鳳が待ち合わせ場所に行くと、菊丸は先にいて、すぐに鳳を見つけて走ってきた。
「鳳! サンキュ」
「いいんですよ。それよりどうしたんですか?」
急に呼び出してきたのは菊丸で、鳳はほぼ無条件に菊丸の言うことを聞いてしまう。
それは宍戸への無条件さと、意味合いは少し違うが勝るとも劣らないほどの無条件さだった。
だって菊丸さんの喜ぶ顔を見ると俺も嬉しくなるんです、というのが鳳の言い分だったが、それはちょっと『いい人』だからというには無理がないだろうか。
「ん、あのさ、手帳見てたらね、なんか俺、すっげーーーーっ! 宍戸のコト好きだなーって思ってさぁ」
ふにゃんと照れた笑みを見せる菊丸に、思わず鳳は遠い目をした。
「……惚気たかったんですか」
「や、違う違う! そうじゃなくて!」
バタバタと手を振り回して菊丸は否定したが、これが惚気以外のなんだというのだ。
「もうじき宍戸の誕生日じゃん? それでさ、プレゼントのことで意見聞きたいなーって思って」
「……菊丸さん、宍戸さんの誕生日は1ヶ月以上先ですけど」
「だって、絶対間近になってからじゃ慌てちゃって決めらんないもん!」
なるほど、と納得はしたものの。
「俺でいいんですか?」
「鳳がいいの! だって跡部とか忍足じゃ教えてくんなそうだし、それに宍戸が近寄るなって言ったし」
それは二人とも菊丸さんを狙ってるからです。
「がっくんは俺のこと嫌いだし」
それは小学生並みの意思表示なんです。
「芥川は脱線して別のことに盛り上がってるか、寝ちゃってるかだし」
それはそれでいつものことなんですけど。
「かばじーはウスしか言ってくんないし」
それは……しょうがないかもしれない。
一々心の中で突っ込みを入れつつ、鳳は確かに自分しかいないのだな、と改めて納得した。
「それで、今のところは何を考えているんですか?」
「それがさぁ……」
言いにくそうに上目で見上げてくる菊丸に、思わず鳳は上に視線を泳がせた。
直視すると危険な予感がしたからだ。
「なんっも考えつかないんだよねー」
しみじみと菊丸はため息をついた。
「なんかさ、こう……ーーーっってモンあげたいんだけどさぁ」
難しい。
そもそも、その『……ーーーっってモン』がどんなものかがわからない。
「菊丸さんにリボンかけてあげたらいかがですか?」
「……なんで?」
鳳の思いっきりベタな提案に菊丸は首をかしげた。
「俺は全部宍戸のだもん。宍戸のあげてもしょーがないじゃん」
「きっ、菊丸さん!?」
こんなに可愛くて、ちょっと幼い感じがするのに、もうあんなコトも、そんなコトも……。
鳳の頭の中に色んな旋風が吹き荒れて、鳳は真っ赤になった。
「うん? あ、宍戸も俺んだよ?」
と屈託なく笑う菊丸に、鳳は何かニュアンスの違いを感じて、こっそり菊丸に耳打ちをした。
「ばっ! ちょっ! そっ! そんなの! 俺たちまだ中学生なんだかんな!?」
負けずに真っ赤になる菊丸。
鳳は少し安心した。
安心はしたものの、少しだけ宍戸が気の毒にもなってみたりして。
だってこの二人、付き合ってどのくらい経ったんだっけ?
……宍戸さん、根性や気力にも限界はあるかもしれませんけど、忍耐力にも限界はあると思います。
こっそりと宍戸にエールを飛ばす鳳に気付かずに、菊丸は携帯を取り出してぶら下がってるストラップを見せる。
「これさぁ、俺が見ていいなーって言ってたヤツでね、宍戸がくれたんだ。俺、すっげ嬉しかったんだよ。だから、これみたいに宍戸が欲しかったモンをバーン!ってあげたいんだよにゃー」
バーン! はともかく、なんとなく菊丸の言いたい事はわかった。
「それじゃあ……」
やっぱり菊丸をプレゼントっていうのが一番いいのではないかと言いかけると、菊丸は慌ててそれをさえぎった。
「待って待って! 言っちゃダメ!」
鳳はきょとんと菊丸を見た。
「鳳は言っちゃダメ」
「あの……」
「プレゼントは俺が考えんの。だから鳳はそれに意見を言うの。鳳が考えたらダメなんだよ」
菊丸は本気の顔をしていた。
「……わかりました」
色々なことが、とは付け加えなかったが。
「それじゃ、プレゼント探しにレッツゴー!」
菊丸は意気揚々と歩き出す。
その後に続く鳳が意気揚々だったか否かは言わずが花ということで。



足が棒。
まさにこの言葉通りの疲れ具合で鳳は途方に暮れていた。
菊丸はまだとんでもなく元気に、あっちの棚、こっちの棚と飛び回っている。
「うっわ、これいいなー。な、鳳もそう思わない?」
そう言って菊丸が見せるのは、どう考えても菊丸が欲しいものだった。
趣旨変わってます……。
そう言いたい鳳の気持ちが伝わったのか、菊丸は『あ……』という顔をして、慌てたように
「や、ほら、宍戸もたまにはこういうのもいいかにゃーなんて……」
無言で首を横に振る鳳に、菊丸も『だよな』と照れ笑いをする。
この数時間というもの、控えめに言っても約半分はこんな感じだった。
気が散りやすいというか、なんというか、一つのことに集中していられないタイプなのだ。
……知ってはいたけど。
それでも適当なところで『それがいいんじゃないか』と言えない辺りが律儀な鳳だった。
「疲れた? ちょっと休もっか」
ため息をついた鳳に誤解した菊丸が少し申し訳なさそうな顔で言った。
実はあんまり誤解でもなかったので、鳳は喜んでその提案を受け入れる。
今日は付き合ってもらったお礼に奢るから! と菊丸は言って(もちろん鳳は辞退しようとしたが、菊丸が頑として聞き入れなかった)、缶ジュースを持ってアーケードに点々と置いてあるベンチで一休み。
「なんか、これってのがないんだよなー」
「難しいですよね」
菊丸は携帯のストラップをいじりながら缶ジュースの口をガジガジと噛んだ。
「それ、すごく気に入ってるんですね」
宍戸からのプレゼントだと言っていたそのストラップは、そういえば宍戸の携帯にもついていたなと鳳は思い出した。
「うん……。なんかこれもらった時、すっげー嬉しくて、そんでなんてゆーか宍戸の気持ちっていうか、俺愛されてるなーとか思っちゃったりして」
また惚気モードに入ってしまったかと鳳は身構えたが、続いたのは菊丸のため息。
「だから俺も宍戸がもらってすげー嬉しいものあげたかったんだけど……むーずーかーしーいー!」
菊丸はもどかしげにまた缶の口を噛んだ。
鳳はふと気付いた。
「宍戸さんもそうですけど、菊丸さんって、宍戸さんがいないと、『好き』とか『愛してる』とかって言いますよね」
「っ!?」
菊丸は飲みかけたジュースを噴出しかけた。
「なっ、べっ、別にそんなコトないじゃん!」
「そうですか? 俺、お二人が一緒にいる時には一度も聞いたことありませんけど」
菊丸はもう真っ赤だった。
『あー』とか、『うー』とか、『にゃー』とか、口の中で呟くばかりである。
「そ、そんなの……恥ずかしくて言えるかよぉ」
少し拗ねたように、しかも頬を染めて見上げてくる菊丸から、鳳は素早く目線を上に逸らして直視は避ける(もうかなり慣れてきたようだった)。
理由はもう言わずもがなということで。
「それじゃ……やっぱり……」
ぼそぼそぼそ。
鳳は菊丸の耳元に囁いた。
「ばっ! バカ! もー、鳳のスケベ!」
菊丸がベシベシと鳳の肩を叩く。
そこに。
「……お前ら、なにしてんだ」
明らかに不機嫌そうな声。
二人はいっせいに振り返った。
「宍戸!」
「宍戸さん!」
もしかして、今の状況はものすご〜くマズイのではないだろうかと鳳は思った。
そういうつもりはなかったが、客観的に見ると、なんというか……イチャついていたように見えるというか。
鳳の背筋をひやりと冷や汗がたれた。
「どしたの、宍戸、買い物?」
菊丸はイレギュラーに宍戸と会えた嬉しさを隠さず、嬉々としている。
鳳の考えた危惧など露ほども思っていないようだった。
「おう。新譜買いにな」
「あ、今度聞かして」
「ダビングしといてやるよ」
「やっり〜、サンキュー」
和やかな会話なのに、なぜか宍戸の押し殺したものが感じられて鳳はビクビクしてしまう。
「おい、菊丸、俺にもなんか買ってこいよ」
「えー?」
「なんか食いたいモンがあったらこっから買っていいぜ?」
「マジ? んじゃ行ってくるー」
宍戸は財布ごと菊丸に渡した。
菊丸は嬉しそうに歩きかけ、ふと立ち止まって振り返った。
「鳳、絶対ナイショだかんな!」
……ダメ押しである。
菊丸が小走りにハンバーガーショップに向かうのを二人は無言で見送った。
「……長太郎」
「はっ、はい! すいません!」
どっかりと隣に腰を下ろし、鳳の方も見ずに声をかけてくる宍戸に、思わず鳳は姿勢を正して謝った。
「でも、俺と菊丸さんはなんでもないっすから!」
これだけは言わねばと鳳は早口で言った。
必要以上に焦ってしまうのは、宍戸抜きで菊丸と出かけることにそこはかとなく喜びを感じてしまった後ろめたさ。
「……バーカ」
拳骨で頭をグリグリと押された。
「誰もんなコトぁ疑ったりしねーよ」
恐る恐る宍戸を見ると、言葉通りに苦笑した宍戸の顔。
「お前らだったら、もしそうなったとしても、きっちり俺に筋は通すだろ。だから俺は疑わねぇ」
「宍戸さん……」
「あいつも隠し事なんてできねーからな。面見りゃわかる。どーせまた、あいつの『お願い』くらったんだろーがよ」
その通りだけど。
本当にそのまんまだけれど、鳳はその宍戸の信頼に胸が熱くなった。
「宍戸さん、俺っ……」
「あー、理由は言うなよ?」
「え?」
「あいつが内緒にしろっつってたろ」
「あ……」
カッコよすぎだ。
前からそう思っていたけれど。
この人にかなう日なんて、永遠に来ないじゃないだろうかと鳳は思った。
「……つってもなー」
ちょいちょいと指で示されて、鳳は首を捻りながらも宍戸に頭を近づけた。
「? ……っ! 宍戸さん、痛いです!」
ガッチリとヘッドロック。
「わかっちゃいても、やっぱムカつくモンはムカつくんだよなー」
のん気な口調だが、ギリギリと頭を締め上げる宍戸の腕は本気だった。
その痛みに、宍戸の菊丸への思いを感じたような気がして、鳳は誰だって……跡部だろうが忍足だろうが青学の連中だろうが、この二人の間には入れはしないんだと改めて思った。
……もちろん、自分もだ。
「あー、宍戸が鳳イジメてるー!」
「イジメてねーよ。これはスキンシップってんだよ。な、長太郎」
「は……は、い……」
否とは言えなかった。
やっと解放された頭は、本当に涙が出そうなほど痛かったけれども。
「ほい、鳳の分」
膝に乗せられた袋はほんのり暖かかった。
「あ、すみません」
「いいっていいって。今日はいっぱい付き合ってもらっちゃったし」
「菊丸……」
「いーじゃんか、鳳は宍戸の可愛〜い後輩だろ?」
「……いいけどな」
「うっそ〜ん。鳳の分は俺が出しましたー」
「こいつ」
にゃはは、と笑いながら、菊丸は当然のように宍戸の隣に座る。
「そいで、宍戸はこれからどーすんの? ヒマ?」
買ってきたハンバーガーをパクつきながら、菊丸は宍戸に尋ねた。
「お前らの用事はもういいのかよ」
「あー……んーと……いい! いいことにする! だから一緒に遊ぼ!」
「俺は別にいいぜ? どこ行くんだ?」
菊丸は少し考えて。
「鳳はなにしたい? いっぱい付き合ってもらっちゃったから、今度は鳳が行きたいトコ行こ」
「え? 俺ですか? 俺は……」
鳳は困ったように言いよどむ。
やっぱり遠慮した方がいいのだろうと思った。
宍戸のことをあれだけ考えている菊丸と、菊丸のことをあれだけ考えている宍戸を目の当たりにした後なのだ。
「長太郎、変な遠慮してんじゃねーぞ」
「そうだよー。ホント鳳のしたいコトでいいからさ」
鳳は少し笑った。
宍戸と菊丸の言っている意味が少し違うことがわかったからだ。
「それじゃあ、俺……」
違うようであちこちが少しずつ似ている。
でも辿っていけば同じところに行き着くだろう。
ふいに鳳はこの二人にぴったりのフルーツを思いついた。
菊丸には悪いが、自分の方が先に宍戸の誕生日プレゼントを思いついてしまった。
たくさんの祝福と、ほんの少しのからかいの意味も含めて、宍戸に贈ろう。
きっと気付く事はないだろうけど。
「俺、テニスがしたいです!」
宍戸と菊丸は顔を見合わせあって、それからそろって大きく笑って頷いた。



鳳が、宍戸の誕生日の時期と、そのフルーツの時期がまったく合っていないことに気付いて打ちひしがれるのは、約一ヵ月後のことだった


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