかったのか」
それ=跡部小五郎。
指差す跡部に菊丸は吹き出して大笑い。
「半分アタリ。半分ハズレ」
笑いながら菊丸は答えた。
そして早く早くと菊丸にせっつかれて、跡部は電話を一本入れてから車に向かう。
車の中で跡部はまだ菊丸が欲しかったものを考えていた。
プリクラの半分を渡されて、欲しかったのはプリクラの方だったのかとも思ったが、また大笑いされるのも嬉しくない。
結局菊丸の家につくまで跡部は考え続け、そして答えは出なかった。
「跡部、今日はあんがとね」
菊丸はそう言って跡部小五郎とバラの花束を持って車を降り、それから運転手にもありがとうございましたと頭を下げた。
最後に、もう一度跡部にじゃあねと告げて、それから
「もしかして、跡部って実はけっこう鈍いかも」
と付け足した。
満面の笑みで。
そしてバイバイと自分の手と、跡部小五郎の手を動かして、跡部に何も言う暇を与えずに家に入っていく。
それを見送る形になり、動き出した車の中で跡部は菊丸の欲しかったものと、菊丸の最後の言葉の意味を考えたが、なんにせよ菊丸のあの笑顔が見られたからよし、という気分になった。


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